青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪夢4 共鳴現象の謎

4-8

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「嘘つき」

 ラテアとその羊飼いが去っていくのを見送り、うんと伸びをしたところで背後から声。
 人助けをしていい気分だったのになあ、などと思いつつレイは後ろを振り返る。そこには黒髪のみすぼらしい容姿をした子供がいた。レイやラテアと同じくらいの年頃だろうか。
 詳しくは知らない。

「嘘つきって言われるほど嘘ついてないっての。シイナ」
「違う」

 レイがシイナと呼んだ少年は首を横に振る。

「アレ、捕まえて来いと言われてる。それなのに、逃がした。お前、ご主人様の敵?」

 表情は変わらないが、不満げなのは伝わってくる。

「敵じゃないって。金で雇われてるし」

 エデンから人探しに来たというのは本当だ。最も、目的はそれだけではないけれど。
 先立つものが必要ということで、レイはこの病院へ傭兵として潜り込んだ。ラテアに垂れこんだ通り、この病院は真っ黒なのだ。
 院長の勅使河原はエデンから御絡流の会と提携し、資金提供などを行っている裏で独自に研究施設を持ち組織が認めていない非合法の実験を繰り返している。
 私腹を肥やした金でどこの馬の骨とも知れない野良羊飼いたちを雇い私兵化している。レイが体よく潜り込むことが出来たのはそれが理由だ。
 最近は特に私兵の募集が活発だ。
 レイが知っているのはそこまでだ。いや、正しくはもう一つ。

(何かの目的があってラテアを欲しがってるってことなんだよなあ。明日本当に開放はされたんだろうけど。じゃないと組織への敵対行為ってみなされそうだし。……いや、最近の戦力の拡充具合を見るに喧嘩でも売るつもりなのか?まあ、どちらにせよ変に力を持ってもらっちゃ困るんだよね。ただでさえ御絡流の会が面倒なのにさらに別のところが力を持ってもらってもエデンの不利になるし)

 そう、レイはエデンから地球へと送られてきた密偵であった。シイナの言っている通り敵なのだ。まあ、勿論秘密だけれど。
 おまけにレイは勅使河原に対し淫魔であることどころかエデン人であることも伏せていた。幸いにも人間によく似た容姿をしている為、地球人であると偽っている。
 メッシュはともかく瞳孔の形については言い逃れが出来ないため、普段はコンタクトで隠している。今外しているのはラテアを同胞であると安心させるためだった。
 勅使河原が何かよからぬことを企んでいることはわかる。何かを開発しており、それにラテアが必要らしい。共鳴現象がうんたら、と言っていた。
 開発されてはきっと将来困るため、レイはあえてラテアを逃がしたのだ。

「そもそもあの子は組織の猟犬なんだろ?もし地下で変なもん見ちまったらチクられるかもしれないし。時期尚早なんじゃねえの?」
「ヨウヘイのお前には関係ない。ご主人様の言っていることはゼッタイだ」

 シイナはじぃっとレイのことを見つめてくる。心の中でそっとため息をつく。
 ラテアと同じ獣人。しかし、その在り方はおそらく大きく異なる。彼はラテアに似せて作られた合成獣だ。生まれてまだ殆ど経っていないはずだった。

(まさか地球の奴らは人工的に命を作ることができるなんて。そりゃエデンでもゴーレムとかの人造生物はいるけどさ。そういうレベルじゃないんだよな)

 エデンは個の力が強いとはいえ、地球との文明レベルの差は大きすぎる。これ以上力をつけられてはエデンにとって困るのだ。

「わかったよ。勝手な行動してゴメン。次会うことがあったら絶対に逃がさないよ」

 これ以上疑われても困る。目の前の子供はどうせ生まれたばかりで、レイの嘘などわからない。

(まあ、もしもさらに疑われるようならさっさととんずらすればいいし)

 そう軽く考える。殊勝な態度を見せたからか、シイナは頷く。

「次があればホウコクする」
「そうしてくれ」

 なんて哀れな生命体。シイナ、という言葉は日本語でみそっかすを意味するのだと勅使河原から聞いた。
 勅使河原にしてみればこの彼を慕う健気な生き物は出来損ないなのだと。
 勅使河原がラテアに何を求めているのかも、何故シイナが出来損ない呼ばわりなのかもレイにはわからない。

(ま、俺には関係ないけど)

 ただ、生まれた瞬間からいらないと言われるなんて。目の前のこの子供が哀れだと、そう思った。

「でもさ、シイナだって俺を止めなかったじゃないか。乱入して俺に注意して、連れていくことだって出来たはず」

 我ながら意地の悪いこと。そう思っても特に自制しようとは思わなかった。

「……」

 シイナは何も答えない。実際は答えられないのだろう。

「ラテアの事、気に入らないんだろ?お前が出来損ない扱いを受けて、弱っちいあいつがボスに必要とされてるなんてさ。だから逃がしたんじゃないの?」
「ちがう!」

 シイナの無表情が怒りに満ちた顔へと変わる。
 しかし、それはすぐに霧散する。

「……お前たち、こんなところで何をしている?あの狐はどうした?お前たちにはさっさととらえろと命令したはずだが?」

 屋上の扉が開かれ、でっぷりと太った腹がまず見える。続いて不釣り合いな小さな頭と細い手足。
 美的要素の欠片もない男だとレイは内心嘲笑う。

「それは、こいつが……!」
「言い訳などするんじゃないっ!」

 シイナの言おうとした言葉をぴしゃりと一蹴する。レイにとっては助かるわけで。
 普段の狸っぷりとは似ても似つかない怒声。こんな勅使河原の姿を表の顔しか知らない地球人どもが見たら驚くだろう。
 夜目の効くレイと、そして獣人であるシイナにはよくよく見える。目は血走り、鼻息は荒い。歯ぎしりをしながらまるで子供のように地団太を踏んでいる。
 明らかに正気を失っている。

「あの獣人はわしの実験に絶対に必要だと!いっただろうこの間抜けども!役立たずのごくつぶし!組織の忌々しい羊飼いどもがいないのにこれか!?探して連れ帰るだけだっただろうがっ!」

 しきりに無駄に脂肪の蓄えられた腹をぼりぼりと乱暴に手でかきながら、勅使河原は喚き散らす。
 唾がそこら中に吐き散らかされるのが実に不潔で不快。レイはこんな男の元に潜入するのは失敗だったかもしれないと早くも後悔し始めていた。

「この糞、糞ども!お前は何のために生まれてきた?ただでさえわしの期待を裏切って生まれてきおったくせに!」

 勅使河原の理不尽な怒りはとどまることを知らない。そしてレイには向かず、シイナに向いているようだった。
 ずかずかとシイナに近寄る勅使河原。シイナの尾っぽは股に挟まれ、耳はぺたんとイカ耳になっている。

「ぁぐっ……!」

 鈍い音がレイの耳に届く。勅使河原の握りこまれた拳がシイナの頬に勢いよくめり込む。
 しかし、たかだか一般人のひ弱な拳ではシイナは痛みを感じることはあっても倒れたり吹っ飛んだりはしない。

「この!この!役立たず!命令位ちゃんとッ!こなせッ!お前はわしの道具だろうがッ!」
「っぎゃぅ……ぅ”」

 見ていて気分が悪くなる。レイは今すぐこの男に罵声を浴びせ、去りたい気分に駆られるが目的のためにと堪える。
 勅使河原はシイナのぼさぼさの黒髪を掴み、地面へと引き倒す。
 抵抗しようと思えばできるだろうに、シイナはそれをしない。

「いいか、お前たちっ!さっさとあいつを連れて来い!あいつが絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対にわしの研究には必要なんじゃっ!」

 おっと。勅使河原はレイの方にも今度は血走った眼を向けてきた。
 シイナを蹴り続けながら、喚き散らす。その間もでっぷりと肥え太った醜い腹を掻く手は止まらない。むしろ激しくなっていく。
 何がここまで勅使河原を駆り立てるのか。地球人とは皆こういうものなのか?……流石にそんなことはないだろう。
 耳が痛い以外は暇すぎて、レイは様々などうでもいい事ばかりを考える。

「イースターの祭りまでに連れて来い!使えるものは何でも使えッ!あの薬品を摂取しても魔物化しなかった坊主もいるだろうっ!まだ使える手駒は少ないんだ、身を粉にして働け!そっちのお前も雇ってやってることを忘れるなよっ!」

 時期尚早だったんじゃないの?勅使河原の言葉に内心毒づく。
 実験設備や研究者の数は充実していても、兵器を扱う羊飼いの数が圧倒的に少ないのだ。
 だが、それらの欠点が克服されるのもどうやら時間の問題らしい。勅使河原には奥の手があるというのだから。
 でも、それならなおの事もう少し待てばよかったではないかとレイは思うのだ。

(ただのガキじゃん。それにしても……)

 魔物化しなかった被験者がいる。勅使河原の言葉にレイは興味を持つ。

(こいつの実験がうまくいったらエデンにとって困るからね、ちょっと確認だけしとくか)

 狂宴をしり目にレイは目を細め、口元をそっと歪めた。
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