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EP2 卵に潜む悪夢3 高校生活開幕
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(どうして?何で?僕のグリズが……!)
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
教室に何とか勇気を振り絞って戻ってきたものの、口惜しさやら驚き、恐怖。様々な感情がごちゃ混ぜになり、頭を抱えたくなる。
戻ってきたのは戻らないままだと自分が『あの二人』に疑われそうだったからだ。
だってあいつらはグリズに対抗する力を持っていた!
(こんなの聞いてない!こいつを使えば負けないって言ってたのに!嘘つき!全然弱いじゃないか!それに何で夏輝が!あいつが!)
振り払うのも難しそうな雰囲気だったため、奏太はグリズに唸り声をあげるように命じた。
近くでクマの唸り声をあげさせれば驚いて逃げると思ったのだ。
ところがあの二人は逃げるどころか追いかけてグリズを半殺しにしたのだ!
一昨日の夜だってそうだ。グリズは少し目を離した隙に好き勝手出かけ、挙句怪我をして帰ってきた。
(なんなんだあいつら……!ぼ、僕だけが特別だったんじゃないのか?こいつ弱いじゃんか!)
夏輝もあの教育実習生も魔法を使えるなんて。魔法はもっと特別なものだと思っていた。唇を噛みしめる。
ようやく苦しいだけの人生に光が差したと思ったのに。
どうしたらいい。どうしたら。狩る側になったと思ったら、狩られる側のままだった。
そんなことをとりとめなく考えているとチャイムが鳴り、教師の有難くもない話とともにオリエンテーションが終わりを告げた。
しかし、奏太は今そんな事にも気づかないほど意識が混迷していた。これからどうすればいいのだろうと。
(すでに僕は人を殺した……)
奏太少年が何故羊飼いとしての力を得て猟犬を持つに至ったのか。それは一週間ほど前に遡る。
彼はとにかく内気で陰気な少年だった。嫌なことも嫌と言えず、ことあるごとによく言えばやんちゃ、悪く言えば不良生徒に絡まれてきた。
家族も奏太に殆ど興味がない放任主義。話せるような友達もろくにおらず、ただ耐え忍ぶだけの人生を過ごしてきた。
自殺も何度も考えたが、結局自死を選ぶことが出来るほどの勇気もなかった。
中学は殆ど保健室登校で日数を稼いでいたが何とか卒業した。
高校は親に言われるままにエスカレーター式に進学が決まり、変わらないメンツに絶望していた。
そんな時、たまたま街頭でチョコレートを貰った。昔流行った中に食玩が入っている卵型のチョコレートだ。新製品だとかなんだとか言って白いウサギの着ぐるみが配っていた。
その日もいじめっ子達に待ち伏せされ朝からひどい目に遭ったところだった。
チョコ如きで奏太の心が晴れるはずもない。それでもせっかくもらったのだし、多少なり気晴らしになるかもしれないと口にした。
少しして、全身から脂汗が流れた。寒くてガタガタ震え、立っていられずその場に蹲った。全身が激痛に苛まれ、視界がちかちかと明滅し意味不明な呻き声が喉の奥から洩れた。
死ぬかと思った。死ぬのが怖かった。自殺を幾度となく考えたのに、死が間近に迫ったら死ぬことが怖くてたまらなかった。
しかし、死ぬことはなかった。意識を失い、目覚めた場所は病院だった。
消毒液の香り、無機質な白い部屋。中学生の時に肺炎をこじらせ入院したことがあった。それ以来だ。
奏太は病院が好きだ。無機質な白い清潔な部屋、消毒液の香り。ここでは誰も奏太を害することはない。
一体何が起こったのか、奏太には最初わからなかった。しかし、そこで奏太は教えられたのだ。選ばれたのだと。
地球とは異なる星『エデン』のこと、魔法のこと、羊飼いと猟犬のこと。様々なことを教えられ、杖とヒグマ型の猟犬グリズを与えられたのだ。
腹に気色悪い人面瘡が表れたくらいで、その後体調におかしなところはない。
その後、グリズを使いいじめっ子たちを殺害した。今日このクラスにいない。せいせいする。晴れ晴れとした気分だった。
テレビや新聞、ネットニュースを確認したが、どこにも事件のことは報道されていなかった。病院で教えられた通り、秘密の組織によってもみ消されてしまったのだ。
自分は力を手に入れた。久々に生を実感できた。それなのに。
(このままじゃ、また元の木阿弥だ……!どうする?どうするどうするどうするどうするどうすれば)
何もしていないはずなのに、心臓がばくばくと跳ねる。これでは虐められていたころと何一つ変わらない。安寧が訪れていないのだから。
気に入らないものをなぶり殺しにし、平和な日常を謳歌する予定だったのに。
……どちらにせよ、上級生のいじめっこたちがまだ残っている。
今日だって本当はさっさと殺してしまおうと思ったのだ。しかしそこへ運悪く夏輝がやってきて、さらに冬城までもが現れ殺すことができなかった。
あの二人が羊飼いである以上、この学校内でいじめっ子たちを始末することは不可能だろう。そこまで奏太少年は愚かにはなれなかった。
『助けてあげようか?』
声が聞こえる。どこから聞こえるのかと俯ていた顔を上げ、きょろきょろとあたりを見渡す。誰もいない。
いつの間にかオリエンテーションは終わっており、教室に残っている生徒はまばらだった。
『俺はオマエだ。ほら、人面瘡だよ!最近お前の腹に生えただろう?』
外から聞こえていたのではない。これは中から、いや腹から聞こえてきているのだ。その証拠に声は人面瘡を名乗っている。
とうとう頭がおかしくなったのか?さらに頭を抱える。幸いにも、周囲には声は聞こえていないようだった。
『おいおいおい、何でそんな顔するんだよ!』
(人面瘡なのに何で俺の顔がわかるんだよ)
『そりゃあ俺はオマエだからサっ!』
何で考えていることがわかるんだ。口にしていないのに!
『だから、俺はオマエなんだってば!だからお前の考えてることは何でもオミトオシなのさ。だからわかるぜぇ、お前がイラついてることくらいさ。やっと糞どもをぶち転がしてやったってのにまた脅かされてンだからよぉ。まあでも待てって。俺ならお前の代わりにお前の嫌いな奴皆殺しにしてやる。俺はオマエより強いんだ』
けたけたと笑う人面瘡の声は確かに奏太自身の声に酷似していた。
チョコを口にした時から不思議なことの連続なのだ。今更人面瘡が話したくらいでは驚くべきではないのかもしれない。いや、それより。
「み、みなごろしって」
あまりにも物騒だ。どうするべきか考えあぐねる。
この世界には超常的な力が、魔法が存在するのだ。安易に頷いて本当に皆殺しにしてしまえば、警察や組織に追われることになるかもしれない。
それは奏太としては避けたかった。
「少し時間、いいですか?」
「ひゅいっ!?」
ふいに意識外から声をかけられ、奏太は思いっきり椅子から飛び上がった。
慌てて後ろを振り返るとそこにはグリズを殺しかけたあの教育実習生がいた。確か冬城といったか。
教室にはもう誰も生徒はおらず、奏太と冬城の二人しかいない。
「驚かせてしまったみたいですね、すみません」
戦っているときの仏頂面からは想像もできない柔らかな笑みを浮かべる冬城。夏輝とはどうやら元から知り合いのようだった。
病院で聞いた組織の人間なのかもしれない。秘密の組織の人間はエデンの力を独占している悪いやつらなのだと聞いた。
夏輝は風の魔法を、こいつは雷と氷の魔法を使っていた。
まさか、奏太がグリズの羊飼いだとバレているのだろうか。グリズをあんな簡単に半殺しした相手に生身の自分が勝てるわけがない。
奏太に使えるのはほんの少しの闇魔法だけなのだ。
『こいつ殺すか?さっきお前の猟犬を殺しかけたヤツだろ?厄介じゃねえか?』
(ま、待ってよ。今ここで殺したら僕だってバレるじゃない)
人殺しはしてはいけません。そんな倫理観が頭の片隅を掠める。しかし、もう奏太は自分の意志で人を殺した後だ。今更もう一る増えたところで何も変わらない。
「少しお話を聞かせて欲しいんです」
話。びくりと肩が震える。ヤバい、やっぱりばれている?恐る恐る冬城の顔を見上げる。
「は、話ですか?」
『殺すか?殺すか?』
歯の根がガタガタ言いそうになり、必死に抑える。
「昼間、上級生に絡まれていましたよね。彼らについて話を聞かせて欲しいんです。初めてではありませんよね?彼ら手馴れていましたから」
冬城はグリズを倒そうとした時とは全く違う表情でこちらを見てくる。
(ば、バレたわけじゃない?)
その顔に浮かんでいるのは敵意や殺意ではなく純粋な心配のようだった。少なくとも奏太にはそう感じた。
「あ、えっと……。そ、その……。話したことがバレたらもっと酷くなる、から」
しどろもどろになりつつ答える。これは本当だ。前に中途半端にお節介をかけてきた教師がいたが、結局いじめは酷くなった。
しかもその教師は最終的に知らん顔をする始末。そんなことをしてくれるくらいなら、いっそ最初から関わらないで欲しかった。期待などさせてほしくはなかった。
『あの時はキツかったよなぁ。わかるぜ。今度そんなことをする奴がいたらいじめっ子ごと殺してやろう』
人面瘡が嗤う。
「……話したくはない、か。わかりました。無理にとは言いません。嫌なことを聞いてすみませんでした。気を付けて帰ってくださいね」
「ぁ……」
冬城は思ったよりもあっさりと引き下がった。それに驚き、弾かれたように顔をあげる。
その拍子に思わず奏太はまじまじと冬城の顔を見てしまう。僅かに目を細め微笑む顔は確かに男だとわかるのに美しい。
雪のように冷たい美貌だった。
「何か話したいことが出来たらいつでも言ってくださいね。聞きますから」
それだけ言って、冬城は振り返ることなく教室から出ていく。僅かに見えた横顔は先程までの微笑みは完全に消え失せていた。
代わりに鋭い目つき、不愛想な表情。恐らくこちらの冬城が本当の彼なのだろう。
『案外あいつ、お前と同じ側かもなぁ。だから気になったのかも?』
人面瘡はぺらぺらと喋る。奏太よりよほど口数が多かった。
「……知らない」
なんにせよ、期待すれば馬鹿を見る。そもそも冬城は教師である以前に組織の人間なのだ。……多分。
奏太が羊飼いだとバレれば途端に牙をむいてくるだろう。
(やっぱり、関わらないのが一番だ。期待もしない。一人でいい)
『寂しいこと言うなって。俺がいるだろ?』
ペラペラしゃべる人面瘡。陰鬱な気分になりつつ、奏太は帰り支度を整えるのだった。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
教室に何とか勇気を振り絞って戻ってきたものの、口惜しさやら驚き、恐怖。様々な感情がごちゃ混ぜになり、頭を抱えたくなる。
戻ってきたのは戻らないままだと自分が『あの二人』に疑われそうだったからだ。
だってあいつらはグリズに対抗する力を持っていた!
(こんなの聞いてない!こいつを使えば負けないって言ってたのに!嘘つき!全然弱いじゃないか!それに何で夏輝が!あいつが!)
振り払うのも難しそうな雰囲気だったため、奏太はグリズに唸り声をあげるように命じた。
近くでクマの唸り声をあげさせれば驚いて逃げると思ったのだ。
ところがあの二人は逃げるどころか追いかけてグリズを半殺しにしたのだ!
一昨日の夜だってそうだ。グリズは少し目を離した隙に好き勝手出かけ、挙句怪我をして帰ってきた。
(なんなんだあいつら……!ぼ、僕だけが特別だったんじゃないのか?こいつ弱いじゃんか!)
夏輝もあの教育実習生も魔法を使えるなんて。魔法はもっと特別なものだと思っていた。唇を噛みしめる。
ようやく苦しいだけの人生に光が差したと思ったのに。
どうしたらいい。どうしたら。狩る側になったと思ったら、狩られる側のままだった。
そんなことをとりとめなく考えているとチャイムが鳴り、教師の有難くもない話とともにオリエンテーションが終わりを告げた。
しかし、奏太は今そんな事にも気づかないほど意識が混迷していた。これからどうすればいいのだろうと。
(すでに僕は人を殺した……)
奏太少年が何故羊飼いとしての力を得て猟犬を持つに至ったのか。それは一週間ほど前に遡る。
彼はとにかく内気で陰気な少年だった。嫌なことも嫌と言えず、ことあるごとによく言えばやんちゃ、悪く言えば不良生徒に絡まれてきた。
家族も奏太に殆ど興味がない放任主義。話せるような友達もろくにおらず、ただ耐え忍ぶだけの人生を過ごしてきた。
自殺も何度も考えたが、結局自死を選ぶことが出来るほどの勇気もなかった。
中学は殆ど保健室登校で日数を稼いでいたが何とか卒業した。
高校は親に言われるままにエスカレーター式に進学が決まり、変わらないメンツに絶望していた。
そんな時、たまたま街頭でチョコレートを貰った。昔流行った中に食玩が入っている卵型のチョコレートだ。新製品だとかなんだとか言って白いウサギの着ぐるみが配っていた。
その日もいじめっ子達に待ち伏せされ朝からひどい目に遭ったところだった。
チョコ如きで奏太の心が晴れるはずもない。それでもせっかくもらったのだし、多少なり気晴らしになるかもしれないと口にした。
少しして、全身から脂汗が流れた。寒くてガタガタ震え、立っていられずその場に蹲った。全身が激痛に苛まれ、視界がちかちかと明滅し意味不明な呻き声が喉の奥から洩れた。
死ぬかと思った。死ぬのが怖かった。自殺を幾度となく考えたのに、死が間近に迫ったら死ぬことが怖くてたまらなかった。
しかし、死ぬことはなかった。意識を失い、目覚めた場所は病院だった。
消毒液の香り、無機質な白い部屋。中学生の時に肺炎をこじらせ入院したことがあった。それ以来だ。
奏太は病院が好きだ。無機質な白い清潔な部屋、消毒液の香り。ここでは誰も奏太を害することはない。
一体何が起こったのか、奏太には最初わからなかった。しかし、そこで奏太は教えられたのだ。選ばれたのだと。
地球とは異なる星『エデン』のこと、魔法のこと、羊飼いと猟犬のこと。様々なことを教えられ、杖とヒグマ型の猟犬グリズを与えられたのだ。
腹に気色悪い人面瘡が表れたくらいで、その後体調におかしなところはない。
その後、グリズを使いいじめっ子たちを殺害した。今日このクラスにいない。せいせいする。晴れ晴れとした気分だった。
テレビや新聞、ネットニュースを確認したが、どこにも事件のことは報道されていなかった。病院で教えられた通り、秘密の組織によってもみ消されてしまったのだ。
自分は力を手に入れた。久々に生を実感できた。それなのに。
(このままじゃ、また元の木阿弥だ……!どうする?どうするどうするどうするどうするどうすれば)
何もしていないはずなのに、心臓がばくばくと跳ねる。これでは虐められていたころと何一つ変わらない。安寧が訪れていないのだから。
気に入らないものをなぶり殺しにし、平和な日常を謳歌する予定だったのに。
……どちらにせよ、上級生のいじめっこたちがまだ残っている。
今日だって本当はさっさと殺してしまおうと思ったのだ。しかしそこへ運悪く夏輝がやってきて、さらに冬城までもが現れ殺すことができなかった。
あの二人が羊飼いである以上、この学校内でいじめっ子たちを始末することは不可能だろう。そこまで奏太少年は愚かにはなれなかった。
『助けてあげようか?』
声が聞こえる。どこから聞こえるのかと俯ていた顔を上げ、きょろきょろとあたりを見渡す。誰もいない。
いつの間にかオリエンテーションは終わっており、教室に残っている生徒はまばらだった。
『俺はオマエだ。ほら、人面瘡だよ!最近お前の腹に生えただろう?』
外から聞こえていたのではない。これは中から、いや腹から聞こえてきているのだ。その証拠に声は人面瘡を名乗っている。
とうとう頭がおかしくなったのか?さらに頭を抱える。幸いにも、周囲には声は聞こえていないようだった。
『おいおいおい、何でそんな顔するんだよ!』
(人面瘡なのに何で俺の顔がわかるんだよ)
『そりゃあ俺はオマエだからサっ!』
何で考えていることがわかるんだ。口にしていないのに!
『だから、俺はオマエなんだってば!だからお前の考えてることは何でもオミトオシなのさ。だからわかるぜぇ、お前がイラついてることくらいさ。やっと糞どもをぶち転がしてやったってのにまた脅かされてンだからよぉ。まあでも待てって。俺ならお前の代わりにお前の嫌いな奴皆殺しにしてやる。俺はオマエより強いんだ』
けたけたと笑う人面瘡の声は確かに奏太自身の声に酷似していた。
チョコを口にした時から不思議なことの連続なのだ。今更人面瘡が話したくらいでは驚くべきではないのかもしれない。いや、それより。
「み、みなごろしって」
あまりにも物騒だ。どうするべきか考えあぐねる。
この世界には超常的な力が、魔法が存在するのだ。安易に頷いて本当に皆殺しにしてしまえば、警察や組織に追われることになるかもしれない。
それは奏太としては避けたかった。
「少し時間、いいですか?」
「ひゅいっ!?」
ふいに意識外から声をかけられ、奏太は思いっきり椅子から飛び上がった。
慌てて後ろを振り返るとそこにはグリズを殺しかけたあの教育実習生がいた。確か冬城といったか。
教室にはもう誰も生徒はおらず、奏太と冬城の二人しかいない。
「驚かせてしまったみたいですね、すみません」
戦っているときの仏頂面からは想像もできない柔らかな笑みを浮かべる冬城。夏輝とはどうやら元から知り合いのようだった。
病院で聞いた組織の人間なのかもしれない。秘密の組織の人間はエデンの力を独占している悪いやつらなのだと聞いた。
夏輝は風の魔法を、こいつは雷と氷の魔法を使っていた。
まさか、奏太がグリズの羊飼いだとバレているのだろうか。グリズをあんな簡単に半殺しした相手に生身の自分が勝てるわけがない。
奏太に使えるのはほんの少しの闇魔法だけなのだ。
『こいつ殺すか?さっきお前の猟犬を殺しかけたヤツだろ?厄介じゃねえか?』
(ま、待ってよ。今ここで殺したら僕だってバレるじゃない)
人殺しはしてはいけません。そんな倫理観が頭の片隅を掠める。しかし、もう奏太は自分の意志で人を殺した後だ。今更もう一る増えたところで何も変わらない。
「少しお話を聞かせて欲しいんです」
話。びくりと肩が震える。ヤバい、やっぱりばれている?恐る恐る冬城の顔を見上げる。
「は、話ですか?」
『殺すか?殺すか?』
歯の根がガタガタ言いそうになり、必死に抑える。
「昼間、上級生に絡まれていましたよね。彼らについて話を聞かせて欲しいんです。初めてではありませんよね?彼ら手馴れていましたから」
冬城はグリズを倒そうとした時とは全く違う表情でこちらを見てくる。
(ば、バレたわけじゃない?)
その顔に浮かんでいるのは敵意や殺意ではなく純粋な心配のようだった。少なくとも奏太にはそう感じた。
「あ、えっと……。そ、その……。話したことがバレたらもっと酷くなる、から」
しどろもどろになりつつ答える。これは本当だ。前に中途半端にお節介をかけてきた教師がいたが、結局いじめは酷くなった。
しかもその教師は最終的に知らん顔をする始末。そんなことをしてくれるくらいなら、いっそ最初から関わらないで欲しかった。期待などさせてほしくはなかった。
『あの時はキツかったよなぁ。わかるぜ。今度そんなことをする奴がいたらいじめっ子ごと殺してやろう』
人面瘡が嗤う。
「……話したくはない、か。わかりました。無理にとは言いません。嫌なことを聞いてすみませんでした。気を付けて帰ってくださいね」
「ぁ……」
冬城は思ったよりもあっさりと引き下がった。それに驚き、弾かれたように顔をあげる。
その拍子に思わず奏太はまじまじと冬城の顔を見てしまう。僅かに目を細め微笑む顔は確かに男だとわかるのに美しい。
雪のように冷たい美貌だった。
「何か話したいことが出来たらいつでも言ってくださいね。聞きますから」
それだけ言って、冬城は振り返ることなく教室から出ていく。僅かに見えた横顔は先程までの微笑みは完全に消え失せていた。
代わりに鋭い目つき、不愛想な表情。恐らくこちらの冬城が本当の彼なのだろう。
『案外あいつ、お前と同じ側かもなぁ。だから気になったのかも?』
人面瘡はぺらぺらと喋る。奏太よりよほど口数が多かった。
「……知らない」
なんにせよ、期待すれば馬鹿を見る。そもそも冬城は教師である以前に組織の人間なのだ。……多分。
奏太が羊飼いだとバレれば途端に牙をむいてくるだろう。
(やっぱり、関わらないのが一番だ。期待もしない。一人でいい)
『寂しいこと言うなって。俺がいるだろ?』
ペラペラしゃべる人面瘡。陰鬱な気分になりつつ、奏太は帰り支度を整えるのだった。
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