青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪夢3 高校生活開幕

3-7

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「なるほど、これが隠し味だったのか」

 八潮にもらったメモを見ながらレシピと材料を確認しつつ歩く。当然隣にはトツカがいる。
 向かっている先は瑞雪の家の前にいつも夏輝と行っているスーパーだ。他のスーパーは殆ど行ったことがないが、食料品がとても安いらしい。
 瑞雪の家からもそこまで遠くないしチョイスとしては悪くないはずだ。それに今日は荷物持ちもいる。

「隠し味とはなんだ?」
「うーん、説明が難しい。そもそもお前は料理の作り方すら知らないんだし。追々教えるよ」

 下手に隠し味を教えてレシピを勝手にアレンジし始めたら間違いなくメシマズの道を歩む。そうなってはあまりにも瑞雪が哀れである。

「承知した」

 幸いにもトツカはそれ以上突っ込んでくることはなかった。小さく嘆息しスーパーへの道をつらつらと歩く。
 平日の昼間だけあって、道行く人は大体が妙齢の女性や子供だ。
 学生は学校、会社員は会社にいるのだろう。じゃあ俺たちはどうなんだって話だが、俺たちは猟犬なのでノーカンである。多分。
 
「買い物の仕方はわかるか?」
「知らない」
「そっからかぁ」

 俺よりもずっと図体がでかい癖にまるっきり赤ん坊みたいで不思議な感覚だ。スーパーの自動ドアの前に立ち、開くのを待つ。

「これ勝手に開くから。ほら、自動ドアって書いてあるだろ」
「なるほど」

 開けようと手を伸ばしかけたトツカを静止する。言えば素直に止まる。本当に無知なだけらしい。
 かといって自動ドアも分からないのはどうかと思うけど。初日は夏輝が背負って俺が先に開けたりしていたから気づかなかったのだろう。

「お前は色々知っているのだな」

 興味深そうなトツカにラテアはやれやれ、なんてため息をつく。

「地球に連れてこられて長いからな。そう、俺はお前の先輩なわけ」

 せっかくだから刷り込み教育でもしておくか。どいつもこいつも俺のことを子ども扱いしやがるからな。胸の前でビシっと指を突き付けるとトツカは神妙な顔で頷いた。

「わかった、ラテア」

 ……どうにも素直すぎて拍子抜けする。とはいえ悪い気はしないわけであり。

「ふふん、次は買い物の仕方を教えてやるよ」

 尻尾が出ていたら多分ぱたぱたと左右に振っていただろう。俺が入店すると半歩後ろからついてくるトツカ。組み合わせが珍しいのか、すれ違う客や店員は皆俺とトツカを見ていた。
 八潮から渡されたレシピはオムライスだ。

「卵、玉ねぎ、マヨネーズ、鶏肉、ケチャップ、塩コショウ、牛乳」

 瑞雪の家には調味料すらなかったし、抜けがないようにきっちり確認しつつトツカに持たせたかごの中にどんどん突っ込んでいく。
 果物コーナーでちょっとだけ迷う。オムライスには必要ないが、フルーツを食べたい舌になっていたからだ。ちょっとくらい買って帰っても文句は言われない、と思いたい。
 それにビタミンとかも大事だし?野菜も食えって話だけどさ。

「これは紙に書いていなかったものだが」
「いいからいいから」

 結局迷った末に苺のパックを手に取り籠の一番上に乗せる。下に置くと潰れちゃうからな。
 問うてくるトツカを適当にあしらいつつ、会計へ向かう。そこでまた買い物の仕方を丁寧に教えてやる。

「いいか、この店にあるものは商品、売り物であって俺たちの物じゃない。欲しい時はこの籠の中にいれてレジっつうところに並ぶんだ。皆並んでるだろ?で、金を払うんだ。この財布の中に入ってるやつ。値段分ちゃんとな」

 お札や硬貨の種類を教えつつ、トツカに支払わせる。飲み込み自体は早く、地頭も悪くはなさそうで一回教えればすんなりと飲み込み覚えた。
 そういうのもあって、教えるのは特段苦ではない。そのあと食材をレジ袋に詰め込み、トツカに持たせる。あとは帰るだけ、と店を出る。

「ん?」

 店を出たところで見慣れないものが俺たちの目に入る。
 店の前に大きな白色のウサギの着ぐるみがいたのだ。店に入るときはいなかったはずだ。ウサギは手にピクニックバスケットを持ち、何かを配っているようだった。

「あれはなんだ?」
「客寄せのきぐ……るみ?多分」

 まあ、もちろんトツカが着ぐるみなんて見たことがあるわけもなく俺に聞いてくる。
 俺自身あんまり見たことがなかったからどうにも歯切れの悪い言い方になってしまった。真っ白でふわふわのウサギの着ぐるみは手足が短くなんとも女子ウケしそうなかわいらしいデザインだ。
 この場にトロンがいたならきっときゃーきゃーと可愛いだとか煩かっただろう。
 ウサギの着ぐるみは街ゆく人々に何かを配っているようだった。何を配っているのだろうと近づいて見てみると、どうやら卵のようだった。

「ん、これくれるの?」

 俺の見た目が子供だからか、ウサギに近寄ると球をを渡してくる。かわいらしいデザインの銀紙に包まれた卵だ。
 匂いを嗅いでみると甘くていい香り。どうやらチョコレートのようだった。

「さんきゅー。ありがとな」

 甘くとろけるチョコレートは好きだ。新製品か何かの宣伝なんだろう。帰ったら食べることにしてレジ袋の中に放り込んでおく。

「それはなんだ?」
「多分チョコレート。甘くておいしいやつ」

 トツカはあまり興味がなさそうだった。甘いものは好きじゃないのか?と、そんな会話をしていると耳に小さな声が飛び込んでくる。

「……える」

 俺にしか聞こえない程度の呟きだ。

「ん?」

 声は俺の背後からだ。さっきいたスーパーの方面から聞こえるようだった。道行く人々はそれぞれ話している人間たちも多く、話し声も多い。

「聞こえる、声が聞こえる、声が聞こえる、声が聞こえる、声が聞こえる」

 そんな中でも俺の耳にとまったのはその呟きがあまりにも異質だったからだ。低く唸るような、それでいて感情のない空っぽな声。
 何度も何度も何度も。繰り返される同じ言葉。まるで呪詛みたいだ。それだけじゃない。マナ反応がある。
 トロンほど正確に感知はできないが、それでもこの反応は間違いない。

「どうした?ラテア」

 顔をあげ、きょろきょろと周囲を見渡す俺を不審に思ったのかトツカが立ち止まる。

「……変な声が聞こえる。あっちだ!」

 周囲を見渡すとふらふらっとスーパーの横の入り口に吸い込まれるように入っていく人影を発見する。声の出所的にも多分あいつだろう。 
 俺はトツカの腕を引き、走り出そうとする。……びくともしない。

「行くんだよ馬鹿!おかしいやつがいたんだ!マナ反応もある!……でも、なんかおかしいような」

 俺の言葉にトツカは不思議そうな顔をしたままだ。
 何がおかしいって、なんかうぞうぞしてるというか、うーん。普通の人間と動きがちょっと違う気がするんだ。

「何故?今ここに羊飼いはいない。敵もいない」

 あ、これは本気で理解していない顔だ。トツカは不思議そうに俺のことを見ている。こうなったら俺一人で行くべきか?一瞬そう考える。
 しかし、ここで唐突にぴんと俺の頭で閃く。

「敵がいるかもしれないんだよ。お前だって猟犬なんだ、頑張れば感じるだろ?マナ反応と、明らかに不審な奴。この間俺と夏輝は誰が主人かわからない猟犬をとり逃した。もしかしたら羊飼いかもしれない。あんたのボスに命じられたことは覚えてるよな?だとしたら追いかけるのも命令に入ると思わないか?」

 主はどうやら瑞雪ではなく國雪らしいし、國雪に絡めれば多分動くだろうと判断したのだ。それに加えてこいつは戦うのが大好きみたいだから、それもプラスだ。

「……なるほど」

 トツカの紅の瞳に興味の色が浮かぶ。羊飼いを倒し捕らえることができれば優秀な猟犬だと瑞雪に示すことができるし、自身の戦闘欲求を満たすこともできる。一石二鳥だろう。
 夏輝達は遠く離れているから血を吸うこともできないし。ヤバかったら撤退しよう。そう心に決める。

「ならば行こう。主の敵は切り捨てなければ」

 人影の消えていった建物の中へと突入するトツカ。主って、瑞雪と國雪どっちなんだか。内心ため息をつきながら俺は後を追いかける。



 








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