青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪夢1 本部からの呼び出し

冬城國雪

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 T都舞白区。黒塗りのハイエースで連れてこられた先であり、ここに御絡流の会の本部がある。
 俺が昔いたのはここだったはずだが、もうほぼ覚えていない。そもそも碌な思い出がないので割愛することにする。
 オフィス街の中でもひと際目立つ一番高い高層ビル。この一棟まるっと一つ全てが御絡流の会の本部である。
 K県支部の建物も立派ではあったが、比べるべくもない。
 エントランスで秋雨が受付を済ませ、そのままそこで待つようにと指示を出し彼自身は帰っていく。そこで暫く待つと案内人がやってきて、K県支部にもある地下の大聖堂へと案内された。
 勿論、支部のものよりもずっと広い上に豪奢で凝った創りとなっている。
 俺にとってもいい思い出が一つもないこの場所だったが、今はそれ以上に隣に突っ立っている人間の不機嫌さを通り越した態度のほうが気になっていた。

「……」

 いつも、俺とか夏輝が視線を向けているとすぐに気づいて嫌そうな顔をするのに、今の瑞雪は前を真っすぐ睨みつけたまま微動だにしない。
 顔色はいつもよくはないが、今は土気色を通り越して真っ白だった。限界まで気を張りすぎて仲間である俺達にまで気が回らない感じ?そんな風に見えた。

「なぁなぁ、あいつの顔ヤバくね?」
「うん……どうしたんだろう。こんな瑞雪さんを見るの初めてかも……」

 こちらに反応しないのをいいことに、俺と夏輝はひそひそと隣で話している。
 そんなことをしていると、ぎぎぃ、と鈍い音を立てて入り口の両開きの大扉が開いた。かつ、かつ、と小気味のよい靴音が響く。
 中に入ってきたのは瑞雪によく似た顔立ちの紺色の短髪の男だった。瑞雪とは異なり、微笑みを浮かべていたけれど。
 額には十字の傷があるが、そんなもの気にならないほど整った顔をしていた。

「お初にお目にかかるね、夏輝君、ラテア君。君たちの話は終一から聞いているよ。私は冬城國雪(とうじょうくにゆき)。そこにいる瑞雪の祖父に当たるよ。そして御絡流の会のボスでもある」

 瑞雪の周りの空気が何度か下がったような気がした。國雪の笑顔は秋雨の浮かべる笑みともまた違う。どこか底冷えする恐ろしさだとか、威圧感を感じた。

「えっ!?瑞雪さんのおじいさん!?」

 まあ、そんなヤバそうだって夏輝みたいなお人よしが気づくわけもなく。あいつは素っ頓狂な声を上げ、瑞雪と國雪の顔を交互に見ていた。

「じろじろこっちを見るな。別に血が繋がってるだけで親しくもないし祖父らしいことをされた覚えはない。そんなどうでもいい自己紹介をするならとっとと本題に入ってくれ。こっちだって暇じゃないんだ」

 秋雨に対して以上に辛辣に冷たく瑞雪が言い放つ。そんな瑞雪に対し、國雪は小さく肩をすくめてやれやれと言った様子だった。

「久しぶりのお爺ちゃんとの再会なんだからそんな無碍にしなくてもいいじゃないか。私は瑞雪に久しぶりに会えて嬉しいよ?こうやって無理にでも呼びつけないと顔も見せてくれないじゃないか。孫の顔を見たいと思うのは当然だとは思わないかい?」

 國雪が一言発するたび、瑞雪の眉間に一つ皺が刻まれる。そのくらい明らかに瑞雪は國雪の事を嫌っていた。

「そういえば瑞雪さんのお爺さんって言ってましたけど……なんていうか、その……お若く見えます、ね?」

 いたたまれなくなったのか、夏輝が割り込み話し始める。勿論、純粋に疑問に思ったのもあるだろうが。
 そして俺達はそれぞれ瑞雪を挟むように両隣へと立つ。あいつのことだからそれはないだろうが、もし殴りかかろうとしてもすぐに止められるようにだ。

「ふふ、企業秘密ってことでここはひとつ」

 そんな瑞雪の視線に勿論気づいているだろう國雪。彼はわざと煽るように口元に人差し指を当て茶目っ気たっぷりに笑う。

「さて、お茶を飲みながら世間話でもしたいところですが、これ以上無駄話をしていると本当に瑞雪が爆発してしまいそうですからね。瑞雪、吹雪もあなたに会いたがっていますから、改めて今度三人、家族水入らずでお話でもしましょう」

 家族。普通はいいもんだが、瑞雪にとってはそうじゃないらしい。
 これ以上顔が険しくなるものかと思っていたが、瑞雪の顔がさらにキツく厳しいものへと変わっていく。
 一目で血縁とわかるほど似ている顔立ちなのに、とことん二人の表情は正反対だった。國雪は女神像の前へと立ち、俺達を見下ろす。
 吹雪とかいうやつも、多分この言い方から考えると血縁なんだろう。父親か、あるいは兄弟だろうか?

「三人とも。先日の竜討伐を見事に成功させてくれたね。おかげで黒間市の人々が竜に殺されることはなくなった。よく無事に生きて成し遂げたね。まずはそのことを労おうじゃないか。お手柄だったね、瑞雪、夏輝くん、ラテアくん」

 ぱちぱちと國雪が手を叩く。

「今回の功績はとても大きなものだ。我が組織の羊飼いの中でも竜と真正面からぶつかって生きていられるものはそう多くはないからね。それを生き延びただけでなく討伐したとは、素晴らしい戦果さ」

 絶対に信じちゃいけないし、胡散臭いとわかっている。なのに何故だか國雪の言葉はすぅっと耳に入ってくる。
 心地いいとすら感じてしまう。この地球人のいうことは正しい、無条件にそう思えてしまう。
 竜は狂っていた。お前たちのような地球人に狂わされてしまった。そう思うのに。本来は忌むべき相手のはずなのに、嫌悪や憎悪はなぜか不気味なほどに湧いてこなかった。

「”価値あるもの”には褒美を。というわけで贈り物を用意してきたんだ。夏輝くん、君の武器は初心者用の量産品だったと記憶しているよ。今後の活躍を期待し、新たな武器を贈ろうじゃないか。初心者向けに誂えてはいるけれど、より強い魔法、負荷にも耐えられる仕様となっている。刃の鋭さもドワーフの力によって竜の鱗すら貫ける、そんな代物だ。これを使ってラテア君とともに今後も人々の平和のために頑張って欲しいと願っているよ」

 人々の平和のためになんて。嘘っぱちに違いないのに。そうのたまいながら國雪は壇上から降りて直接鞘に納められた短剣を夏輝に差し出す。
 ドワーフ。御絡流の会の製造する羊飼いの杖は基本拉致してきたドワーフによって製造されている。

「えっ、俺!?」

 夏輝は一瞬びくりと震え、戸惑う。しかし意を決したように短剣を受け取った。
 今まで夏輝が使っていたものよりもいくらか刀身部分が長い短剣。豪奢な装飾が施されていた。柄の部分にイオの伝導用と思われる翡翠とアルジェリアン・レッドの宝石がはめ込まれている。
 夏輝の指輪に嵌まっている宝石と同じ色だから、合わせられているのだろう。

「必ずや君とラテア君の助けになってくれるはずさ。これから先も多くの困難があると思う。こんな仕事だからね。君たちならきっと乗り越えられると私は信じているよ」

 軽く夏輝にハグをし、離れる。大規模な組織のボスの癖にどうにも距離感が近い。しかし、この距離間の近さというのが逆に恐ろしい。
 そのまま國雪は今度は瑞雪の前へと移動する。瑞雪の瑠璃色の目と國雪の本紫色の目が、合う。
 はっきり言って怖い。耳と尾っぽを出していたら股に挟んでいたかもしれない。いや、流石にそれはないけど。
 とにかく瑞雪が竜にすら向けなかったようなはっきりとした拒絶。それが全身から溢れだしていた。

「そんな怖い顔をしないでおくれよ。祖父として瑞雪の活躍はとても誇らしいんだよ?」

 くすくすと笑う國。

「別にあんたを喜ばせるために羊飼いをやってるわけじゃない」
「まあまあ、そう邪見にせずに」

 もしも瑞雪が俺と同じような獣人だったら、きっと喉の奥からとんでもない唸り声が聞こえてきそうだ。
 まあ、瑞雪は獣っていうより鳥?猛禽類、鷹とかそっちのイメージかもしれないが。

「持ってきてくれ」

 と、まあそんな風に現実逃避をしていると國雪が職員に命令を下す。
 程なくして職員は巨大な弓と指輪、そして刀を持ってきた。
 弓は瑞雪の背丈ほどあり、ゴツいわけではないシンプルな和弓だった。氷のような美しい弓に細いながらも強靭な弦が張られている。
 目を凝らすと細かな装飾が施されており、指輪も今瑞雪が着けているものよりもずっとしっかりした造りだ。
 嵌めてある宝石も美しく輝いており、くすんでいた前の宝石と比べるべくもない。
 先ほど夏輝が貰ったものと遜色ないように思える。

(うっわ、全然嬉しくなさそう……)

 ちら、と隣の瑞雪の顔に視線を向ける。全く嬉しくなさそう。そもそもこいつが嬉しそうな顔をしているところを見たことがないんだけどさ。
 夏輝も瑞雪と國雪の顔を交互に見てあわあわと慌てていた。

「あんたからは何も受け取らない、何もいらない」

 差し出される弓と指輪。しかし瑞雪はそれを頑なに受け取ろうとしなかった。
 そんな瑞雪に國雪は近づき、耳元で何かしらを囁く。……まあ、狐の獣人である俺には筒抜けなんだが。

「受け取らない権利、拒否権があるとでも?」

 拒否権。その言葉に瑞雪の身体がほんの少しだけぴくりと震える。注視していなければ見逃してしまう程度だ。

「……チッ」

 大きく舌打ちをしつつ、瑞雪が弓と指輪を受け取る。
 ボスには逆らえないのか、それとも弱みを何か握られているのか。

「賢明な判断だよ、瑞雪。それに、君の我儘で彼らを窮地に追いやるのは本位じゃないだろう?」

 ねっとりと絡みつくような声音。柔らかい言い方なはずなのに、脅しに他ならない。
 瑞雪は何も言い返さない。ただ國雪を睨むだけだ。

「さて、あともう一つ。こっちの刀だ」

 國雪の言葉に職員が刀を台座の上に置く。
 刀身部分は九十センチ以上はあるだろう長大な刀だ。


 









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