青い月にサヨナラは言わない

EP1 狐と新緑３ 灰色の嘆き

夢

　心がザワつく。
　じくじくとした頭の痛みと共にゆっくり、ゆっくりと意識が浮上する。ぐわんぐわんと揺れる視界の中、何度も瞬きをする。
　指先しか動かせなかった身体が少しずつ解れ、動くようになっていく。頭痛が治まった頃にようやく視界の揺れもなくなる。
　周囲をゆっくりと見渡す。俺は赤茶けた大地に立っていた。

「ここ、どこだ？夏輝は？瑞雪は？竜は……？」

　乾いた空気。どう考えても日本ではなく、マナが漂っているところを見るとエデンらしい。
　しかし、俺の故郷とはマナの量が異なるみたいだった。
　俺の故郷は火山の近くだったため、火のマナが豊富だった。しかし、ここは土のマナが多く存在している。
　豊富故、赤茶けた大地とは言うものの、各所には緑がちゃんとあり、枯れ果てた大地ではない。
　そもそも、ここはどうやら村のようだった。年寄りや大人、小さな子供たちが仕事をしたり、遊んだりと言った光景が見て取れる。
　地球とは異なり、多種族から構成されているものの平和で牧歌的な村だった。

「お姉ちゃん！こっちこっち！」

　小さな子供の舌ったらずな声が耳に届き、俺はそちらを向く。
　そこには地球人とは異なる衣装を纏った年端もいかぬ少女と、見覚えのある黒髪の女がいた。

「さっきの竜？」

　頭部から生えた角、艶々とした黒い鱗を湛えた尾。見るも無残だったぼろぼろの翼は力強く、大空を羽ばたくことが間違いなく可能なもの。
　何より美しい焔色の瞳は活力と知性に溢れていた。

「どうしたの？マリン」
「こっちにね、花畑があるの！お姉ちゃんに見てほしくって！」

　マリンと呼ばれた少女が俺の方を指さす。
　俺の後方には確かに小さいながらも美しい花畑が存在していた。少女と竜は手を繋ぎこちらへと歩みを進める。
　慌てて飛びのこうとするが、間に合わずぶつかると思った。しかし、予期していたはずの衝撃はやってこない。

「ん？え？どういうことだ？」

　竜と少女は俺をすり抜けさっさか歩いていく。文字通り、通り抜けたのだ。
　どういうことだ？さっぱりわからない。
　そもそもなぜ俺だけがここにいるのか、ここは現実とは到底思えない。
　目を白黒させ混乱していると、びゅう、と熱い風が一陣吹いた。
　目に砂が入りそうで思わず目を閉じる。風が吹きやみ、目を開けるとそこは先ほどまでの場所ではなく村のようだった。

「なんなんだ、一体……これはあの竜の記憶かなにかなのか？」

　見覚えのない風景、人々。熱風が吹きすさぶたびに場所も人々も変わっていく。
　ただ一つ言えるのは、どんな場面であっても竜の表情は穏やかで皆幸せそうだということだ。
　貧しい土地であっても、心が豊かだとでもいうように。俺の故郷を思い出してじんわりと涙腺が緩む。
　皆今頃どうしているだろうか・自分と同じような目に遭っていないだろうか？
　空を悠々と飛ぶ竜は現実離れした力強さ、美しさを持っている。さっきまで見ていたものとはまるっきり別人のようで。酷くやるせない気持ちで溢れる。
　殺されかけたにもかかわらず、忌避感や嫌悪感は感じない。いや……彼女がああなった原因はきっと地球人にあるのだろう。だから俺は同じ地球人に囚われたものである竜を憎めないのだろうか？
　竜が捕まるとは思えないが、きっとそうなのだ。何かがあったに違いないのだ。
　年老いた竜を甲斐甲斐しく世話する竜。両親だろうか？神殿のようなつくりの家の扉が開き、竜が開いた扉の方を向く。

「お姉さま、帰ったのね」

　はにかむような笑顔の竜。背後を振り返り、そちらを向こうとする。

「ああ。グリーゾス」

　しかし、振り返る前に世界がぐにゃりと歪み、消え失せていた頭痛が再発する。猛烈な吐き気に襲われ、思わず手で口を押える。
　立っていられず、ふらつき、そのまま地べたへと蹲る。そのまま俺は意識を失った。