青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑3 灰色の嘆き

事件現場へ

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 瑞雪の運転する車で走る事いくらか。適当に近くの駐車場に停め、俺たちはトロンのナビに従い最も近い事件現場へとたどり着いた。
 周りは既に人払いがされており、テープによる封鎖もされていた。古めの現場だからか警察の姿はない。瑞雪によれば常時ここ一体に結界が貼られているとのことだった。
 瑞雪は俺たちに構うことなくずんずんと進んでいく。路地裏にはいると、春の爽やかな風は一切届かず、代わりに通風孔から生ぬるい風が頬に当たって気持ちが悪い。
 突き当りまで行くと、そこには何かに被せられてこんもりとしているブルーシートがあった。

「……ブルーシートがある。あそこが事件現場?盛り上がってるけど何が置かれてるんだろう」

 夏輝がポツリと呟く。声が少し掠れていて、明らかに怯えとか、嫌悪感が含まれていた。

「仏さんだ」
「し、死体!?あれが!?」
 
 今度は思わず大声で叫ぶ。思いっきり声がひっくり返っていてちょっと面白いが、内容的には笑うもんじゃない。

「嫌なら見なくてもいいんだぞ」

 ちら、と横目で夏輝を確認した瑞雪の言葉にはやや棘が含まれている。夏輝は慌てて首を横に振った。

「見ます!……これから先のことも考えたらここで見ないって選択肢はないと思うから」
「そうか」

 そっけなく返し、瑞雪はブルーシートへと手を伸ばす。
 ちら、と夏輝を見ればやっぱりやや顔が青ざめていた。無理しているのだろう。

「っぅ”……」

 躊躇なくブルーシートが捲られ、死体が顔を出す。事前の情報通り死体の首から上がなくなっている。頭だけがごろりと胴体の横に無造作に置かれていた。
 首も切断されたのではなく、引きちぎられたように切断面がぐちゃぐちゃだ。春先とはいえ腐りかけているらしく酷い臭いがする。

「腐りかけてても放置かよ……」

 気休め程度だが鼻をつまむ。隣の瑞雪は涼しい顔だ。

「上の指示だ。死体に人権はないし、エデン絡みの事件の被害者は死ねば失踪者扱いだ。死体も遺族のもとに返されない」

 つくづく地球とは酷い世の中だ。まあ、上が利益を吸い上げて下が苦しむのはエデンも同じか。
 一方の夏輝は口元を手で押さえる。僅かに震え、顔が一気にさぁっと青ざめていく。唯一の救いは女の顔が苦悶の表情ではなかったことだ。きっと即死だったからだろう。

「ぉぇ”っ……っげほ、がほっ」

 小走りで壁付近までいき、手をつきながら胃の中身を吐き出す。朝飯から胃液までびちゃびちゃと吐き出す様子を瑞雪は冷ややかに見つめている。

「吐き終わったなら電霊に命令して解析させろ」

 あまりにも勢いよく吐いているもので背中を摩ろうか迷っていると、瑞雪は容赦なく夏輝に命令を下す。
 夏輝はやっと吐き終えたのか袖口でぐいと口元を拭い、震える手でスマホを取り出した。

「っげほ、トロン……解析をお願い」
『ちょっと、マスター大丈夫なの?』
「うん、大丈夫だからお願い」

 トロンが心配そうに様子をうかがうが、夏輝は頑なに大丈夫だと言い張り彼女は仕方ないと言った様子で解析を始める。

「ねえ、ラテア……」

 夏輝がこちらを向いたものだからあわてて伸ばしかけた手を引っ込める。

「な、なんだ?」
「ラテアは……こういう死体って見慣れてるの?」

 幸いあいつには気づかれていなかったらしい。夏輝は青ざめたまま、俺の方を見ていた。声は少し震えている。

「俺はまあ……」

 やや言葉を濁す。見慣れている。嫌と言うほどに。

「エデン人は見なれてるの……?」

 消え入るような声に、カっと胸の内が熱くなる。エデンのことを殆ど知らないからそういう反応になるのは仕方ない部分もある。
 それでもやはり不快なものは不快で。

「……俺みたいに連れてこられたやつでもなきゃ普通は見ねえよ。ポニテ男みたいな羊飼いじゃなきゃ見ないように」

 1オクターブ低い唸るような声が俺の喉から発される。軽く夏輝が目を見開き、やっちまったと申し訳なさそうな表情へと変化した。

「ご、ごめん」

 別にエデンに争いがないわけじゃない。種族同士の抗争が絶えない場所だってあるし、治安の悪い場所もある。
 でも、だからってこんな惨たらしい死体を日常的に見ているかと言われればそれは絶対にNOだ。
 死体なんて見ずに一生を終えるやつのほうが多いに決まっている。

「お前たち言い争ってないでさっさとしろ」

 不機嫌そうな声が背後から降ってきて俺と夏輝の動きが止まる。

『はいはい!解析終わりましたよ!あたしってば優秀だからね!』

 そんなぴりぴりし、悪くなった場の雰囲気をよくしようとしてかトロンが明るく声をあげた。

『まず、空間自体のマナは霧散しちゃっているんだけど死体の傷口に濃密なマナが残っているわ。ただ、死体の死因ではないみたい。死体事態は魔法とか関係なく本当に純粋な力で引きちぎられていると思うの……。見てみないとわからないけれど、濃密なマナは皆の言ってた黒い靄なのかも。ただ、一つ言えるのは種族自体はわからないけれどこのマナを見るにすっごく強いと思うわ。ぐるぐる回って吐き出せない、篭った力みたいな印象は受けるけれど』

 トロンの言葉に瑞雪が考え込むような仕草を見せる。

「それだけ濃密なマナだと言うなら別の場所へ向かったような痕跡はあるのか?」

 暫し迷ったのち、トロンが少し困ったような顔をしつつ口を開いた。

『あるわ……。でも、一番古いから流石に追跡は無理!逆に言えば、多分一番新しい現場に行けば追跡可能だと思うわよ』

 俺と夏輝は互いに顔を見合わせてから、瑞雪の様子を伺う。明らかにノリ気でない、快調とは言い難い渋い顔だった。

「……一番新しい現場に行くぞ」

 暫しの沈黙の後、瑞雪がようやく口を開く。まあ、わかっていたことだ。俺たちに退路はない。
 秋雨に喉元を握られている運命共同体だった。

 再び瑞雪の車に乗り込み暫く揺られる。
 車窓から流れていく景色は平和そのもの。さっきの惨たらしい死体が嘘みたいなくらい騒がしくて、平和だった。
 エデンとは異なる光景。しかし日常風景は共通するものがある。見るたびにきゅぅ、と胸が痛む。それと同時に安心する。
 この痛みが続く限り、俺はエデン人であると、故郷を忘れていないと思えるからだ。

「ついたぞ」

 K県支部に向かう途中見た、封鎖された場所に戻ってくる。近くのパーキングに停め、歩くこと10分ほど。
 歓楽街の近くであり、周囲は今は看板に電灯が灯されていないなんだかいかがわしい建物や、飲み屋の建物でひしめき合っていた。

「朝通った場所だよね」

 夏輝がきょろきょろと周囲を見渡しながら呟く。

「……学生がこの辺りを通るなよ。電車で来い、電車で」

 ため息をつく瑞雪に夏輝は小さく肩をすくめて返す。

「ラテアに電車はまだ早いと思ったんです……」

 電車。鉄の動く箱。地球人がたくさん乗っているもの。それくらい俺にだってわかる。

「失礼な。乗ったことくらいある」

 研究所に収容される前、猟犬だったころは乗らされたことが結構あった。……いまでも乗れるかはわからないけれど。
 つくづく変なところに気遣いを発揮する奴だとまじまじと夏輝を見る。

「じゃあ次から電車で行こうか。この辺りは確かに歓楽街で施設にいた時もこの辺りは通っちゃダメって言われてたし。……八潮さんにバレたら怒られるし」

 朝いた周囲の野次馬は人払いがされているらしく捌けていた。
 警察と瑞雪が一言二言かわすと軽く頭を下げられ、俺たちは中へと踏み込む。
 さっきまでは周囲の喧騒が煩すぎるくらいだったのに、一気に静かになる。環境音と俺たちの息遣い、喋る声だけが存在した。

『八潮おじさまって怒るの?すっごく優しそうな人だったけれど』
「うん。滅多に怒らないけど、駄目なことをした時はすっごく怖いよ。ラテアも気を付けなね」

 トロンは意外そうな声を出すが、夏輝は困ったように眉をへの字にして笑う。ってか。

「なんで俺なんだよ!」

 ぐるるっと唸りながら俺は夏輝を睨みつける。そもそも何もしないし!お前より大人なのに何故。

「ぐぇっ!」

 そんな風に睨み合っていると頭頂部に衝撃。振り返れば瑞雪が俺と夏輝に拳骨を下したようだった。
 大きくため息をついた瑞雪からは明らかに不機嫌さが滲み出ていた。

「遊ぶな馬鹿共。トロン、解析及び痕跡の追跡を開始しろ」

 瑞雪の命令にトロンはこっくりと頷き、スマホの画面が青緑の蛍光色に輝く。画面の中に多数の電子パネルが浮かび上がった。
 実際、改めて探ってみれば俺でも感じ取れる程度にマナが辺り一帯にまき散らされていた。と言っても俺程度では感じ取るのが精いっぱいで追跡は難しかったが。

『解析完了よ!死体に関しては腐っているかいないかくらいで変わりはないわ。でもマナの追跡は可能……というか割と近いわ。どうする?』

 暫くしてトロンがきぃきぃと高い声を張り上げた。
 追跡可能。わかってはいたが実際にあの黒い靄を追跡しなければならないとなると気は重くなるばかりだ。
 夏輝に視線をやれば小さく息をのむ音。一気に緊張したようで、顔にはありありと恐れやらなにやらが見て取れた。

「……行くしか選択肢がないからな。追跡を開始しろ。お前たちはとにかく死なないことを心がけろ。俺が死にそうになったらさっさと逃げろ。いいな」

 瑞雪の言葉に俺は大きく頷く。
 ……実際、瑞雪が死ねば俺達は詰む。しかし、夏輝にその選択が取れるだろうか?
 夏輝は首を手に振れないままだ。それを見て瑞雪はこめかみを揉みつつ、トロンの指示した方向へと走り出した。
 おいていかれるわけにはいかない。
 それに倣い、俺と夏輝も重たい一歩を踏み出した。


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