青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑2 羊飼い

地球とエデン2

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 とはいえ、言わないわけにはいかないわけで。俺は渋々テーブルの上のナプキンを手にし、口を開く。

「イグニス」

 軽くマナを込め、小さく呟くように発声する。するとボッという音と共に紙ナプキンが燃え上がった。

「あまり大きな焔は出さないでくださいね。火災報知器が鳴っちゃうので!本格的に魔法を使うなら裏庭の方に結界を張ってそちらでお願いしますね」

 少し慌てたような八潮の声に、俺は慌てて火を消す。
 八潮は俺の行動にほっとした顔をして、コーヒー、麦茶、ココアをテーブルに置いた。

「ありがとうございます」
「俺だって、別にここを燃やしたいわけじゃないから……」

 なんとなく居心地が悪くなってココアの入ったマグカップを手に取る。ふわりと香る甘い香り。落ち着く。

「あんたならわかると思うけど、俺は狐の獣人だ。そんな強い魔法なんて使えねえよ。今使った発火とか、あとは狐火とか―発火よりは攻撃に向いてる。いくつか火の玉を浮遊させてぶつけたり、守ったりできる。変化……これはいろんなものに化けたりできる。あとは腕力とか、脚力を強化できる。俺一人だとこれくらいかな……」

 言っててちょっと情けない。でも仕方ないんだ。
 エデン人は生まれ持った差が絶対的だ。強い奴は強いし、弱い奴は弱い奴なりにうまく立ち回らなきゃいけない。悔しいと思うけど無理なもんは無理だ。

「火と呪い、身体強化か。エデン人は個々に任せっきりで魔法に関しても各々の才能に依るところが大きい。地球人はこれを体系化し、論理的に纏めた。大まかに火、水、風、土、光、闇の6つの系統にわけて分類したわけだ。まあ、他にもさっき言った身体強化なんかの派生形も多くある。しっかり分類分けしている理由は効率よく新人に教えるため、そして学ぶためだ。これにより今じゃ新人でもある程度の魔法は使えるように教えられる。他にももう一つ理由があるがな」

 コーヒーには手を付けず、瑞雪は他の出した指輪をアタッシュケースの中へとしまい込む。

「もう一つの理由?」

 夏輝は首を傾げた。

「ああ。基本的にエデン人に比べて地球人は元の基礎スペックで劣っている。そこの獣人ですら、容易に地球人を殺すくらいの力はある。平和ボケしているのもあるっちゃあるがな。それは魔法の才能についても同じこと。そもそも単体では使えないしな。地球人が極められる魔法の系統は2つまでと言われている」

 そう言いながら瑞雪はアタッシュケースの中から灰色の石ころを取り出し、夏輝へと渡した。
 俺はその様子をココアをちびちびと舐め啜りながら見ている。
 八潮がついでとばかりにお菓子まで出してくれる。色々な動物の形をしたクッキーだった。オレンジピールやナッツ、チョコチップと様々なトッピングがちりばめられていた。

「むぐ、あま」

 二人が真剣な話をしていたが、俺が何か口をはさむこともないのでクッキーに手を伸ばす。
 さくさくだ。美味しい。ココアを飲んではクッキーを食べる。至福かも。

「甘すぎないのか……?」

 クッキーを黙々と食べていると瑞雪が声をかけてくる。

「これくらいがちょうどいいけど?」
「そうか……」

 美味しいけど?と答えればなんか何とも言えない顔をしていた。一体何だっていうんだ。

「ラテアは甘党、と。メモメモ」
「それよりもっと別のものをメモれバカたれ」

 夏輝の額に軽くデコピンをし、瑞雪は話を続ける。

「ラテア、マナを指輪に少し渡せ。夏輝は血を流してイオを作ってみろ。石は握ったままで」

 言われるままに俺はマナを夏輝に渡す。夏輝も文様に触れ、血を流す。
 すると手に持った何の変哲もなさそうな石ころが淡く輝き始めた。新緑色に輝く石ころはまるで夏輝の瞳の色のようだった。
 そして緑に混ざりほんのりと赤黒い色が混ざる。

「この石はイオを通して持ったやつの才能のある系統を示してくれる。まあ、これに逆らって別の系統を学んでもいいが、あまりお勧めはしない。ゲームじゃなくて生き死にに直結するからな。この色だと風と身体強化か……。マナも血も止めていいぞ」

 止めるとすぐにまた元の灰色の石ころへと戻る。瑞雪はアタッシュケースの中からピンセットを取り出す。

「指輪をこっちに」
「は、はいっ!」

 緑色の宝石と、錆っぽい赤色の宝石を石座へとはめ込む。宝石自体は小さなそこまで目立たないものだったが、良質なものだとわかる。
 瑞雪の指輪に嵌められている石と見比べれば一目瞭然だった。

「瑞雪さんは昨日を見る限りだと雷と氷を使ってましたけど、さっき言った属性の中にはなかったよね」

 何度かくいくいっとピンセットで触れ、しっかりとはめ込まれたことを入念にチェックする。

「雷と氷は派生だ。一般的にさっき上げた属性が基本属性で、強いとされている。俺は氷と雷がメインで身体強化と治癒を多少なり齧っている。お前は風と身体強化でバランスがいいから俺の真似はしないほうがいい。系統はともかく、他の系統を齧るとその分才能のキャパシティの関係でメインの系統を極めづらくなる。ゲームみたいにリセットなんてできないからな。指輪はこれでいい。ぐらぐらしたり、具合がおかしかったから今言えよ」

 手を離し、瑞雪はそこでやっと冷めたコーヒーに口を付け一息つく。集中していたようだ。

「あっ、大丈夫です!瑞雪さんは何でそんな覚え方を?」

 自分で確認をしっかりしてから夏輝が答える。確かに、瑞雪はわかっていながら何故そんな無茶苦茶な系統の学び方をしたのだろう。
 夏輝の問いに瑞雪は少しだけ苦い顔をした。

「氷と雷はもともとの才能に従っただけだ。身体強化と治癒は俺は今までずっと独りで任務をこなしていたから。お前たちも見ただろう、昨日弾けて死んだ猟犬たちを。マナの供給以外で頼りにならないんでな。最低限の治癒と動けるだけの身体強化を齧った」

 やむにやまれぬ事情があったというわけか。装備の質を見ても割と納得できる答えだった。
 しかし、あの猟犬たちも元はエデン人だったのだろう。
 今もどこかの研究所で使い捨ての駒として量産されていると考えるとやはりいい気分はしなかった。

(まあ、だからってこいつにキレたりするのはお門違いなんだよな……。不愛想だし神経質そうで面倒くさそうなやつだけど、面倒はちゃんと見てくれてるし)

 多少なりの思うところは飲み込むべきだ。そう判断し、俺はクッキーをさらに口の中へと放り込み、咀嚼する。

「あの……エデン人はあんな風に本当は大体使い捨てられたりしているんでしょうか?」

 瑞雪に突っかかったのは夏輝の方だった。恐る恐る、伺うように瑞雪を見つめながら声を発する。

「そうだな。中には羊飼いと良好な関係を築く猟犬もいるが、多くは肉壁として使い捨てられたり、憎み合ったりしているだろうな」

 そんな視線を気にすることなく、瑞雪は淡々と答える。

「瑞雪さんはエデン人についてどう思っているんですか?」

 瑞雪が間違っているとは夏輝は言わなかった。瑞雪に言ったところで何も変わらないし、どうしようもない。それくらいの分別はあるくらいには大人のようだった。
 まあ、そんな風に少しでも夏輝が今のところは思ってくれている。それはある種の救いなのかもしれない。
 これから先、エデン人に殺されかけてなおそれを言えるかは謎だったが。

「俺は別に、地球人だろうがエデン人だろうが変わらないし、どうでもいい。敵になるなら敵だし、危害を加えてこないならなんでもいい。ただ、一つ言うならそれをうだうだと考えて刃が鈍ってお前自身が殺されないようにしたほうがいいとは思うが。お前が死ねばラテアは処分されるぞ。俺は別に庇うつもりもない。お前たちが強く成らなきゃどうしようもないことだ」
「はい……そう、ですよね」

 頷く夏輝。カフェの開け放たれた窓からそよそよと風が入ってくる。今のやり取りとは正反対の心地いい風だった。

「座学はこれくらいにして、ここからは実践に入るぞ。魔法の使い方を教える。店主、裏庭を借りる」

 冷めきったコーヒーの残りを飲み干し、テーブルの上で広げたものをアタッシュケースの中へとしまい、席を立つ。
 俺たちも慌てて残りの飲み物やクッキーを詰め込み片づけ立ち上がる。

「どうぞごゆっくり」

 八潮はどこか微笑まし気に、そして少しだけ心配そうに俺たちを見送るのだった。


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