青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑2 羊飼い

地球とエデン

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 翌朝。

「夏輝、ラテア君、お客さんがお待ちですよ」

 朝食を食べ、アパートからカフェへの道を丁寧に教えてもらいながら向かう。
 あの後は悪夢を見ることなくぐっすりと眠りこけ、朝は夏輝に起こされるまで全く起きなかった。
 俺の寝相が悪かったのか、最初はスペース削減のために背後から子供を抱っこするみたいに抱きしめられていたのだが、気づけば向かい合うように眠っていた。
 ……涎とかが口の端から垂れていたのを見られてちょっと恥ずかしかった。
 カフェにつくと、外で花壇の手入れをしていた八潮が柔和そうな笑顔を浮かべて出迎えてくれる。

「お客さん?俺とラテアに?」

 夏輝が頭にハテナマークを浮かべる。

「一人しかいないだろ。昨日のポニテ男じゃないのか?」
「ああ!」

 洒落た鈴をからんころんと鳴らしつつ店内に入る。中を確認すれば店内は開店直後だからか客の姿は殆どいなかった。だからこそ余計に目立つ。
 窓の近くのテーブル席に陣取ったポニテ男の姿がだ。

「瑞雪さん!」

 いち早く発見した夏輝がぱたぱたと駆けていく。
 澄ました顔で本を読んでいた瑞雪は夏輝が駆け寄ってくるのを確認し、眉間に皺を寄せる。今のところ不機嫌そうな顔しか見たことがない。
 こいつが今日から俺たちの先輩になるのかぁ、とどこか他人事のように考えた。

「冬城だ」

 瑞雪は慣れ合うつもりはないとばかりにぴしゃりと言葉を発する。どうやら名前で呼ばれるのはお気に召さないようだった。

「瑞雪さんですよね、覚えてます!」
「……はぁ」

 しかし、勇者なのか会えて空気を読まないのか知らないが夏輝はあくまでも下の名前でフレンドリーに接するつもりらしい。
 まあ、あいつが嫌がるなら名前で呼んでもいいかもしれない。
 心底嫌そうな顔をしながら瑞雪は足元に置かれていたアタッシュケースに手を伸ばし、コーヒーをどかしてからテーブルの上にでんと置く。

「改めて。お前たちの指導役にさせられた冬城瑞雪だ。これからお前たちは俺の下で御絡流の会の構成員、下っ端羊飼いと猟犬として働いてもらう。不本意だが……」

 本当に、渋々と言った様子の声音で話す。愛想もくそもありゃしない。

「そういえば、ここで話すのはまずいんじゃないのか?」

 ふとここが公共の場のカフェであることを思い出し、俺は小さくひっそりと言葉を漏らす。
 地球人の大多数はエデンのことについて知らないのだ。
 むしろ知ってしまったら記憶処理を施す程度には徹底した情報操作をしていたはずだ。

「それなら問題ない。そもそもここは御絡流の会の下請けだ。組織に属さない野良の羊飼いに組織からの依頼を委託している」

 瑞雪の言葉に俺たちは思わず八潮を見た。

「はい、その通りです。夏輝はエデンのことを知りませんでしたし、教えるつもりもありませんでしたが……カフェ”朱鷺(とき)”はエデン関連のお仕事を外部委託する下請け業者もしているんですよ。ここで耳にしたエデン関連の情報はエデンのことを知らないものが耳に入れても記憶に残らないようになっています」

 八潮の思ってもいなかった告白に、夏輝は目を見開きあんぐりと馬鹿みたいに大口をあけていた。

「俺全く知らなかったよ!ずっと昔から!?」

 ワンテンポ遅れて夏輝が叫ぶ。

「はい。ずっと昔からですね。昼はカフェ、夜はバー兼御絡流の会からの依頼を外部委託するための店だったりします。夏輝は夜ここに来ることはなかったので知らなかったでしょうし、そもそも危険な目にあってほしくはありませんでしたから……」

 小さくひそひそとした八潮の言葉にバツの悪そうな顔をしたのは俺と瑞雪だ。
 御絡流の会の人間のくせに案外こいつには良心があるみたいだった。この仕事に向いてないんじゃないか?と若干思う。

「とりあえず座れ。立ったままだと迷惑だろうが」
「あっ……わかりました。ラテア、座ろう」

 促されるままテーブル席へと座る。瑞雪の隣の席にはあいつの得物と思しき巨大な弓が立てかけられている、布に覆われているため中身は見えないが。
 俺と夏輝は対面の席に並ぶ。瑞雪は無表情とは言わないが、どこかいつも不機嫌で神経質そうだった。
 足元のアタッシュケースをテーブルに置き、留め金を外す。中には新品のスマートフォンと何も嵌まっていない指輪が各サイズ、色とりどりの宝石、石ころ、豪華な装飾の施された短剣が収められていた。

「お前たちは今日から会所属の羊飼いと猟犬だ。昨日エデンと地球については基本的な説明を聞いたと思う。ここからは主に戦い方やお前たちがしなければならないことを説明する。わからないことは言わないままじゃなくさっさと質問しろ、いいな」

 教える気はきちんとあるらしく、少しだけホっとする。
 俺はある程度ならわかるが、今の組織の状況については理解が及んでいない。

「飲み物を用意しますよ。何がいいですか?御所望でしたら食事メニューもございますよ」

  そっとメニューを差し出してくる八潮に瑞雪は手で制止をかけた。

「別に水で構わないんだが……まあ、コーヒーで」
「俺は麦茶で!ラテアは?」
「ココア」

 俺の言葉に夏輝と八潮は何やらにこにこと楽し気にしていた。解せぬ。

「はぁ……。耳をかっぽじってよく聞けよ。羊飼いと猟犬の基本的な知識は昨日教わった通りだ。俺たちの仕事は御絡流の会や地球人に仇名すエデン人や脱走した猟犬の処分を命令に従って行う。要するに汚れ仕事だ」

 半ば脅すように瑞雪は夏輝をじぃっと見つめながら言う。余程秋雨の行動が不本意だったようだ。
 まあ、ムカつくし、何より食えないやつだ。あいつの下で働くのはある意味で嫌に思える。

「はい……。大丈夫です、わかっています」

 ちら、と横目で夏輝の顔を見れば神妙な面持ちで頷いていた。

「口では何とでも言えるから行動で示せ。で、そこのラテアの首につけられている首輪は制御装置だ。その首輪はこの指輪と連動している」

 そういって瑞雪はアタッシュケースの中から指輪を取り出した。指輪の石座には2つ石が嵌められるようになっている。腕の部分は太く複雑な文様が描かれていた。

「指輪をつける指はどれがいいんだ?」

 瑞雪の言葉に夏輝はうんうんと唸る。まあ、つけたことがなさそうなタイプだしな。

「瑞雪さんはどの指に?見せてほしいです!」
「仕方ねえな……」

 小さくため息をつき、瑞雪は右手のグローブを外し、机の上に置いた。手はしなやかで美しい形をしていたが、小指の中間や付け根の下にマメがぽこぽこと出来ている。弓を使うからだろう。
 しかしまあ、やっぱり改めて確認して思う。瑞雪の指輪より新人の夏輝に用意されたものの方が、どう考えても上等なものだった。
 アタッシュケースの中の宝石はどれも大きく、美しく煌く。
 それに比べ、瑞雪のものはくすんでおり、大した輝きを放っていない。宝石に蓄えられている属性の力も弱いものだ。

「一つ思ったんだけどさ」

 俺は口を開く。まあ、こいつならいきなりキレて俺を殺そうとはしてこないだろうし。

「なんだ」

 こちらを見向きもせず瑞雪が聞き返す。

「昨日見たお前の武器も、この指輪もあんたに釣り合わないと思うんだけど。だって、昨日見た限りだとあんたは結構強かったと思う。魔法の使い方とか、戦い方とかさ。転移の魔法なんて詠唱はめちゃくちゃかかってたけど強い魔法だ。それなのに、新人の夏輝に与えられる武器と指輪のほうが上等だ」

 痛いところを突かれたのか、瑞雪は一瞬驚いた顔をしてからすぐに苦々しい顔になる。

「……素行が悪すぎてこうなった。お前たちもせいぜいいい子にしておくことだな」

 一瞬の間の後、瑞雪はそう答えた。

「まあ口も態度も悪そうだもんなあ」
「成程……!ぁっ」

 妙に納得する夏輝がちょっと笑える。俺の言葉に同意した後、慌てて口を閉じた。
 瑞雪は眉間に皺をよせ、深くため息をつく。……瑞雪の言葉が嘘か本当かはわからないが、この性能の装備しかないのだったら日々苦労していそうだ。
 あの猟犬も本当に最下級の雑魚だったしな。俺より弱いのは相当だ。どれくらい違うかと言うと、ぬいぐるみと本物の犬が一緒なわけはないってレベルの違い。

「それで?どこの指につけるんだ?基本的に利き腕につけたほうがいいぞ。俺の場合は両利きだからあてにならないがな」

 ムム、と夏輝はやっぱり悩む。そんなに悩むことか?って考えるくらいに悩んでいた。子供っぽい。

「それじゃあ右手の人差し指で!」
「わかった」

 夏輝の右人差し指の太さを確認し、瑞雪は何度か取り換えつつぴったりとフィットする指輪を探し出した。

「腕部分に文様が掘られているのは見ての通りだが、この部分に触れると」
「いっづ!」

 瑞雪が台座の右の文様に触れると夏輝がぴょんと席から軽く浮いた。

「血を吸い上げる。昨日秋雨から多少なり聞いただろうが、イオを作るためには地球人の血とエデン人のマナが必要だ。そして、俺たちはマナを扱えない。魔法を使うにはイオが必ず必要だ。指輪は地球人が魔法を使うための触媒でもあるというわけだ。首輪をつけた猟犬からマナを吸い、血と合わせてイオを生成してくれる」

 鈍色の指輪の腕部分、文様に朱が走る。わかってはいたが、結構禍々しい。
 夏輝は予期していなかった痛みに驚いていたが、すぐに座りなおす。

「基本的に主導権は主人たる羊飼いにある。猟犬側から自由にマナを送ることもできるが、この文様に触れれば無理にでもマナを送らせることも可能だ」
「ぎゃんっ!」

 今度は台座の左側の文様に瑞雪が触れる。
 すると俺の首輪が軽く締まりマナを吸い上げられる感覚。久々に味わうが、ぞわぞわと背筋を這い上る悪寒。嫌な気分になるが、仕方ない……。

「ら、ラテア!大丈夫?」

 俺がぶるぶると微妙に震えているのに気付いたらしいあたふたしつつ夏輝が声をかけてくる。

「も、問題ない……」
「続けるぞ」

 瑞雪先生の講義はまだまだ続くようだ。俺たちの様子に構うことなく続ける。

「魔法の使い方については後で実践を交えて説明するが、イオの作り方はこんな感じだ。羊飼いの血と猟犬のマナで勝手に創り出してくれる。イオは羊飼いが用いて魔法を使ってもいいし、血を猟犬側に送って猟犬に使わせてもいい。ただ、あまり大量のイオを猟犬に扱わせることは勧めない。制御装置のキャパシティを超えたイオを与えれば首輪が壊れてこちらに牙を剝いてくる可能性もある。貧血にもなる。最悪は失血死だ。まあ、お前はラテアはそんなことはしないから!とか言いそうだが、首輪がない猟犬はやむを得ない場合であるなら後で付け直せばいいが、そうでない場合は反逆者とみなされて処分されても仕方ないからな。よく覚えておけ」

 夏輝の思考を先読みしたのか、瑞雪は釘を刺すような物言いをした。夏輝は神妙に頷く。

「エデン人は魔法を直感と、もともとの生まれ、種族、個体のスペックで生まれながらに使える。ラテア、お前は何が使える?」

 いきなり飛んできた俺への質問に、少し面食らう。……あまり言いたくないんだけどなあ。だって、俺弱いんだもん。






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