青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑1 果てに出会う

お人好しな奴ら

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 何度も言うが、俺は地球人ではない。地球のほかにはもう一つ世界があって、エデンという。
 俺はもともとそこの住人だった。地球人の多くはこのことを知らないが、都市伝説だとかおとぎ話だとかそういう形で伝わっているらしい。
 地球で言う妖怪とかは実は流れ着いたエデン人だった、なんて話も聞く。
 ありていに言えばエデンは地球人の言う剣と魔法のファンタジー世界、というやつなのだ。

 そして、エデンの存在を知っているごく一部の人間は御絡流の会とかいう組織を作り、エデンからエデン人を拉致、奴隷のように使っている。
 地球人の血と、エデン人の持つ魔力を混ぜ合わせると強い力を持ったエネルギーが生まれる。
 それを利用するのが目的なのだと聞いた。そのエネルギーの名前はイオ、永遠を意味する単語らしい。

 なんにせよ、俺は地球人が嫌いも嫌い、大嫌いだ。
 そんな地球人がエデンのことを研究するための研究所に捕まっていたが逃げだし、そして力尽きて倒れて夏輝に拾われたというわけだ。

 俺のにわか地球知識でもわかるが、竜は大体物語とかでも強い扱いを受けている。実際、研究所をぶっ壊した張本人である竜はとてつもなく強い。
 ちなみに俺は獣人族の中でも強くは決してない狐人。だから、弱っていると言うのは間違いなく理由の一つであるが、そもそもの話正面きっての戦闘なんてしたくはないのである。
 追っ手は奴隷化したエデン人を使って襲ってくるだろうことは容易に想像できる。絶対に居場所を知られたくないし、バレたくない。
 まあ、俺みたいな狐人にそんなわざわざ追いかけるようなリソースを使うとも思えないのが不幸中の幸いだろうか。
 思い出したくないことだけは一丁前にたくさんある。少しでも頭の片隅に掠るだけでも何も入っていない胃の中がぐるぐるして、口の中が酸っぱくなる。
 駄目だ、思い出すな。思い出したって何の得にもなりはしないのだ。そう自分に言い聞かせる。

(エデンのことを夏輝たちが知らないのはラッキーだけど……いつバレるかもわからないし、もう二度とあそこに戻るのは御免だ……。っていうか、次は殺されるかもしれないし)

 可能であれば、エデンに戻りたい。地球なんて嫌いだ。でも、どうやって?
 どうせ戻る方法があるにしても、敵のお偉いさんくらいしか知らないんじゃないか?ソファで毛布にくるまりながら、俺はぐるぐると思考を巡らせる。
 そんなことをしていると、再び扉が開く。開いた瞬間甘い香りが鼻に届き、俺は思わず顔を扉の方へと向けた。
 そこにはお盆を持った夏輝が立っており、続いて八潮が入ってくる。
 八潮の手には紙袋。何か持ってきたのだろうが、中身はわからない。しかし、紙袋より俺の視線は盆の上に釘付けだった。
 サンドイッチの載せられた皿とほこほこと湯気を立てるマグカップがあったからだ。思わずつばを飲み込む。いいにおいだ、甘くて、美味しそうな、久しく嗅いで居ないかぐわしい香り。

「おまたせ、とりあえずたまごサンドと温かいココアを持ってきたよ。食べられそう?」
「……」

 夏輝はテーブルの上に盆を置く。俺はソファからゆっくりと体を起こし、テーブルに近づき覗き込んだ。
 ふかふかのパンに挟まれた黄色い物体。たまごサンドは分厚い卵焼きが挟まれていた。ココアもミルクがたっぷりで、思わずじゅわりと口の中に唾が溢れた。
 毒があるかもしれないのに、腹がすいてたまらない。もう、長いことまともな食事など取れていなかった。
 暫く迷ったのち、とうとう俺は欲望に負けてたまごサンドを手に取った。口を小さくあけて、はむりとひと口。
 パンよりもやや大きいくらいの卵焼きが挟まれたたまごサンドには、しっかりとからしとケチャップが塗ってあった。調味料のしっかりとした味付けの中にほんのり優しい甘さの卵焼き。
 美味しい。……美味しい、すごくおいしい。

「はむ、はぐ……むぐ」
「よかった、食べてくれて!美味しい?」

 夏輝の声はどこまでも優しい。顔を向ける余裕なんてあるわけもなく、俺はサンドイッチを口に押し込む。

「ん、ん……」

 口の中がパサついたところでココアをひと口啜る。熱すぎないが温くもなくて、美味しい。
 何故だか鼻の奥がツンとなって、堪える。地球人の前なんだ。今はいい顔をしているが、いつ裏切られたっておかしくないのだ。
 ……でも、美味しい。もっと食べたい。黙々と咀嚼する俺を夏輝と八潮は微笑みながらじぃっと穴が開くほど見つめてくる。居心地が悪いけれど、でも背に腹は代えられなかった。
 あっという間に皿が空になるが、まだ腹が減っていた。でも、これ以上地球人を相手に要求なんてするのもよろしくない。腹が満ちたふりをし、俺は再びソファの上に引き上げ、蹲る。

「ねえ、できれば名前を教えてほしいんだ。呼ぶのにほら、困るし。俺、君の事知りたいなって思うからさ」

 食べ終えたところで夏輝が声をかけてくる。名前。名前か……。
 エデン人には、親しい相手にしか教えない正式な名前と、その他大勢に呼称される呼び名がある。
 ……地球人とはいえ、世話になったのは事実なのだ。くそったれどもと同じところまで堕ちてたまるかとも思うし、それくらいなら教えてやるべきなのかもしれない。

「……ラテア」

 正式な名前ではないほうの、愛称を教えてやる。

「ラテア!ありがとう、教えてくれて!」
「ぅ、ぐっ……」

 何故一挙一動で目の前の子供は喜ぶのだろう。理解に苦しむ。おまけに駆け寄ってきて抱き着くもので、思わず身体がびくりと大きく跳ねた。
 さっきまでとは異なり、怖い……とは不思議と思わなかった。そして温かい。誰かにまともにこんな風に触れられたのはいつぶりか、もう思い出せない。
 それはそれとして地球人に抱き着かれているだなんて事態がいやで、一瞬呆けたのちに慌てて肩を掴み引きはがす。
 力はたいして入らなかったが、俺の意図が通じたのか夏輝はすぐに離れた。

「ご、ごめん。つい弟にするみたいに」

 明らかにやっちまった、と挙動不審な夏輝。

「……次がなければいい」

 わかればいい。咄嗟に漏れ出た唸り声を止める。
 地球人とはいえ、飲食を提供してくれたのだからこれ以上の拒絶は失礼……だと思う。
 俺が頷くと夏輝は今度は安心したような表情へと変わる。つくづくころころと表情が変わる子供だと思った。

「そうだ、もっと食べる?食べるなら俺すぐに作ってくるよ」
「いいのか?」

 腹がすいているのもあって、夏輝の提案に思わず即座に食いつく。
 だって、腹が減っているんだ、仕方ないだろ?

「勿論!あと八潮さんが服を持ってきてくれたから着替えるといいよ。その、今のままだとぼろぼろだから……」
「ぁ……」

 夏輝に言われ、視線を下に向ける。
 服というか、ぼろきれと言わざるを得ないものが引っかかっていた。ついでに全身薄汚れているし、泥まみれだ。
 むしろこんな惨状で部屋に招き入れたこいつらがお人よしなのだろう。

「一度俺の家に来なよ。お風呂とかもあるからさ!またたまごサンドとココアも作ってあげる。料理の腕には自信があるからさ、他にも色々作れるし。行くところ、ないんだよね?」

 腕まくりをし、自信たっぷりに言う夏輝。それと同時に、俺に対しやはり心配そうな、お節介そうな表情を向けた。

「……まあ、ない、けど」

 嘘をついたところで事態は好転しないし、行き場があるわけでもない。素直に頷く。

「なら決まり!怪我もしてるみたいだし、しっかり治さないと」

 こいつはいつもそうなのか?怪訝な表情を八潮へと向ければ、穏やかな微笑みだけが返ってくる。どうやらいつも通りらしい。
 ここを追い出されれば俺は野宿でもなんでもしながら必死に逃げ回るしかないだろう。なら答えは一つしかなかった。
 地球人に助けられる、ということは勿論もやもやとした言いようのない気分になるけれど、背に腹は代えられない。
 俺が特に拒絶しないのを見て、八潮は手に持っていた紙袋を俺へと渡す。
 中にはカフェの制服だろうか、長袖のきっちりとしたシャツとズボンが入っていた。エプロンもあったが……まあ、これはつけなくていいだろう。

「着替えるから、出てってくれ」

 しっしっと手で出て行けと指示する。裸を見られる趣味はない。

「わかったよ。着替えたら部屋を出ておいで。ここは休憩室なんだ」
「何かと入用でしょうし、夏輝はレシートを持ってくるように。こういうものを出すのは大人と相場が決まっていますからね」

 俺の知らないところで話がどんどんと進んでいく。
 まあ、聞いている限り悪いようにはならなそうなので問題はないか。二人が出て行ったあと、ボロ布を脱ぎ捨てる。
 青白い肌、身体は縫合痕などの傷だらけ。見られたらどう考えたって不審に思われるだろう。
 口を引き結び、さっさと着替えてしまう。与えてもらった服はとても暖かくて、肌触りがよく快適だった。

(ヒトらしい扱い、いつぶりだろうな……)

 どうせなら耳や尾っぽも毛づくろいして整えたいが、バレたら騒ぎになるだろうし、それは難しい。
 自由に耳と尾を出せていたあの頃が懐かしく、そして殆ど思い出せなかった。
 エデンの匂いも、風景もだ。やるせないやら、憎らしいやら。何より自分が強ければ拉致などされなかったのだろうから、自分の無力さに嫌気がさした。
 ゆるく頭を振り、しっかり傷が見えないことを確認してから部屋を出る。
 もうどん底は経験した。これ以上悪いことなんて、きっと起こらないだろう。そう、自分に言い聞かせながら。



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