青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP1 狐と新緑1 果てに出会う

始まりのブルームーン

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 帰りたい。嗚呼、帰りたい。
 煮えたぎるような怒り、尊厳を犯された苦痛。最早我がものだったはずの大空を闊歩することは叶わず、地べたをはいずることしかできない。
 短くなった首を傾け空を見ても、記憶にある鮮やかな星々瞬く夜空はない。くすんだ醜いものだ。

 嗚呼、嗚呼、吐き気がする。憎い。苦しい。悔しい。
 身体が重い。一つも思い通りになりやしない。
 それでも、どれだけ己が矮小な存在になり果てようと、目の前の取るに足らぬ塵芥どもを食い殺すのには十分だった。
 こんな、触れたら吹き飛ぶような脆い愚か者どもに、己の誇りは凌辱されたのだ。

「蟶ー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺??∝クー繧翫◆縺」

 取るに足らない塵芥。最早何もかもが靄がかかったように思い出せないが、それでもこの身を滾らせる怒りと憎悪だけは覚えている。
 あとは、白。そう、白だ。最早自分は誇りを取り戻すことは叶わない。自分にできるのは虫けらのように地べたをもがき、あがき、せめてもの無念を晴らすこと。
 白を壊す、殺す、摺りつぶす、ねじ切る、腸を抉りだす、舌を抜く、ありとあらゆる残虐な形での死を与えねばならない。
 手元には有言実行とばかりにずたずたに引き裂かれ血に染まり見る影もなくなってしまった白があった。

「蜈?縺?&縺?霑ス縺イ縺  縺?蠖シ)縺ョ螻ア
縲?縲?蟆城ョ?縺薙?縺ェ)驥」繧翫@  縺九?蟾
縲?縲?縲?縲?螟「縺ッ莉翫b  繧√$(蟾。)繧翫※
縲?縲?縲?縲?蠢倥l縺後◆縺  謨??(縺オ繧九&縺ィ)」

 世界に慟哭が響く。それはどこまでも遠くへ響き、そしてどこにも誰にも届くことはない。
 もう思い出すことさえ難しい、あったことしかわからない。そんな故郷にはもう二度と戻れない者の哀歌だった。

-------------------------------------------------------

 壊れた鉄の檻を抜け出し、裸足で走る。足の裏にガラス片や鉄片が突き刺さっても、息が切れても、ただただ走り続ける。今を逃せばきっと二度とチャンスはない。
 俺が走った痕は一目瞭然だ。真っ赤な血が点々と落ちているのだから。

 ここはどこで、己は誰なのか。そしてなぜこんなに足場の悪い場所を全力疾走しているのか。
 話せば長くなるし、こんな目にあっているのは俺が悪いわけでもない。ここは地球の研究所。俺は地球人ではなく、別の星ー『エデン』で生まれ育った狐の獣人だ。
 エデン人は地球人よりも概ね身体スペックが高く、地球にないマナというエネルギーを扱い魔法を操ることができる。
 だから地球人は利用価値の高いエデン人を拉致している。マナが地球にないのに魔法を使えるのかって?答えはイエスだ。エデン人は自身でマナの生成が可能かつ身体に蓄えられるのだ。
 俺もそんな被害者の一人だ。んでまあそこから色々あって、無理やり研究所に連れてこられて、絶賛逃亡中ってわけだ。

「は、ぁ……はぁっ、誰かは知らないけど助かったぜ、マジで」

 何年もまともに動かしていなかった身体は全身がたがたで軋みまくっている。それでも狐の獣人特有の身体の柔軟性、身体能力の高さを生かし命を燃やして疾走する。
 エデンには地球と違って様々な種族がいるが、狐獣人の長所なんてまあそれくらいしかない。碌な食事も与えられていないせいで魔法だって扱えそうにない。ただ頭を空っぽにして逃げるだけ。
 幸いにも職員や警備の『猟犬』ー地球人側についたエデン人、あるいは洗脳されたやつらのこと、勿論無理やり使役されている奴らも多いんだけどさ。そいつらは皆倒れ伏していた。生きているのか、死んでいるのかもわからない。
 見るからに死んでいるだろうってやつらも多かった。頭部がないだとか、腹の肉がまあるく抉られて内臓や骨が飛び出しているとか。
 というより、俺みたいな雑魚に構っている余裕はないのだろう。なにせ、空から隕石が振ってきて研究所の地上部分がフッ飛ばされたのだから。

 上を見あげれば美しい、けれどエデンに比べたら汚い夜空が浮かんでいた。
 俺の故郷。ここではない場所。星はほとんど見えない。金色のお月様とは別に青い月が見える。あれは俺の故郷のエデンだ。
 そして、もう一つ空に浮かんでいるものがあった。ここからでは豆粒ほどの大きさで、いくら夜目が効く俺と言えどよくは見えない。

 かろうじて目視できるのは大きな漆黒の翼、立派な角と尾っぽ。何故こんなところに存在するかはわからないが、あれは恐らく『竜』だ。
 竜、それはエデンの中でも最強の部類に入る種族。寿命はやたらと長いし、マナの保有量も馬鹿みたいで、身体能力もゆうに獣人を上回る。
 竜に食らいつけるのは獣人の中では獅子だとか、虎だとか、ごく一部のものだけだろう。
 
 なんにせよ、あれが隕石を降らせた張本人で、研究所を破壊した奴だ。目的なんて知らないが、地下にいたのもあって俺自身も無傷。そんなわけですたこらサッサというわけだ。

 身体の一部がちぎれていたり、原形をとどめていない死体、どす黒い血と臓物、飛び出た脳漿がいたるところに散乱していた。
 竜の攻撃に巻き込まれたのだろう。地下の方も檻や壁が衝撃で破壊されており、研究員たちは収容していた実験体に殺され見るも無残な末路を遂げている。

 けれど、被害は研究員だけにとどまらなかった。正気を保っているエデン人の方が少なく、同士討ちを始めていた。俺は幸いにもそういった元同胞たちに見つかることはなかった。
 助けようとしなかったのは薄情だったかもしれないが、俺にできることなんてないに等しいから仕方ない。
 少しだけ後ろ髪引かれる思いもあった。でも、俺は竜だとか強い種族ではないんだ。助けてやることなんてできない。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図をただただ警戒しつつ走り抜けるしかなかった。研究所を抜け、走って走って、走って。
 外は町から離れた場所のようで。町から離れるように走った。
 足がもつれて転んでも、擦り傷だらけになっても、ただただひたすらに。意識を失うその時まで走り続けた。





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