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第二部 獣人武闘祭

第325話

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 ドラムはにやけた口のまま、しばらく私を睨んだ後、つまらなそうに鼻で笑って、去っていった。そばにいたノエルが、ほっとしたように息を吐き、へなへなと座り込んでしまう。

「ノエルさん、大丈夫?」

「ディ、ディ、ディーナさん……ありがとうございます……ぐすっ、怖かった……です……」

 ノエルの瞳から、たっぷりの涙が溢れてきた。
 よっぽど怖かったのだろう。

 そりゃそうよね。
 あのドラムの傷だらけの顔の迫力。
 荒くれ男だって震えあがりそうな凄味があった。

「まったく、なんて奴なの」

「いえ、私が悪かったんです。ぶつかったりして……」

「それにしたって、あの態度はないニャ。その子、誰だか知らんけど、かわいそうニャ」

 近くで見ていたミャオが、むふーと鼻息を荒げ、すでに遠くなったドラムの背を睨んだ。……そうだわ、タマラも慰めてあげないと。

「タマちゃん、あいつはもう行っちゃったから、泣かな……」

 私は、言葉を止めた。
 タマラが、もう泣いていなかったから。

 いや、それだけではない。
 ぞくりと、背中に悪寒が走ったからだ。

 悪寒の理由は、分かっていた。
 視界に、あるものが入ったからだ。

 それは、タマラの顔。
 いや、正確には、タマラの瞳だ

 私は、つばを飲み込んだ。

 タマラの目は、先程帽子を貰って、キラキラと輝いてた時とは、まったく違っていた。ドラムと諍いになり、不安になって泣いていた時の目とも、まったく違っていた。その目には、喜びとか、悲しみとか、怒りとか、恐怖といった感情が、まったくこもっていなかった。

 ただ、そこにあるだけの、ガラス玉のような瞳。

 その二つのガラス玉が、遠ざかっていくドラムの背を、じっと見つめていた。何を考えているのか、まったくわからない、不気味な瞳だった。タマラは、一言も発さず、じっと、ただじっと、ドラムの背を見つめ続けている。

「……タマちゃん、大丈夫?」

 私の問いかけにも、タマラは反応しない。どうしたのだろう? 助けを求めるようにノエルを見ると、彼女はタマラの異常な様子に気がつき、顔面蒼白になった。

「タマちゃん、しっかりして、タマちゃん! 私は大丈夫だから、ね?」

 タマラは、何も答えなかった。
 彼女の無感情な瞳は、すでに人ごみに紛れたドラムの背を、捉え続けていた。
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