二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ？

第１２０話

　そう思っていきり立つ私とは対照的に、エリスは特に感情を乱すこともなく、黙々とストレッチを続けている。どうやら、耳が長い代わりに器の小さい男の相手など、する気はないらしい。

　……この子も本当に変わったものだわ。
　出会ったばかりの頃なら、今の男の発言でキレていたでしょうに。

　しかし、そんなエリスの態度が気に入らなかったのか、感じの悪い男は大きく舌打ちし、さらに言葉を続ける。

「だいたい、『エルフ式魔術ボクシング』は、男のやる競技だ。女がいくら頑張ったところで、男には勝てないんだよ。生まれつきの魔力も、腕力も、男の方が上だからな。お前のやっているのは無駄な努力だ。それなのに、わざわざ伝統の衣装を着てこんな試合に出て、ご苦労なことだな」

　この男、耳の長さで差別することに飽きたのか、今度は性差別にターゲットを変えたようだ。なんて狭量で、浅ましい男だろう。……確かに、こんな奴の相手をするのは馬鹿らしい。エリスが無視を決め込んだのも良く分かる。

　しかし、これ以上この男の嫌味ったらしい言葉が耳に入ってくるのも不愉快だ。どうしたものかと思案していると、コツコツという小さな音が近づいて来た。音は、私たちのすぐそばで止まる。

　私は、音の方を見た。

　そこには、右手に杖を持った、小柄な老人がいた。
　コツコツというのは、この老人が、杖を突いて歩く音だったらしい。

　私は、驚いた。
　老人の、耳の長さにだ。

　なっが……

　このエルフの里に来て、色々と耳の長い人は見てきたが、この人の耳は、ぶっちぎりの長さだ。目測で、３０センチメートルはある。

　耳の長いお爺さんは、ちらりと感じの悪い男を見やり、呟く。

「競技ではないよ」

「えっ？」

「きみは今、『エルフ式魔術ボクシング』は、男のやる競技だと言ったが、その言葉は、そもそも間違っておる。『エルフ式魔術ボクシング』は、本来は競技ではなく、狩りや、他種族との命がけの争いに用いられる、殺し合いの戦闘術じゃ。本日、『競技大会』と銘打ったのは、単に、便宜上のことにすぎん」

「は、はぁ……」

　感じの悪い男は、まさに『はぁそうですか』という感じで、生返事をする。しかし、生意気なことを言い返したりする気はないようだ。きっと、老人のけた外れに長い耳を見て、とてつもなく高貴な人物であると判断し、少々気おくれしているのだろう。