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第73話

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 約一ヶ月前の決闘で、エリスは無意識ながらも魔力の防護壁を作っていたので、比較的簡単に『魔防壁』を使いこなせるようになり、今はひたすら実戦で、『魔防壁』を使用するタイミングと、魔力消費のコントロールを特訓している。

 いかにエルフの魔力が強大でも、『魔防壁』ばかりに魔力を注いでいては、『エルフ式魔術ボクシング』の最大の武器にして特徴である『魔拳』の威力が落ちてしまうし、逆に『魔拳』にばかり集中していては、『魔防壁』を完璧に使いこなすことはできない。

 私も聖女の結界を攻撃と防御に分散して使用しているのでわかるのだが、この魔力配分のバランスはなかなか難しいもので、とにかく幾度も実戦を重ねて、自分の身で学習するしかないのである。

 そして今日、私はエリスの貴重な実戦の機会を、奪ってしまった。
 師として、少々反省である。

 しかし、やはりこうやって、体を動かすのは良い。最近すっかりダメ人間になっていた私だが、その甘ったれた根性も、今の戦いで一気に吹っ飛んだ気がする。私はエリスの肩をポンと叩いて、満足げな顔で言う。

「それじゃ、帰りましょうか。はりつけにされている人たちのことを、冒険者ギルドに報告しなきゃね。もうゴブリンも全滅したことだし、何人か人をよこして、ちゃんと埋葬してくれるでしょう」

 できることなら、ただちに埋葬してあげたかったが、冒険者ギルドに頼んで犠牲者の名前を確認してもらった方がいいだろうし、何より彼らも、ゴブリンの巣があった場所のすぐそばで、埋葬などされたくはあるまい。

 さあ、帰ろう帰ろう。
 久々に働いたし、帰ったら、一杯やろう!
 労働の後のお酒は、美味しいからね!

 そんなことを思いながら踵を返した私の背に、エリスは声をかけた。

「お師匠様。ゴブリンは、全滅なんかしてません。今倒したのは、ただの前哨部隊です」

「えっ?」

 私は足を止め、振り返った。エリスは、これからが本番とでもいうように、肩と肘を伸ばすストレッチをしながら、言葉を続ける。

「ゴブリンは一つの巣に、最低でも30匹以上はいるんです。巣に近づいたものをまず攻撃してくるのは、その中でもヒエラルキーの低い前哨部隊であり、巣の内部には、さっき倒したゴブリンよりずっと強い連中が待ち構えています」

「あっ、そうなの……。なるほど、よく考えたら、さっき倒した程度のゴブリンたちなら、実戦経験不足の駆け出し冒険者でも、そこまで苦労せずにやっつけられるものね」

「そうですね。……お師匠様。ゴブリンの巣の中は罠もあり、それに、なんと言いますか、とても嫌な環境です。お師匠様ほどの方が、わざわざ足を踏み入れるような場所ではありません。ですからやはり、お師匠様はここで引き返し、犠牲者たちのことを、冒険者ギルドに報告……」

 そんなエリスの言葉を、私は途中で遮った。

「やだ。絶対行く。私、一度始めた仕事は、最後まできっちりやらないと、美味しくお酒が飲めないタイプなの」
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