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第35話(デルロック視点)

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 今は、いったい何時なのだろう。ここには窓がなく、時計もないので、正確なことは分からないが、恐らく、あと少しで正午ちょうどというところか。

 ……私は現在、王宮の地下にある納骨堂に避難している。

 王宮は、暴徒と化した民衆どもに占拠されてしまった。近衛兵たちが必死に応戦したが、あの『紫の霧』の影響で弱りきった身体では勝負にならず、皆、あっという間に殺された。

 何故だ?

 何故民衆が、王宮を襲う?

 奴らも、厚生大臣の使いの男のように、私が魔女ラディアを追放したせいで、紫の霧が発生したとでも思っているのか? ……だとしても、あれだけの人数が、いきなり暴力行動に走るなんて、ちょっと考えられない。普通は、『責任を取れ』『国民を救え』『賠償しろ』と、まずは『なんらかの要求』をしてくるものだ。

 疑問は、もう一つある。

 民衆どもも、紫の霧の中を歩いて来たはずなのに、なぜか、奴らの体が弱っていなかったことだ。奴らは皆、一様に目を血走らせ、狼のように唸り声をあげながら歯をむいていたが、その全身には、異常なほどの活力がみなぎっていた。

 時折奇声を発しながら跳ね回る姿は、『狂った猿』と形容するのがピッタリであり、使用人たちは、奴らの狂気に圧倒され、なすすべもなく殺されていった。

 異常な混乱状態の中、私は一人、この地下納骨堂に退避した。王家の者のみが知っている、極秘の場所だ。入るためには、何重にも組み合わされた特殊な錠を解除しなければならないので、ここなら、暴徒どもが入り込んでくることはあるまい。

「ひとまずはここで、混乱が収まるのを待とう……何か行動を起こすのは、それからだ……」

 すっかり疲れ切った私はそう言うと、座り込み、納骨堂の壁にもたれかかりながら、一人で何度もため息を漏らした。そして、気がついた。広大な地下納骨堂の、迷路のように入り組んだ通路の奥から、かすかに風が吹き込んでくることに。

 私は、青ざめた。

 そうだ。地下とはいえ、まったく換気がされていないわけではない。いくつか通風孔があり、そこから、地上の空気が流れ込んでいるのだ。

 と、言うことは、ここも間もなく、あの紫の霧で満たされることになる。……だが、ここを出れば、いまだに王宮で暴れ狂っている暴徒どもによって、私は八つ裂きにされてしまうだろう。

 懸命に頭を巡らせ、打開策をいくつか考えてみるが、すぐに、もう手の打ちようがないということを、私は悟った。

「もう、終わりだ……」

 私は力ない声で呟き、瞳を閉じた。

 どうしても死の運命が避けられないのなら、狂気の暴徒集団によって残虐に殺されるよりは、ここで一人、静かに死んでいきたい。

 そう思い、私は考えるのをやめた。





 それから、どれだけの時間が流れたのだろう。先程も述べた通り、時計がないので時間を確認することはできないが、体感で、一時間は経ったように思う。

 私はまだ、生きていた。
 ……特に、体が弱っていく感じはない。

 暗闇の中、目を凝らしてみても、納骨堂内の空気に、あの紫の霧が混ざっているような様子はない。地下の空気は、やや湿っぽくはあるものの、清浄そのものだ。

 ……まさか、この地下納骨堂の通風孔――その出口は、紫の霧の影響を受けていない高地か、あるいは、かなりの遠方にあるのか?
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