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第53話
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「おい、何だその目は」
ラスールの子供たちに対する溺愛ぶりを見るに、エリックは一度も自分の行いを咎められたことなどないのだろう。幼少期に一人。……そう、ただの一人でもちゃんと諫めてくれる人がいれば、ここまで歪みはしなかったでしょうに。
「やめろ、そんな目で見るな! 今すぐ顔を伏せろ! 土下座しろ! 俺にひれ伏せ! 俺はウォード家の長男、エリック・ウォードだぞ!」
その時、いくつもの銃声が一斉に響き渡った。
フォーリーの皆が逃げられず、ウォード軍に撃たれたの!?
そう思い、一瞬で全身の血の気が引いていく。
……だが、そうではなかった。どこから現れたのか、5騎の騎兵が天に向かって威嚇射撃をしながら、今私がいるウォード軍の本陣を目指して突進してきたのである。
彼らの内1騎が、立派な旗を掲げていた。それを視認したラスールの表情が、一瞬強張る。彼は懐から遠眼鏡を取り出して、改めて旗をじっくり確認した。その顔色が、みるみる青ざめていく。
「まさか……いや……そんな……何故ここに……!?」
「どうしたの、お父様?」
愛しいキャロルの問いにも、ラスールは何も答えない。暑くもないのに、彼の広い額からは、汗が一滴二滴としたたり落ちている。私は目を凝らして、ラスールを驚かせた謎の旗を懸命に見た。
「あぁっ……!」
思わず歓声が漏れる。あれは、大公様の紋章だ。それが、大きな旗に織り込まれているのである。いきなりのことに、感情の変化が追い付かない。しかしこれはたぶん……いや、間違いなく、大公様が使いを出し、この狂った私争を止めに来てくれたのだ。
安堵感が胸いっぱいに広がっていく。まるで、今の今まで死んでいた肉体が生き返ったような気分だった。反対に、エリックの心は混乱の極みに達しているらしく、ラスールに対して、溶けかけの白蝋を思わせる顔色で問いかける。
「父上、あれは大公の騎兵です! どういうことですか!? 大公は痴呆ぎみで、まともな判断などできないのではなかったのですか!?」
「そ、そのはずだ。近頃では、自分がどこにいるのか分からなくなる時があるほど、頭が曖昧になっていたからな。だいたい、大公はワシに信任を置いておる。何の連絡もなしに仲裁に来るなど……」
「では、大公の旗を勝手に持ち出した賊徒か何かでは……」
「賊徒が大公の使いに成りすましてこんなところに来て、何の得があるのだ?」
「そ、それは……まあ、そうですね……」
そんなことを話しているうちに、5騎の騎兵は声の届くところまで来た。そして、立派な甲冑に身を包んだ一人の騎士が、辺り一帯にとどろき渡るような大声を発する。
ラスールの子供たちに対する溺愛ぶりを見るに、エリックは一度も自分の行いを咎められたことなどないのだろう。幼少期に一人。……そう、ただの一人でもちゃんと諫めてくれる人がいれば、ここまで歪みはしなかったでしょうに。
「やめろ、そんな目で見るな! 今すぐ顔を伏せろ! 土下座しろ! 俺にひれ伏せ! 俺はウォード家の長男、エリック・ウォードだぞ!」
その時、いくつもの銃声が一斉に響き渡った。
フォーリーの皆が逃げられず、ウォード軍に撃たれたの!?
そう思い、一瞬で全身の血の気が引いていく。
……だが、そうではなかった。どこから現れたのか、5騎の騎兵が天に向かって威嚇射撃をしながら、今私がいるウォード軍の本陣を目指して突進してきたのである。
彼らの内1騎が、立派な旗を掲げていた。それを視認したラスールの表情が、一瞬強張る。彼は懐から遠眼鏡を取り出して、改めて旗をじっくり確認した。その顔色が、みるみる青ざめていく。
「まさか……いや……そんな……何故ここに……!?」
「どうしたの、お父様?」
愛しいキャロルの問いにも、ラスールは何も答えない。暑くもないのに、彼の広い額からは、汗が一滴二滴としたたり落ちている。私は目を凝らして、ラスールを驚かせた謎の旗を懸命に見た。
「あぁっ……!」
思わず歓声が漏れる。あれは、大公様の紋章だ。それが、大きな旗に織り込まれているのである。いきなりのことに、感情の変化が追い付かない。しかしこれはたぶん……いや、間違いなく、大公様が使いを出し、この狂った私争を止めに来てくれたのだ。
安堵感が胸いっぱいに広がっていく。まるで、今の今まで死んでいた肉体が生き返ったような気分だった。反対に、エリックの心は混乱の極みに達しているらしく、ラスールに対して、溶けかけの白蝋を思わせる顔色で問いかける。
「父上、あれは大公の騎兵です! どういうことですか!? 大公は痴呆ぎみで、まともな判断などできないのではなかったのですか!?」
「そ、そのはずだ。近頃では、自分がどこにいるのか分からなくなる時があるほど、頭が曖昧になっていたからな。だいたい、大公はワシに信任を置いておる。何の連絡もなしに仲裁に来るなど……」
「では、大公の旗を勝手に持ち出した賊徒か何かでは……」
「賊徒が大公の使いに成りすましてこんなところに来て、何の得があるのだ?」
「そ、それは……まあ、そうですね……」
そんなことを話しているうちに、5騎の騎兵は声の届くところまで来た。そして、立派な甲冑に身を包んだ一人の騎士が、辺り一帯にとどろき渡るような大声を発する。
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