9 / 68
第9話
しおりを挟む
でも、こんな状況でもただ茫然としてはおらず、次々と料理を口に運んでいくあたり、なかなかにたくましい両親だと思う。私も二人を見習って食事を続け、そろそろお腹いっぱいというところで、お母様がぽつりと口を開いた。
「まあ、いいんじゃないですか」
えっ?
今なんて言った?
まあ、いいんじゃないですか――
そう言った。
私の行動を容認してくれたということではあるだろうが、相変わらず、怒っているのか呆れているのか、それとも純粋に許してくれたのか、声の抑揚がなさ過ぎてどうにもわからない。
だから、なんて言葉を返せばいいのか分からずに黙っていると、私の代わりというわけでもないだろうが、普段は口数の少ないお母様が、淡々と言葉を紡いでいく。
「私はもともと良い気はしていなかったんですよ。ウォード家は名家ですが、明らかにそれを鼻にかけているところがありますからね。現当主のラスールは言葉の節々に厭味をきかせてきて、ハッキリ言って不愉快な男です。それでも力のある家ですから、良い関係を築くのは大事だと思っていました」
お母様はそこで一度お茶を飲むと、カップを置くのと同時に語りを再開する。
「ウォード家の長男エリックとクリスタが親密になり、先方が婚約の話を持ってきたときも迷いましたが、エリックはラスールに比べるとずっとまともだったし、若い二人に好き合う気持ちがあるのならこれも一つの良縁なのだろうと信じました。しかし、所詮蛙の子は蛙。エリックもまた、いやらしいウォード家の男だったということでしょう」
お母様の語りはまだまだ止まらない。普段寡黙な分を一気に取り戻そうとするかのように、やや興奮気味に喋り続ける。
「婚約者とのデートに馬鹿な妹を延々と連れてくるとか、女を侮るにもほどがあります。クリスタ、あなたも悔しかったでしょうに、両家の間にトラブルを起こすまいと我慢してくれていたのですね。愛する娘の心痛に気づきもしなかった自分を恥じ入るばかりです。私は愚かな母親でした……」
「お母様……」
普段は感情を表に出すことのないお母様が、こんなにも私のことを愛してくれていたなんて……。私は何か言葉を返そうとするが、胸がいっぱいで、唇が震えて、うまく台詞にならない。とにかく今は、ただただ嬉しかった。そんな私の代わりに、お父様がお母様に問いかけた。
「お、お前、どうしたんだ。今日一日で一年分の言葉を喋る気なのか?」
「これが喋らずにいられますか。よく考えてください、あなた。言うなれば、クリスタはウォード家から侮辱されたも同然なのですよ。婚約破棄は当然として、フォーリー家の当主であるあなたから、ウォード家の当首であるラスールに謝罪を求めるべきですわ」
「まあ、いいんじゃないですか」
えっ?
今なんて言った?
まあ、いいんじゃないですか――
そう言った。
私の行動を容認してくれたということではあるだろうが、相変わらず、怒っているのか呆れているのか、それとも純粋に許してくれたのか、声の抑揚がなさ過ぎてどうにもわからない。
だから、なんて言葉を返せばいいのか分からずに黙っていると、私の代わりというわけでもないだろうが、普段は口数の少ないお母様が、淡々と言葉を紡いでいく。
「私はもともと良い気はしていなかったんですよ。ウォード家は名家ですが、明らかにそれを鼻にかけているところがありますからね。現当主のラスールは言葉の節々に厭味をきかせてきて、ハッキリ言って不愉快な男です。それでも力のある家ですから、良い関係を築くのは大事だと思っていました」
お母様はそこで一度お茶を飲むと、カップを置くのと同時に語りを再開する。
「ウォード家の長男エリックとクリスタが親密になり、先方が婚約の話を持ってきたときも迷いましたが、エリックはラスールに比べるとずっとまともだったし、若い二人に好き合う気持ちがあるのならこれも一つの良縁なのだろうと信じました。しかし、所詮蛙の子は蛙。エリックもまた、いやらしいウォード家の男だったということでしょう」
お母様の語りはまだまだ止まらない。普段寡黙な分を一気に取り戻そうとするかのように、やや興奮気味に喋り続ける。
「婚約者とのデートに馬鹿な妹を延々と連れてくるとか、女を侮るにもほどがあります。クリスタ、あなたも悔しかったでしょうに、両家の間にトラブルを起こすまいと我慢してくれていたのですね。愛する娘の心痛に気づきもしなかった自分を恥じ入るばかりです。私は愚かな母親でした……」
「お母様……」
普段は感情を表に出すことのないお母様が、こんなにも私のことを愛してくれていたなんて……。私は何か言葉を返そうとするが、胸がいっぱいで、唇が震えて、うまく台詞にならない。とにかく今は、ただただ嬉しかった。そんな私の代わりに、お父様がお母様に問いかけた。
「お、お前、どうしたんだ。今日一日で一年分の言葉を喋る気なのか?」
「これが喋らずにいられますか。よく考えてください、あなた。言うなれば、クリスタはウォード家から侮辱されたも同然なのですよ。婚約破棄は当然として、フォーリー家の当主であるあなたから、ウォード家の当首であるラスールに謝罪を求めるべきですわ」
89
お気に入りに追加
1,798
あなたにおすすめの小説
せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから
甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。
であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。
だが、
「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」
婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。
そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。
気がつけば、セリアは全てを失っていた。
今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。
さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。
失意のどん底に陥ることになる。
ただ、そんな時だった。
セリアの目の前に、かつての親友が現れた。
大国シュリナの雄。
ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。
彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。
原因不明の病気で苦しむ婚約者を5年間必死に看病していたら、治った途端に捨てられてしまいました
柚木ゆず
恋愛
7月4日本編完結いたしました。後日、番外編の投稿を行わせていただく予定となっております。
突然、顔中にコブができてしまう――。そんな原因不明の異変に襲われた伯爵令息フロリアンは、婚約者マノンの懸命な治療と献身的な看病によって5年後快復しました。
ですがその直後に彼は侯爵令嬢であるエリア―ヌに気に入られ、あっさりとエリア―ヌと交際をすると決めてしまいます。
エリア―ヌはマノンよりも高い地位を持っていること。
長期間の懸命な看病によってマノンはやつれ、かつての美しさを失っていたこと。今はエリア―ヌの方が遥かに綺麗で、おまけに若いこと。
そんな理由でフロリアンは恩人を裏切り、更にはいくつもの暴言を吐いてマノンのもとを去ってしまったのでした。
そのためマノンは傷つき寝込んでしまい、反対にフロリアンは笑顔溢れる幸せな毎日が始まりました。
ですが――。
やがてそんな二人の日常は、それぞれ一変することとなるのでした――。
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
【完結保証】あれだけ愚図と罵ったんですから、私がいなくても大丈夫ですよね? 『元』婚約者様?
りーふぃあ
恋愛
有望な子爵家と婚約を結んだ男爵令嬢、レイナ・ミドルダム。
しかし待っていたのは義理の実家に召し使いのように扱われる日々だった。
あるパーティーの日、婚約者のランザス・ロージアは、レイナのドレスを取り上げて妹に渡してしまう。
「悔しかったら婚約破棄でもしてみろ。まあ、お前みたいな愚図にそんな度胸はないだろうけどな」
その瞬間、ぶつん、とレイナの頭の中が何かが切れた。
……いいでしょう。
そんなに私のことが気に入らないなら、こんな婚約はもういりません!
領地に戻ったレイナは領民たちに温かく迎えられる。
さらには学院時代に仲がよかった第一王子のフィリエルにも積極的にアプローチされたりと、幸せな生活を取り戻していく。
一方ロージア領では、領地運営をレイナに押し付けていたせいでだんだん領地の経営がほころび始めて……?
これは義両親の一族に虐められていた男爵令嬢が、周りの人たちに愛されて幸せになっていくお話。
★ ★ ★
※ご都合主義注意です!
※史実とは関係ございません、架空世界のお話です!
※【宣伝】新連載始めました!
婚約破棄されましたが、私は勘違いをしていたようです。
こちらもよろしくお願いします!
【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!
灰銀猫
恋愛
多額の持参金が必要な結婚を早々に諦め、王宮文官になる道を選んだ貧乏伯爵家のエリアーヌ。男尊女卑著しいブラック職場で必死に頑張るも、四年目に第一騎士団に異動になってしまう。しかも配属先は学園時代に天敵認定した男の専属文官だった。
ある晩、残業のお礼にと高級酒を振舞われ、気が付くと見知らぬベッドの上に裸の天敵と自分がいた。天敵男は何故か求婚してくるが、相手は王女と婚約するとの噂もあり、エリアーヌは求婚を固辞するのだが…
実家を助けるために必死で働く貧乏文官令嬢と、イケメンで有能で王太子の影も務める騎士副団長との、甘くない攻防(になる予定)
R15は保険です。タイトルはアレですが、直接的な表現はありません。
他サイトでも掲載しています。
わたしとの約束を守るために留学をしていた幼馴染が、知らない女性を連れて戻ってきました
柚木ゆず
恋愛
「リュクレースを世界の誰よりも幸せにするって約束を果たすには、もっと箔をつけないといけない。そのために俺、留学することにしたんだ」
名門と呼ばれている学院に入学して優秀な成績を収め、生徒会長に就任する。わたしの婚約者であるナズアリエ伯爵家の嫡男ラウルは、その2つの目標を実現するため2年前に隣国に渡りました。
そんなラウルは長期休みになっても帰国しないほど熱心に勉学に励み、成績は常に学年1位をキープ。そういった部分が評価されてついに、一番の目標だった生徒会長への就任という快挙を成し遂げたのでした。
《リュクレース、ついにやったよ! 家への報告も兼ねて2週間後に一旦帰国するから、その時に会おうね!!》
ラウルから送られてきた手紙にはそういったことが記されていて、手紙を受け取った日からずっと再会を楽しみにしていました。
でも――。
およそ2年ぶりに帰ってきたラウルは終始上から目線で振る舞うようになっていて、しかも見ず知らずの女性と一緒だったのです。
そういった別人のような態度と、予想外の事態に困惑していると――。そんなわたしに対して彼は、平然とこんなことを言い放ったのでした。
「この間はああ言っていたけど、リュクレースと結んでいる婚約は解消する。こちらにいらっしゃるマリレーヌ様が、俺の新たな婚約者だ」
※8月5日に追記させていただきました。
少なくとも今週末まではできるだけ安静にした方がいいとのことで、しばらくしっかりとしたお礼(お返事)ができないため感想欄を閉じさせていただいております。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる