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第8話
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夕日の中で楽しげに語りあう二人は、外見の美しさもあり、さながら絵画のようだ。アリエットは、ヘイデールと肩が触れ合うほど密着し、犬のように小首をかしげながら、時に笑い、時に甘え、時に拗ねたような仕草をして、会話を楽しんでいる。
その距離感は、どう見ても、姉の婚約者に対する態度ではなく、愛しい恋人との逢瀬を堪能しているようにしか見えない。
『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』
いつかのアリエットの言葉が頭に浮かんできて、痛みに似た、苦い感情が心の中に広がっていく。
何が『あまり顔を合わせないようにする』よ。嘘つき――
いや、あるいは、偶然公園で出会ったアリエットとヘイデールが、ほんの少しの間、おしゃべりを楽しんでいるだけなのかもしれない。
アリエットに裏切られたことを認めたくない私は、何とかそう思い込もうとしたが、それはちょっと無理がある。家が近所のアリエットはともかく、ヘイデールはデートの約束でもしていない限り、この辺りに来ることはないからだ。……たぶん、アリエットが何か口実を作って、ヘイデールを呼び出したのだろう。
胸の中の痛みは、少しずつ怒りに変わっていき、私はつかつかと二人に歩み寄っていった。足は相変わらず重かったが、石炭をくべられた機関車のように、私の体は前進していく、怒りの熱には、人間に強く行動を促すエネルギーがあるらしい。
ヘイデールとアリエットは、近づく私になど目もくれず、心から楽しそうに会話を続けている。……どうやら、最近都会で話題のお芝居について、話をしているらしい。
屈託のない笑顔で、『クライマックスの演出が素晴らしいんだ』『今度きみも連れて行ってあげよう』とアリエットに語りかけるヘイデールを間近で見て、私の胸は張り裂けそうになった。
私だって、まだ、お芝居に誘われたことなんてないのに――
それよりなにより、饒舌に話すヘイデールの、今まで見たこともないような快活な笑顔が、私の心を傷つけた。
アリエットは自分で話すのも上手だが、適度に話題を盛り上げて、相手を良い気分にさせるのが抜群にうまい、いわゆる『聞き上手』でもあるので、ヘイデールも話してて、それはもう最高に楽しいのだろう。
ヘイデールは周囲もはばからず、時折少年のような声で、大笑いをした。……私、婚約者なのに、ヘイデールが本当に楽しい時はこんなふうに無邪気に笑うなんて、知りもしなかった。
デートの時、少しでもヘイデールのことを楽しませたくて、私が一生懸命冗談を言っても、ヘイデールはたおやかに微笑んで『そうだね』と頷くだけだった。彼は、私のつまらない冗談に、いつも退屈していたのかもしれない。
その距離感は、どう見ても、姉の婚約者に対する態度ではなく、愛しい恋人との逢瀬を堪能しているようにしか見えない。
『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』
いつかのアリエットの言葉が頭に浮かんできて、痛みに似た、苦い感情が心の中に広がっていく。
何が『あまり顔を合わせないようにする』よ。嘘つき――
いや、あるいは、偶然公園で出会ったアリエットとヘイデールが、ほんの少しの間、おしゃべりを楽しんでいるだけなのかもしれない。
アリエットに裏切られたことを認めたくない私は、何とかそう思い込もうとしたが、それはちょっと無理がある。家が近所のアリエットはともかく、ヘイデールはデートの約束でもしていない限り、この辺りに来ることはないからだ。……たぶん、アリエットが何か口実を作って、ヘイデールを呼び出したのだろう。
胸の中の痛みは、少しずつ怒りに変わっていき、私はつかつかと二人に歩み寄っていった。足は相変わらず重かったが、石炭をくべられた機関車のように、私の体は前進していく、怒りの熱には、人間に強く行動を促すエネルギーがあるらしい。
ヘイデールとアリエットは、近づく私になど目もくれず、心から楽しそうに会話を続けている。……どうやら、最近都会で話題のお芝居について、話をしているらしい。
屈託のない笑顔で、『クライマックスの演出が素晴らしいんだ』『今度きみも連れて行ってあげよう』とアリエットに語りかけるヘイデールを間近で見て、私の胸は張り裂けそうになった。
私だって、まだ、お芝居に誘われたことなんてないのに――
それよりなにより、饒舌に話すヘイデールの、今まで見たこともないような快活な笑顔が、私の心を傷つけた。
アリエットは自分で話すのも上手だが、適度に話題を盛り上げて、相手を良い気分にさせるのが抜群にうまい、いわゆる『聞き上手』でもあるので、ヘイデールも話してて、それはもう最高に楽しいのだろう。
ヘイデールは周囲もはばからず、時折少年のような声で、大笑いをした。……私、婚約者なのに、ヘイデールが本当に楽しい時はこんなふうに無邪気に笑うなんて、知りもしなかった。
デートの時、少しでもヘイデールのことを楽しませたくて、私が一生懸命冗談を言っても、ヘイデールはたおやかに微笑んで『そうだね』と頷くだけだった。彼は、私のつまらない冗談に、いつも退屈していたのかもしれない。
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