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第9話

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 今の図々しい発言で、なるべく穏便に話す気が完全に失せた。私はバーナルドを見据え、きっぱりと言い放つ。

「あなたは私を見捨てたでしょ。私の記憶がそう簡単に戻らないって分かってからは、お見舞いにも来なくなったくせに」

 私の発言を受け、いかにも心外といった感じで、バーナルドは叫んだ。

「違うよ! それは違う、違うんだ!」

「ねえ、もう少し静かに話してくれない。ご近所に迷惑だわ」

「あ、ああ、すまない。とにかく、違うんだ」

「何が違うの?」

「僕は、僕は……記憶を失い、変わり果てたきみを、見たくなかったんだ。明るくて、気の強かったきみが、ちょっと怒鳴っただけでシュンとなって、泣き出しそうになると、自分でも言いようがないくらい苛立って、つらかったんだよ」

「怒鳴らなければいいじゃない」

「い、いや、だってそれは、きみがいつまでたっても記憶を取り戻してくれないから……」

「私のせいなの?」

「う、うーん、そういうことじゃなくて……いや、まあ、そういうことになるのかな……?」

 実に自分の心に正直な男だ。そこは本意じゃなくても『そういうことじゃない!』って否定しなきゃ駄目でしょ。まあ、ネチネチとバーナルドを責めていても建設的じゃない。腕を組み、しきりに首をひねっているバーナルドに代わり、私は彼の意見を総括する。

「つまり、あなたはこう言いたいのね。私の記憶が戻らないうちは、姿を見るのがつらいから会わないようにしていただけで、決して見捨てたわけじゃない……と」

「そう! そういうことだよ! 僕はきみを見捨てていないんだ! いやあ、やっぱり記憶の戻ったエリザベラはいいなあ。頭の回転が速くて、ハキハキしてて、話しててとても楽しいよ。記憶を失った陰気なきみのままだったら、とてもこんなやり取りはできない」

 ……この男、自分の言っていることの不誠実さに、自分で気づかないのだろうか?

 記憶を失った私が、一番精神的に支えてほしかった時に、やたらと責めて、怒鳴って、挙句の果てに『会うのがつらいから』と距離を取り、記憶が戻ったら、手のひらを返したかのようにすり寄って来る。それはある意味、『見捨てる』よりも、よっぽどタチが悪いと思うのだが……

 しかし、まあ、いい。
 それはもう、いい。

 不誠実なのは間違いないが、考えようによっては、記憶を失う前の私を強く愛していたから、他の誰よりも、変わってしまった私を見るのがつらかったというのは、一応、理解できる。

 事実、事故の後、しばらくは懸命に励ましてくれたのだから、これ以上バーナルドを責め立てる気はない。一度は、真剣に好きになった人だ。そんな彼をなじり倒すのは、私だって、あまり良い気分じゃないわ。

 よし。
 もう遠回しな言い方はやめて、ハッキリと私の気持ちを言ってしまおう。

 それで、バーナルドとの関係はおしまい。
 これから、本当の意味で、新しい人生を進んで行くのよ。
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