上 下
1 / 13

第1話

しおりを挟む
「目を覚ましたか、エリザベラ! ああ……本当に良かった……!」

 銀髪の美しい青年が、私の顔を覗き込むようにして、そう言った。

 ……彼は、誰だろう?
 知らない人だ。

 うっ……
 頭が痛い……

 いや、頭だけじゃない。
 腕も、足も、腰も、胸も。
 つまり、全身が痛い。

 意識が冴えるのと同時に、鈍かった痛みが少しずつ鋭くなり、私は頭を抱え、小さく叫んだ。

「うぅ……! 痛い、痛い……っ!」

 すると、銀髪の青年の背後から、背の高い、栗毛の青年が走って来て、慌てて言う。

「大丈夫ですか、エリザベラさん。無理に体を起こさないで。さあ、横になってください」

 そこで初めて、私は自分がベッドに寝かされていることに気がついた。栗毛の青年の指示に従い、大人しく体を休めると、少しだけ痛みが楽になる。

 ……今、栗毛の青年は、私のことを『エリザベラさん』と呼んだ。
 どうやら、それが私の名前らしい。

 私は、エリザベラ。
 それは、わかった。

 それ以外は?

 わからない。
 何もわからない。

 ここがどこかも、今が何月何日かもわからない。

 私は、記憶喪失だ――





 目を覚ましてから三日が経ち、少しずつ状況が飲み込めてきた。

 ここは病院で、あの栗毛の青年は、病院長のダンストン先生だ。

 私とそれほど変わらない年齢に見えるが、若くして個人医院を開業しているのだから、相当に優秀で、人望のある人なのだろう。

 そして、私が目覚めた時、一番に声をかけてくれた銀髪の青年が、私の婚約者であるバーナルドだ。彼は重々しいため息を何度も吐きながら、どうして私がこんなことになってしまったのかを、説明してくれた。

 三日前の夜、私とバーナルドは王都に芝居見物に行き、その帰りに運悪く暴れ馬と出くわして、私は跳ね飛ばされてしまったらしい。

 全身――特に頭を強打した私は、近くにあったダンストン先生の病院に担ぎ込まれ、先生の迅速かつ的確な治療のおかげで、何とか一命をとりとめた。しかし、頭部に受けた衝撃の影響は大きく、自分のことも、大切な人のことも、すべて忘れてしまった……

 私はこれからいったい、どうなってしまうんだろう……
 永久に、記憶は戻らないのだろうか?

 体の痛みと未来への不安から、ふさぎ込みがちになる私を、バーナルドは必死になって励ましてくれた。

「大丈夫だよエリザベラ。記憶喪失なんて、一時的なものに決まってるさ。またすぐに、元気で快活な、いつものきみに戻れるよ」

 何の根拠もない励ましだが、それでもこれだけ言い切ってもらえると、なんとなく元気が出る。私は「ありがとう」と微笑み、事故で記憶は奪われても、バーナルドという優しい婚約者を残してくれた神様に感謝した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私に冷淡な態度を取る婚約者が隠れて必死に「魅了魔法」をかけようとしていたらしいので、かかったフリをしてみました

冬月光輝
恋愛
キャメルン侯爵家の長女シャルロットは政治的な戦略としてラースアクト王国の第二王子ウォルフと婚約したが、ウォルフ王子は政略結婚を嫌ってか婚約者である彼女に冷淡な態度で接し続けた。 家のためにも婚約破棄されるわけにはいかないので、何とか耐えるシャルロット。 しかし、あまりにも冷たく扱われるので婚約者と会うことに半ばうんざりしていた。 ある日のことウォルフが隠れて必死に呪術の類のようなものを使おうとしている姿を偶然見てしまう。 調べてみるとそれは「魅了魔法」というもので、かけられた者が術者に惚れてしまうという効果があるとのことだった。 日頃からの鬱憤が溜まっていたシャルロットはちょっとした復讐も兼ねて面白半分で魔法にかかったフリをする。 すると普段は冷淡だった王子がびっくりするほど優しくなって――。 「君はどうしてこんなに可憐で美しいのかい?」 『いやいや、どうしていきなりそうなるのですか? 正直に言って気味が悪いです(心の声)』  そのあまりの豹変に気持ちが追いつかないシャルロットは取り敢えずちょっとした仕返しをすることにした。 これは、素直になれない王子と令嬢のちょっと面倒なラブコメディ。

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

私がもらっても構わないのだろう?

Ruhuna
恋愛
捨てたのなら、私がもらっても構わないのだろう? 6話完結予定

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

聖人な婚約者は、困っている女性達を側室にするようです。人助けは結構ですが、私は嫌なので婚約破棄してください

香木あかり
恋愛
私の婚約者であるフィリップ・シルゲンは、聖人と称されるほど優しく親切で慈悲深いお方です。 ある日、フィリップは五人の女性を引き連れてこう言いました。 「彼女達は、様々な理由で自分の家で暮らせなくなった娘達でね。落ち着くまで僕の家で居候しているんだ」 「でも、もうすぐ僕は君と結婚するだろう?だから、彼女達を正式に側室として迎え入れようと思うんだ。君にも伝えておこうと思ってね」 いくら聖人のように優しいからって、困っている女性を側室に置きまくるのは……どう考えてもおかしいでしょう? え?おかしいって思っているのは、私だけなのですか? 周囲の人が彼の行動を絶賛しても、私には受け入れられません。 何としても逃げ出さなくては。 入籍まであと一ヶ月。それまでに婚約破棄してみせましょう! ※ゆる設定、コメディ色強めです ※複数サイトで掲載中

安息を求めた婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。 そして新たな婚約者は私の妹。 衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。 そう全ては計画通り。 これで全てから解放される。 ……けれども事はそう上手くいかなくて。 そんな令嬢のとあるお話です。 ※なろうでも投稿しております。

処理中です...