4 / 19
第4話
しおりを挟む
その日のうちに、役所に婚約解消依願書類を提出し、私とブライアンは、晴れて無関係の女と男に戻った。そして私たちは、互いに別れの挨拶もせず、別々の道を通って、帰路についたのだった。
・
・
・
それから、一年がたった。
私の家と並び立つほどの名門であったブライアンの家は、急速に落ちぶれ、今では、貴族としての身分を取り消される寸前である。
その理由は、私との婚約破棄にあった。
貴族同士の公的な婚約は、単なる口約束ではない。信義を重んじる貴族社会において、正当な理由もなく、一方的に婚約を破棄する行為は、とてつもない代償を払うことになる。……それは、社会的信頼の喪失である。
具体的に言うと、浮気の末、一方的な主張で私との婚約を破棄したブライアンは、他の貴族たちからつまはじきにされるようになった。ブライアンの一族も、彼同様、非常に冷たい扱いを受けている。
皆、こう思っているのだ。
『両家の政治的思惑で結んだ大事な婚約を平然と破る者と、まともな付き合いができるはずがない』と――
哀れなことに、ブライアンの家が没落すると、彼があんなに愛していた『好きな人』とやらも、スゥっと離れて行ってしまったらしい。二人の間には『本当の愛』など存在しなかったようだ。
私もブライアンと別れてから、様々な男性とお付き合いを重ねたが、『本当の愛』と呼べるほど、恋い焦がれることのできる人とは、まだ出会えていない。
私に『本当の愛』について考えるきっかけをくれたメイド長と酒屋の青年も、今ではもう、別れている。……恋とは、愛とは、なんと儚いものなのだろう。
私は自室の窓から、沈みゆく夕日を見つめ、誰に言うでもなく、一人、呟いた。
「『本当の愛』なんて、本当に、あるのかしら……?」
夕日は、何も答えてはくれなかった。
・
・
・
そんなある日のこと。
突然、来客があった。
なんと、あのブライアンだ。
婚約を破棄した日以来、一度も会っていないので、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだ。……以前は、しっかりとした体格をしていたのに、今はすっかりやせ細り、顔など、頬がこけてしまっている。
ブライアンは、挨拶もそこそこに、私の前で土下座をした。
誇り高い貴族の青年が、地面に頭を擦り付けるというのは、考えようによっては、自殺するよりも苦しいことだ。私は、「顔を上げて」と言うが、ブライアンは土下座の姿勢のまま、悲痛な訴えを始める。
「す、すまなかった、ローラリア。俺は、俺は、まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかったんだ。もう、誰も、俺の家を信用する貴族はいない。このままでは、俺の家は破滅だ。今さら図々しいとは思うが、頼む、助けてくれ……」
・
・
・
それから、一年がたった。
私の家と並び立つほどの名門であったブライアンの家は、急速に落ちぶれ、今では、貴族としての身分を取り消される寸前である。
その理由は、私との婚約破棄にあった。
貴族同士の公的な婚約は、単なる口約束ではない。信義を重んじる貴族社会において、正当な理由もなく、一方的に婚約を破棄する行為は、とてつもない代償を払うことになる。……それは、社会的信頼の喪失である。
具体的に言うと、浮気の末、一方的な主張で私との婚約を破棄したブライアンは、他の貴族たちからつまはじきにされるようになった。ブライアンの一族も、彼同様、非常に冷たい扱いを受けている。
皆、こう思っているのだ。
『両家の政治的思惑で結んだ大事な婚約を平然と破る者と、まともな付き合いができるはずがない』と――
哀れなことに、ブライアンの家が没落すると、彼があんなに愛していた『好きな人』とやらも、スゥっと離れて行ってしまったらしい。二人の間には『本当の愛』など存在しなかったようだ。
私もブライアンと別れてから、様々な男性とお付き合いを重ねたが、『本当の愛』と呼べるほど、恋い焦がれることのできる人とは、まだ出会えていない。
私に『本当の愛』について考えるきっかけをくれたメイド長と酒屋の青年も、今ではもう、別れている。……恋とは、愛とは、なんと儚いものなのだろう。
私は自室の窓から、沈みゆく夕日を見つめ、誰に言うでもなく、一人、呟いた。
「『本当の愛』なんて、本当に、あるのかしら……?」
夕日は、何も答えてはくれなかった。
・
・
・
そんなある日のこと。
突然、来客があった。
なんと、あのブライアンだ。
婚約を破棄した日以来、一度も会っていないので、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだ。……以前は、しっかりとした体格をしていたのに、今はすっかりやせ細り、顔など、頬がこけてしまっている。
ブライアンは、挨拶もそこそこに、私の前で土下座をした。
誇り高い貴族の青年が、地面に頭を擦り付けるというのは、考えようによっては、自殺するよりも苦しいことだ。私は、「顔を上げて」と言うが、ブライアンは土下座の姿勢のまま、悲痛な訴えを始める。
「す、すまなかった、ローラリア。俺は、俺は、まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかったんだ。もう、誰も、俺の家を信用する貴族はいない。このままでは、俺の家は破滅だ。今さら図々しいとは思うが、頼む、助けてくれ……」
66
お気に入りに追加
2,429
あなたにおすすめの小説
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
義妹がすぐに被害者面をしてくるので、本当に被害者にしてあげましょう!
新野乃花(大舟)
恋愛
「フランツお兄様ぁ〜、またソフィアお姉様が私の事を…」「大丈夫だよエリーゼ、僕がちゃんと注意しておくからね」…これまでにこのような会話が、幾千回も繰り返されれきた。その度にソフィアは夫であるフランツから「エリーゼは繊細なんだから、言葉や態度には気をつけてくれと、何度も言っているだろう!!」と責められていた…。そしてついにソフィアが鬱気味になっていたある日の事、ソフィアの脳裏にあるアイディアが浮かんだのだった…!
※過去に投稿していた「孤独で虐げられる気弱令嬢は次期皇帝と出会い、溺愛を受け妃となる」のIFストーリーになります!
※カクヨムにも投稿しています!
政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。
hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。
明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。
メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。
もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。
お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?
百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。
恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。
で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。
「は?」
「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」
「はっ?」
「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」
「はあっ!?」
年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。
親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。
「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」
「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」
なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。
「心配する必要はない。乳母のスージーだ」
「よろしくお願い致します、ソニア様」
ピンと来たわ。
この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。
舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?
結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様
新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。
婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。
和泉鷹央
恋愛
アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。
自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。
だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。
しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。
結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。
炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥
2021年9月2日。
完結しました。
応援、ありがとうございます。
他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる