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第15話

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 マブドの駒を並べながら、侯爵様はお話を続けます。

「民衆は浅ましく、さしたる努力もせぬくせに、執政者をすぐに悪く言う。それでも俺の父は法律を整備し、自分自身の権力を弱めてまで領民たちのために善政をおこなった。そんな父に、領民たちは一時感謝したものの、たちまちのうちに法律を悪用する輩がうじゃうじゃと湧いてきた。ふん、人間の性は悪ということだな」

「…………」

「人間の善性を信じて生きてきた父の失望と落胆ぶりは、見ていて哀れなほどだったよ。その心労のせいか、父はほどなくして病死した。そして、その後を継いだ俺を『豚侯爵』と蔑む民衆のことなど、好きになれるはずがなかろう」

「……確かに、無礼なあだ名をつけ、侯爵様を嘲る者たちもいます。でも、皆がそうではありません。侯爵様は、お優しい先代ご領主様の領地経営を受け継いだ、寛容で立派な方だと尊敬する領民もたくさんいるんですよ」

 これは、嘘ではありません。侯爵様のおこなっている領地経営は、法律に基づいた先進的なものであり、特に学のある人たちは、侯爵様のことを『この国で最も偉大な領主だ』と褒め称えるくらいでした。

 しかし侯爵様は、胃に詰まった石でも吐くように、ポツリと言います。

「信じられんな」

「それは、侯爵様が領地視察をなさらず、領民と直接交流することがないからです」

 我ながら、不遜な物言いでした。
 以前の私なら、間違ってもこんなことは言えなかったでしょう。

 この三ヶ月の間で、侯爵様が誰よりもお優しい方であることを知った私は、ある意味で侯爵様に甘えられるようになったのです。だから、これほどずけずけとものが言えるのです。

 侯爵様は、私の生意気な発言に怒ったりはせず、微笑して言います。

「ふん、そうかもな」

「ですから一度、領地を見回ってみませんか?」

「そうだな。だが、このままお前の言いなりになるのも、あまり面白くない。……よし、この対局で俺が負けたら、明日、領地視察をおこなう。それでどうだ?」

「わかりました、お受けします。……あの、私が負けた場合は、何をすればいいでしょうか?」

「別に、何もしなくていい。この三ヶ月でお前はめきめき腕を上げ、10回やれば1回は俺に勝つようになったが、それでも勝率はたったの一割。そんな相手に勝って、わざわざ罰を与えても仕方なかろう」
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