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第84話
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『昔、大公様にあれほど体を弄ばれたのに、よくあそこまでできるものだ』
そう。使用人たちが話している噂話だ。もし私がエリナさんと同じ目にあっていたら、これほど誠心誠意、大公様に尽くすことができるだろうか。私なら、とても……
そんなことを思い、惑い、しばしの間だけ立ち尽くしていると、すべての処理を終えたエリナさんが、不意に問いかけてくる。
「あなたも、不思議に思うの? ……私が昔、大公様に体を弄ばれたのに、どうしてここまでできるのかって」
失礼なことを思っていた自分の心を見透かされたことに気づき、顔が赤くなる。この期に及んで『そんなことありません』と嘘をつくのは二重の無礼なので、私は素直に頷き、謝罪した。
「は、はい……。その通りです……。ごめんなさい……」
「別に謝ることはないわ。皆している噂ですもの。疑問に思うのも無理ないし。……でも、他の皆はともかく、あなたまで間違ったことを信じていると思うと辛いから、この際すべてを話すわ。本当は、決して話してはいけないと、ジェームス様に止められているんだけど」
気持ちのふたをはずして話し始めたことで、すぐにエンジンがかかってきたのか、エリナさんはやや高揚した様子で、滑らかに語りだす。
「まず結論から言うと、私は大公様に何もされていないわ。もっと言うなら、大公様は、小指の先ですら私の素肌に触れたことはない。頭を撫でてくれたことはあるけどね」
「えっ……」
「大公家に来たばかりの頃。毎晩寝室に呼ばれ、私は何をされるのかと怯えていたけど、大公様は、故郷で皆に蔑まれて心を閉ざしていた私に、親身になって話をしてくれただけだった。そのおかげで、私は人間らしい心を取り戻すことができたわ。大公様は、私の第二の父のような方よ。だから、心から尽くすことができるの」
……そんなこと、あり得るのだろうか?
いくらなんでも、これまで聞いていた話と違いすぎる。
しかし、よくよく思い返してみると、私も大公様と話をしただけで何もされていないし、アマンダもお説教されただけで追い返されている。これは推測だけど、すぐに大公様の寝室から戻ってきたローラも、恐らく話をしただけで、何もされてないんじゃないだろうか。
もしも何かされていたとしたら、アマンダに『秘密を話したら殺す』と脅されただけで寝込んでしまうほど大人しいあのローラが、それまでと変わらない様子で生活していくことなどできない気がする。
となると、ますますわけがわからない。
大公様は、好色家という悪評が立つにも関わらず、わざわざ領内から年頃の娘たちを集めてきて、メイドとして働かせ、ただ寝室で話をしているだけということになる。そんなことをして、何の得があるのか。
そう。使用人たちが話している噂話だ。もし私がエリナさんと同じ目にあっていたら、これほど誠心誠意、大公様に尽くすことができるだろうか。私なら、とても……
そんなことを思い、惑い、しばしの間だけ立ち尽くしていると、すべての処理を終えたエリナさんが、不意に問いかけてくる。
「あなたも、不思議に思うの? ……私が昔、大公様に体を弄ばれたのに、どうしてここまでできるのかって」
失礼なことを思っていた自分の心を見透かされたことに気づき、顔が赤くなる。この期に及んで『そんなことありません』と嘘をつくのは二重の無礼なので、私は素直に頷き、謝罪した。
「は、はい……。その通りです……。ごめんなさい……」
「別に謝ることはないわ。皆している噂ですもの。疑問に思うのも無理ないし。……でも、他の皆はともかく、あなたまで間違ったことを信じていると思うと辛いから、この際すべてを話すわ。本当は、決して話してはいけないと、ジェームス様に止められているんだけど」
気持ちのふたをはずして話し始めたことで、すぐにエンジンがかかってきたのか、エリナさんはやや高揚した様子で、滑らかに語りだす。
「まず結論から言うと、私は大公様に何もされていないわ。もっと言うなら、大公様は、小指の先ですら私の素肌に触れたことはない。頭を撫でてくれたことはあるけどね」
「えっ……」
「大公家に来たばかりの頃。毎晩寝室に呼ばれ、私は何をされるのかと怯えていたけど、大公様は、故郷で皆に蔑まれて心を閉ざしていた私に、親身になって話をしてくれただけだった。そのおかげで、私は人間らしい心を取り戻すことができたわ。大公様は、私の第二の父のような方よ。だから、心から尽くすことができるの」
……そんなこと、あり得るのだろうか?
いくらなんでも、これまで聞いていた話と違いすぎる。
しかし、よくよく思い返してみると、私も大公様と話をしただけで何もされていないし、アマンダもお説教されただけで追い返されている。これは推測だけど、すぐに大公様の寝室から戻ってきたローラも、恐らく話をしただけで、何もされてないんじゃないだろうか。
もしも何かされていたとしたら、アマンダに『秘密を話したら殺す』と脅されただけで寝込んでしまうほど大人しいあのローラが、それまでと変わらない様子で生活していくことなどできない気がする。
となると、ますますわけがわからない。
大公様は、好色家という悪評が立つにも関わらず、わざわざ領内から年頃の娘たちを集めてきて、メイドとして働かせ、ただ寝室で話をしているだけということになる。そんなことをして、何の得があるのか。
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