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第72話

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「それを言うなら、エリナさんの方が動機に乏しいです」

 私は、きっぱりと言った。ジェームス様は不思議そうに首をかしげる。

「そうでしょうか? エリナは過去、父上に何度も……」

「ええ、知っています。でも今、ジェームス様は『すべてを失うリスクを抱えてまで毒を盛る動機』とおっしゃいました。アマンダとエリナさんでは、エリナさんの方が『失うもの』が遥かに大きいんです。それは、エリナさんが何度も大公様の寝室に呼び出されたというなら、なおさらのことです」

「ほう」

「だって、そうでしょう? 長い間、時には歯を食いしばるような思いで耐え、コツコツ築いてきた信頼も、地位も、全て台無しになってしまうんですから。エリナさんがそんな短絡的な人じゃないことは、ジェームス様も知っているはずです」

「ふむ」

「そして、アマンダには大公様に毒を盛る動機がなくても、エリナさんを陥れる動機は十分にあります。私たちの監督官でもあるジェームス様ならご存じでしょう。アマンダの、ミシェルさんに対する病的な心酔ぶりを」

 ジェームス様は、もう相槌を打たなかった。とにかく、私が言いたいことを言い終わるまで、自由にしゃべらせてやろうと思っているようだった。

「アマンダは、ミシェルさんが求めていた執事長の座に就いたエリナさんを逆恨みし、そして、ミシェルさんを執事長にするために、一石二鳥の作戦を思いつき、こんな馬鹿なことをしたんだと思います」

「なるほど。確かに、エリナが罰を受け、大公家から消え去り、空になったポストにミシェルが座れば、アマンダにとっては一石二鳥ですね。……ですが、やはり少々腑に落ちません。いくら短絡的なアマンダでも、自発的にここまでのことをするでしょうか? すべてが発覚すれば、命すら危ないというのに」

「そ、それは、まあ……」

 正直、そこを突かれると少し弱い。アマンダの利己的な性格を考えると、いくらミシェルさんに心酔していると言っても、そこまでやるだろうかという疑問は私の胸にもあった。結局、私の述べたことはすべて推論で、ジェームス様――ひいては大公様を納得させることなどできないのだろうか。

 だが、俯く私を見て、ジェームス様は『勘違いするな』と言うように手を振った。

「早とちりしないでください、ブレアナ。私はあなたの言っていることを否定しているわけじゃありませんよ。むしろ、あなたの推論は九割方正しいと思っています。今回のことは、エリナが仕組んだにしては短絡的すぎますしね。ただ……」

「ただ?」

「さっきも述べましたが、アマンダがすべて自発的にやったというのは、ちょっと違うと思います。……たぶん、"ほぼ"自発的にやったのでしょう。そうなるよう、誰かにそそのかされてね」
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