上 下
27 / 105

第26話

しおりを挟む




「ただいま戻りました」

 昼下がりになって、私はお屋敷に帰還した。

 体力はある方だと思っていたが、お使いに行って帰ってくるまでに約三時間強歩いたので、さすがに足が重たい。大公様へお出しするお茶の用意をしていたエリナさんは、私を一瞥して「そう」とだけ呟くと、何事もなかったかのように自分の仕事に戻る。

 普段ならこれ以上話さないのだが、フレッド様から色々とエリナさんのことを聞いたせいもあって、今日はなんとなく、あと少しだけ話がしてみたくなり、私はもう一度声をかけた。

「エリナさん。フレッド様への傷薬の配達は、滞りなく完了しました。負傷していた私兵の方は、すぐに治療してもらっていましたよ」

「そう」

「えっと、この地図、魔物よけの護符も兼ねているそうですね。それで、その、これ、とても高価で貴重な物なんですよね。そんな良いものを持たせてくれて、ありがとうございます」

「そう」

 やはりというか、何を話しかけても『そう』以外の言葉が返ってこない。フレッド様の話で、エリナさんが誠実な人であることは分かっているのだが、こうもそっけない態度を取られると、どうしても人間味を感じられず、『そう』としか喋らない機械を相手にしているような気になってくる。

 だからなのか、私は少し突っ込んだ質問をしてしまった。

「……あの、エリナさんも私と同じで、大公様の意思でこのお屋敷に連れてこられたというのは本当ですか?」

 エリナさんは仕事の手を休めず、こちらも見ず、事も無げに言う。

「そうよ」

 やっぱり、本当の話だったのか。ほんのわずかな違いとはいえ、返事が三文字に増え、『そう』以外の言葉が返って来たことに気を良くした私は、さらに質問を続ける。

「私も努力すれば、エリナさんのように上級メイドになることができるでしょうか?」

「さあ」

 また二文字に戻ってしまった。自分の予想や、こちらを勇気づける意図など一切ない『さあ』という返答は、そっけなさすぎて、逆に清々しいくらいだ。

 そんな時、背後から朗らかな声が聞こえてくる。

「ちょっとエリナ。いくらなんでも『さあ』ってことないでしょ」

 振り返ると、ミシェルさんが苦笑していた。ミシェルさんは私の肩を、優しくポンと叩いて「お使いご苦労様」といたわりの言葉をかけてくれる。それから、すぐ続けて私に問いかけてきた。

「ブレアナ、あなた、上級メイドになりたいの? それなら、5~6年は徹底的にメイドの修行をすることを覚悟しなきゃね」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

処理中です...