21 / 105
第20話
しおりを挟む
近づいていく私に気がついたのか、フレッド様は軽く右手を上げて微笑した。
「よう。どうしたんだ、ブレアナ。こんなところまで来て」
前に一度話しただけなのに、彼が私の名前をおぼえていたことに少し感心する。……本名のシンシアではなく、憎たらしいブレアナの名であることが、何とも複雑な気分だが。
私は、メイドとして教育を受ける中で習った礼法通りに丁寧な礼をし、前口上を述べ、エリナさんから預かった包みを差し出した。
「ご機嫌麗しゅうございます、フレッド様。上級メイドのエリナさんから薬を預かり、持ってまいりました。どうぞ、ごあらためください」
自分ではなかなか上等な振る舞いができたと思うが、フレッド様は苦笑した。
「これはまた、あの生意気娘が随分としおらしくなったもんだな。まるでいっぱしの大公家のメイドだ」
そのからかうような言い方にちょっとムッとして、私は早々に『いっぱしの大公家のメイド』の仮面を脱ぎ捨て、『生意気娘』として反論する。
「"まるで"ではなく、これでも私はちゃんとした大公家のメイドです。まだ教育を受けて日が短く、修行中の身ですが、任された仕事はミスなくやり遂げていますし、先輩方からも少しずつ信頼されるようになってきているんですよ?」
「怒ったのか? 悪かったよ。どっちかって言うと褒めたつもりだったんだがな。皆、俺が褒めると馬鹿にされてると思うのかムッとするんだよな。言い回しが悪いのかな? どう思う?」
フレッド様は、心から不思議そうにそう言った。どうやら、本当に私をからかう意図はなかったらしい。ならばこちらも矛を収めよう。私も彼のように苦笑し、穏やかに言う。
「褒めるなら、"まるで"とか"いっぱしの"とか余計な言葉をつけずに、素直に『ちゃんとした大公家のメイドになった』って言ってほしかったです」
「でも、そんな普通のいい方だったら面白くないだろう?」
「面白くなくても、変に相手の神経を逆なでするよりずっとマシです」
「なるほどな、おぼえておこう。それにしても、大公家に連れてこられて一週間かそこらで遠出のお使いを頼まれるとは、本当に信頼されてるんだな。特に、あのエリナが新入りに荷物を任せるなんて、相当めずらしいことだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつは自分にも他人にも厳しい目を向けているからな。勝手に荷物をあらためたり、怠けて道草をするような奴には絶対お使いなんてさせない。少なくとも、お前は決してそんなことをしない人間だとエリナに認められてるってことだ」
「よう。どうしたんだ、ブレアナ。こんなところまで来て」
前に一度話しただけなのに、彼が私の名前をおぼえていたことに少し感心する。……本名のシンシアではなく、憎たらしいブレアナの名であることが、何とも複雑な気分だが。
私は、メイドとして教育を受ける中で習った礼法通りに丁寧な礼をし、前口上を述べ、エリナさんから預かった包みを差し出した。
「ご機嫌麗しゅうございます、フレッド様。上級メイドのエリナさんから薬を預かり、持ってまいりました。どうぞ、ごあらためください」
自分ではなかなか上等な振る舞いができたと思うが、フレッド様は苦笑した。
「これはまた、あの生意気娘が随分としおらしくなったもんだな。まるでいっぱしの大公家のメイドだ」
そのからかうような言い方にちょっとムッとして、私は早々に『いっぱしの大公家のメイド』の仮面を脱ぎ捨て、『生意気娘』として反論する。
「"まるで"ではなく、これでも私はちゃんとした大公家のメイドです。まだ教育を受けて日が短く、修行中の身ですが、任された仕事はミスなくやり遂げていますし、先輩方からも少しずつ信頼されるようになってきているんですよ?」
「怒ったのか? 悪かったよ。どっちかって言うと褒めたつもりだったんだがな。皆、俺が褒めると馬鹿にされてると思うのかムッとするんだよな。言い回しが悪いのかな? どう思う?」
フレッド様は、心から不思議そうにそう言った。どうやら、本当に私をからかう意図はなかったらしい。ならばこちらも矛を収めよう。私も彼のように苦笑し、穏やかに言う。
「褒めるなら、"まるで"とか"いっぱしの"とか余計な言葉をつけずに、素直に『ちゃんとした大公家のメイドになった』って言ってほしかったです」
「でも、そんな普通のいい方だったら面白くないだろう?」
「面白くなくても、変に相手の神経を逆なでするよりずっとマシです」
「なるほどな、おぼえておこう。それにしても、大公家に連れてこられて一週間かそこらで遠出のお使いを頼まれるとは、本当に信頼されてるんだな。特に、あのエリナが新入りに荷物を任せるなんて、相当めずらしいことだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつは自分にも他人にも厳しい目を向けているからな。勝手に荷物をあらためたり、怠けて道草をするような奴には絶対お使いなんてさせない。少なくとも、お前は決してそんなことをしない人間だとエリナに認められてるってことだ」
317
お気に入りに追加
1,025
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる