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第54話
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「フルートは……私のたったひとつの誇り……。空気が読めなくて……人の嫌がること……ずけずけ言って……それで嫌われて……結局最後は孤立する……そんな私の誇りは……フルートだけ……。これだけは誰にも負けない……。稲葉さんは……その誇りを壊した……。何でも持ってるくせに……ひとつしかない私の誇りを壊した……」
聞いてはいけない。聞いてはいけない。
「親が有名なピアニストで……家が裕福で……その上音楽の才能に恵まれてるなんて……ずるい……ずるい……不公平だ……地下に練習室があるって……そんなのあり……? 私はアパート暮らし……近所迷惑になるから……うちじゃ練習できない……才能も……環境も違う……ずるい……ずるい……あの子が妬ましい……」
聞いてはいけない……
「でも……妬み以上に……私にはない特別な才能に……憧れた……私もあんな演奏がしてみたい……だけど……その憧れを認めるのが悔しくて……みじめで……何度も嫌な絡み方をした……わかってる……稲葉さんが部活に来なくなったのは……私のせい……私は露骨に……稲葉さんを口で攻撃した……本当に……嫌な女……」
…………
「せいぜい秀才レベルの才能しかないくせに……プライドだけは一人前……ただひとこと……稲葉さんに……また一緒に部活をやろうと……どうして言えないのか……心ではいつも言おうとしているのに……口から出るのは嫌な言葉ばかり……最低……自分で自分が……嫌になる……家も心も……貧しい女……」
「……ガレス、もういいでしょ。こんな悪趣味なことはやめて」
私はガレスに向き直り、怒りを押し殺した声で言う。ガレスの性格を考えると、大声で怒鳴れば怒鳴るほど反発し、こっちの言うことを聞かないだろうと思ったからだ。
その予想が当たり、ガレスはどこか白けたような顔で、広瀬さんにかけていた魔法を解除する。広瀬さんは、まさしく糸が切れた操り人形のように、その場にへたり込んだ。どうやら、半分意識を失っているようだ。頭から床に倒れると危険なので、私は広瀬さんの体を抱え、ゆっくりと地面に寝かせることにした。
広瀬さんの顔は意外にも安らかだ。その、無垢な子供のような顔を見ていると、罪悪感がこみ上げてくる。抵抗こそしたものの、結局私は、さっきまでの広瀬さんの告白をすべて聞いてしまった。そして、ガレスのやり方に激しく怒りつつも、広瀬さんの心の声を聞けて良かったとも思ってしまっている自分を恥ずかしく思う。
でも、こんなことでもなければ、こじれてしまった私と広瀬さんの関係では、そう簡単に心の内をさらけ出してもらうことはできなかっただろう。……本当に、驚いた。私が広瀬さんにしたことで思い悩んでいたように、広瀬さんもまた、私に対してしたことを思い悩んでいたなんて。
私は、強気で攻撃的な言動の多い広瀬さんを恐れていたけど、広瀬さんもまた、私と同じような『弱さ』を抱える普通の女の子だったのだ。そして広瀬さんは、色んな葛藤に苦しみながらも、私を部活に誘おうとしてくれていた。その気持ちを思うと、苦手だった彼女に対し、友情に近い思いが湧き上がってくる。
広瀬さんが目覚めたら、私も胸の内をすべて話そう。その結果、私と広瀬さんの関係がどう変わるかは分からないけれど、まずはお互いの気持ちを正直に見せ合うことから始めるべきだと思う。
そう決めた私の耳に、ガレスのつまらなそうな声が聞こえてきた。
聞いてはいけない。聞いてはいけない。
「親が有名なピアニストで……家が裕福で……その上音楽の才能に恵まれてるなんて……ずるい……ずるい……不公平だ……地下に練習室があるって……そんなのあり……? 私はアパート暮らし……近所迷惑になるから……うちじゃ練習できない……才能も……環境も違う……ずるい……ずるい……あの子が妬ましい……」
聞いてはいけない……
「でも……妬み以上に……私にはない特別な才能に……憧れた……私もあんな演奏がしてみたい……だけど……その憧れを認めるのが悔しくて……みじめで……何度も嫌な絡み方をした……わかってる……稲葉さんが部活に来なくなったのは……私のせい……私は露骨に……稲葉さんを口で攻撃した……本当に……嫌な女……」
…………
「せいぜい秀才レベルの才能しかないくせに……プライドだけは一人前……ただひとこと……稲葉さんに……また一緒に部活をやろうと……どうして言えないのか……心ではいつも言おうとしているのに……口から出るのは嫌な言葉ばかり……最低……自分で自分が……嫌になる……家も心も……貧しい女……」
「……ガレス、もういいでしょ。こんな悪趣味なことはやめて」
私はガレスに向き直り、怒りを押し殺した声で言う。ガレスの性格を考えると、大声で怒鳴れば怒鳴るほど反発し、こっちの言うことを聞かないだろうと思ったからだ。
その予想が当たり、ガレスはどこか白けたような顔で、広瀬さんにかけていた魔法を解除する。広瀬さんは、まさしく糸が切れた操り人形のように、その場にへたり込んだ。どうやら、半分意識を失っているようだ。頭から床に倒れると危険なので、私は広瀬さんの体を抱え、ゆっくりと地面に寝かせることにした。
広瀬さんの顔は意外にも安らかだ。その、無垢な子供のような顔を見ていると、罪悪感がこみ上げてくる。抵抗こそしたものの、結局私は、さっきまでの広瀬さんの告白をすべて聞いてしまった。そして、ガレスのやり方に激しく怒りつつも、広瀬さんの心の声を聞けて良かったとも思ってしまっている自分を恥ずかしく思う。
でも、こんなことでもなければ、こじれてしまった私と広瀬さんの関係では、そう簡単に心の内をさらけ出してもらうことはできなかっただろう。……本当に、驚いた。私が広瀬さんにしたことで思い悩んでいたように、広瀬さんもまた、私に対してしたことを思い悩んでいたなんて。
私は、強気で攻撃的な言動の多い広瀬さんを恐れていたけど、広瀬さんもまた、私と同じような『弱さ』を抱える普通の女の子だったのだ。そして広瀬さんは、色んな葛藤に苦しみながらも、私を部活に誘おうとしてくれていた。その気持ちを思うと、苦手だった彼女に対し、友情に近い思いが湧き上がってくる。
広瀬さんが目覚めたら、私も胸の内をすべて話そう。その結果、私と広瀬さんの関係がどう変わるかは分からないけれど、まずはお互いの気持ちを正直に見せ合うことから始めるべきだと思う。
そう決めた私の耳に、ガレスのつまらなそうな声が聞こえてきた。
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