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第10話
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一人で教室に入ると、友達の千佳ちゃんがすぐに声をかけてくれる。
「加奈ちゃん、おはよっ」
人なつっこい声に、人なつっこい笑顔。千佳ちゃんは、人から好かれるために生まれてきたような子だった。……中学生になってから引っ込み思案になってしまった私が、クラスで孤立せずに済んでいるのは、彼女が何かにつけて構ってくれるからだ。そんな千佳ちゃんに感謝を込めて、私も微笑して挨拶する。
「おはよう、千佳ちゃん」
「ねえねえ、昨日新しく投稿されてたハルツンチャンネルの動画見た? やっぱ面白いよね~」
そのまま、他愛のないことをおしゃべりする。
千佳ちゃんは話題が豊富で、ネット動画、ニュース、スポーツ、漫画、ファッション、どんなジャンルでも、相手に合わせて話すことができ、こっちが『へえ』『ふうん』『そうなんだ』と相槌を打っているだけでも会話が続くので、相手の顔色を伺うことが多くなってしまった私にとって、とても楽に付き合える子だった。
……相手の顔色を伺う、か。私だって、小学校の頃はこうじゃなかったのにな。千佳ちゃんと話していると、面白くて楽だけど、それと同時に、"なりたかった理想の自分の姿"を真正面から見るようで、胸が切なくなることがあった。
そんな私の耳に、小さな刃物を思わせる冷ややかな声が突き刺さる。
「稲葉さんって、千佳ちゃんとだけは普通に話すのね」
それほど大きな声じゃない。ううん、どちらかと言えば小さく、つぶやき声に近い。でも、私にははっきり聞こえた。そして、心臓がドクドクと音を立てて弾みだす。心地よい弾みじゃない。恐怖と緊張が入り混ざった、嫌な弾みだった。
振り返ると、広瀬さんが、今さっき発した冷ややかな声と同じく、冷ややかな目で私を見ていた。広瀬さんの周りにいる村井さんと岡田さんも、興味なさげに私を見ている。
広瀬綾乃さんは、ぱっと見では上級生かと思うほど大人びており、気が強くて誰に対しても物怖じせず意見を言う、クラスのリーダー格の女の子だ。……率直に言うと、私は広瀬さんに目をつけられており、しばしば今のように声をかけられている。
そして、どうして目をつけられたのかも、自分でわかっている。彼女との関係が、私の中学生生活における悩みのひとつだった。昨日、ルディに向かって偉そうに『悩みは自分で解決しなきゃいけない』と言ったのに、今の私は広瀬さんの瞳を見返すこともできず、不安げに目を伏せるだけだった。
そんな私を見て、千佳ちゃんが笑顔で私と広瀬さんの間に出る。
「あははっ、違う違う! 私がウザ絡みしてるだけだって!」
「えー、でも稲葉さんって、千佳ちゃんの言ってることに、ただうんうん頷いてるだけじゃん。他の子と話してた方が楽しいでしょ?」
「それが、そうでもないんだなぁ。加奈ちゃん聞き上手だから、こっちもつい話が弾んじゃうんだよ~」
「ふふ、千佳ちゃんって、誰とでも話が弾むじゃない」
「そう? まあ、私ってチビでブサイクだから、おしゃべりくらいしか取り柄がないしね!」
「自分でそこまで言う? 身長はともかく、顔は愛嬌あると思うけど」
「ほんとに? 広瀬さんみたいな大人っぽい子にそう言ってもらえると、自信わいてくるよ~」
千佳ちゃんと話しているうちに、刺々しい雰囲気だった広瀬さんの態度が目に見えて柔らかくなっていく。自分で自分を悪く言ってでもその場の空気を良くするコミュニケーション能力は、さすがの一言である。
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一人で教室に入ると、友達の千佳ちゃんがすぐに声をかけてくれる。
「加奈ちゃん、おはよっ」
人なつっこい声に、人なつっこい笑顔。千佳ちゃんは、人から好かれるために生まれてきたような子だった。……中学生になってから引っ込み思案になってしまった私が、クラスで孤立せずに済んでいるのは、彼女が何かにつけて構ってくれるからだ。そんな千佳ちゃんに感謝を込めて、私も微笑して挨拶する。
「おはよう、千佳ちゃん」
「ねえねえ、昨日新しく投稿されてたハルツンチャンネルの動画見た? やっぱ面白いよね~」
そのまま、他愛のないことをおしゃべりする。
千佳ちゃんは話題が豊富で、ネット動画、ニュース、スポーツ、漫画、ファッション、どんなジャンルでも、相手に合わせて話すことができ、こっちが『へえ』『ふうん』『そうなんだ』と相槌を打っているだけでも会話が続くので、相手の顔色を伺うことが多くなってしまった私にとって、とても楽に付き合える子だった。
……相手の顔色を伺う、か。私だって、小学校の頃はこうじゃなかったのにな。千佳ちゃんと話していると、面白くて楽だけど、それと同時に、"なりたかった理想の自分の姿"を真正面から見るようで、胸が切なくなることがあった。
そんな私の耳に、小さな刃物を思わせる冷ややかな声が突き刺さる。
「稲葉さんって、千佳ちゃんとだけは普通に話すのね」
それほど大きな声じゃない。ううん、どちらかと言えば小さく、つぶやき声に近い。でも、私にははっきり聞こえた。そして、心臓がドクドクと音を立てて弾みだす。心地よい弾みじゃない。恐怖と緊張が入り混ざった、嫌な弾みだった。
振り返ると、広瀬さんが、今さっき発した冷ややかな声と同じく、冷ややかな目で私を見ていた。広瀬さんの周りにいる村井さんと岡田さんも、興味なさげに私を見ている。
広瀬綾乃さんは、ぱっと見では上級生かと思うほど大人びており、気が強くて誰に対しても物怖じせず意見を言う、クラスのリーダー格の女の子だ。……率直に言うと、私は広瀬さんに目をつけられており、しばしば今のように声をかけられている。
そして、どうして目をつけられたのかも、自分でわかっている。彼女との関係が、私の中学生生活における悩みのひとつだった。昨日、ルディに向かって偉そうに『悩みは自分で解決しなきゃいけない』と言ったのに、今の私は広瀬さんの瞳を見返すこともできず、不安げに目を伏せるだけだった。
そんな私を見て、千佳ちゃんが笑顔で私と広瀬さんの間に出る。
「あははっ、違う違う! 私がウザ絡みしてるだけだって!」
「えー、でも稲葉さんって、千佳ちゃんの言ってることに、ただうんうん頷いてるだけじゃん。他の子と話してた方が楽しいでしょ?」
「それが、そうでもないんだなぁ。加奈ちゃん聞き上手だから、こっちもつい話が弾んじゃうんだよ~」
「ふふ、千佳ちゃんって、誰とでも話が弾むじゃない」
「そう? まあ、私ってチビでブサイクだから、おしゃべりくらいしか取り柄がないしね!」
「自分でそこまで言う? 身長はともかく、顔は愛嬌あると思うけど」
「ほんとに? 広瀬さんみたいな大人っぽい子にそう言ってもらえると、自信わいてくるよ~」
千佳ちゃんと話しているうちに、刺々しい雰囲気だった広瀬さんの態度が目に見えて柔らかくなっていく。自分で自分を悪く言ってでもその場の空気を良くするコミュニケーション能力は、さすがの一言である。
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