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第5話
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「すまぬ。ちょっとだけ使った。そなたがあまりにも疑うのでな。言葉で何時間もかけて説得するより、『心浸透の術』を使った方が話がスムーズに進むと思ったのだ。実際、『心浸透の術』で余に対する理解が深まったことで、今までの話も自然に受け入れられているだろう?」
「それはそうだけど、でも、自分の頭の中を勝手にいじられて、嫌じゃない人はいないよ」
「勝手に頭の中をいじるのとは全然違うのだがな。さっきも言った通り、本気で拒絶された場合は効果のない魔法であるし。……しかし、わかった。これっきりだ。そなたが嫌なら、二度としない。約束する。そして謝罪する。意にそわぬことをしてすまなかった。この通りだ、許してくれ」
ルディはそう言うと、姿勢を正して深々と頭を下げる。……我ながら単純と言うか、私はそれで、ルディのことを許す気になった。
今現在『頭の中のスイッチがじわじわと切り替えられるような変な感覚』はない。つまり、ルディは『心浸透の術』を使わず、真剣かつ誠実に謝ってくれたということだ。それなのにこれ以上彼を責め立てるほど、私は心の狭い人間じゃないつもりだった。
それにしても、こうしてしみじみと見ると、ルディは本当にきれいな顔をしている。それも、当然と言えば当然かもしれない。魔王の息子である彼は、魔界の王子様ということになるのだから。
その魔界の王子様に頭を下げさせたと思うと、もしかして私は、とんでもなく無礼なことをしてしまったのではと思うけど、それでもやっぱり言うべきことはきちんと言っておくべきとも思う。……今から少し前、言うべき時に言うべきことをきちんと言えなかったせいで、いろんなことが駄目になってしまったんだから。
その時のことを思い出し、自然と顔が暗くなっていたのだろうか、ルディは小さくため息を漏らして言う。
「まだ子供のくせに、随分と憂鬱そうな顔をするのだな」
同年代のあなたに『子供のくせに』だなんて言われたくないと反論したかったが、ルディの言葉を信じるなら彼は今年で100歳になる年長者なので、別の方向で言い返すことにする。
「子供だって、憂鬱になることくらいあるよ」
「まあ、それはそうだな。ではそろそろ本題に入るか。そなたの悩みとやらを話してみよ。大抵のことなら、余がすぐに解決してやろう」
私は黙って、少し考えた。ルディが本当に悩みを解決してくれるなら、自分の考えをすべて捨てて、甘えてしまいたい気もする。でも……
「いい。自分で解決しなきゃいけないことだと思うから」
「ほう」
それは、感心したような声だった。その後、ルディは何も言わずに、ニコニコと笑って私の顔を見ている。
「なに?」
「いや、そなたを見直したのだ。そなたの言う通り、悩みは自分で解決するものだ。誰かに甘えて助けてもらうことが当たり前になると、自分で考える力が失われるからな。相談するのもいいし、協力を求めるのもいいが、最終的に自分を助けるのは、やはり自分自身の力だ。まだ子供なのにそれが分かっているのはなかなか立派だぞ」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、いちいち子供あつかいするのはやめてよ。えっと、こっちの世界と魔界とじゃ時間の感覚が違うから、あなたも結局は私と同年代になるわけでしょ? 同年代の子に『子供子供』って言われると、あんまりいい気分じゃない」
「ふーむ、気難しいことだ。おおらかな稲葉史郎とは大違いだな」
「あと、ずっと気になってるんだけど、なんで人の名前をいちいちフルネームで呼ぶの? 変だよそれ」
「魔界の文化だ。魔界では、基本的に姓名を分けて呼んだりしないのだ。たとえ親子や夫婦のような、親しい間柄でもな」
「あっ、そうなんだ。そっちの国――というかそっちの世界の文化も知らずに、変だなんて言ってごめんなさい」
「それはそうだけど、でも、自分の頭の中を勝手にいじられて、嫌じゃない人はいないよ」
「勝手に頭の中をいじるのとは全然違うのだがな。さっきも言った通り、本気で拒絶された場合は効果のない魔法であるし。……しかし、わかった。これっきりだ。そなたが嫌なら、二度としない。約束する。そして謝罪する。意にそわぬことをしてすまなかった。この通りだ、許してくれ」
ルディはそう言うと、姿勢を正して深々と頭を下げる。……我ながら単純と言うか、私はそれで、ルディのことを許す気になった。
今現在『頭の中のスイッチがじわじわと切り替えられるような変な感覚』はない。つまり、ルディは『心浸透の術』を使わず、真剣かつ誠実に謝ってくれたということだ。それなのにこれ以上彼を責め立てるほど、私は心の狭い人間じゃないつもりだった。
それにしても、こうしてしみじみと見ると、ルディは本当にきれいな顔をしている。それも、当然と言えば当然かもしれない。魔王の息子である彼は、魔界の王子様ということになるのだから。
その魔界の王子様に頭を下げさせたと思うと、もしかして私は、とんでもなく無礼なことをしてしまったのではと思うけど、それでもやっぱり言うべきことはきちんと言っておくべきとも思う。……今から少し前、言うべき時に言うべきことをきちんと言えなかったせいで、いろんなことが駄目になってしまったんだから。
その時のことを思い出し、自然と顔が暗くなっていたのだろうか、ルディは小さくため息を漏らして言う。
「まだ子供のくせに、随分と憂鬱そうな顔をするのだな」
同年代のあなたに『子供のくせに』だなんて言われたくないと反論したかったが、ルディの言葉を信じるなら彼は今年で100歳になる年長者なので、別の方向で言い返すことにする。
「子供だって、憂鬱になることくらいあるよ」
「まあ、それはそうだな。ではそろそろ本題に入るか。そなたの悩みとやらを話してみよ。大抵のことなら、余がすぐに解決してやろう」
私は黙って、少し考えた。ルディが本当に悩みを解決してくれるなら、自分の考えをすべて捨てて、甘えてしまいたい気もする。でも……
「いい。自分で解決しなきゃいけないことだと思うから」
「ほう」
それは、感心したような声だった。その後、ルディは何も言わずに、ニコニコと笑って私の顔を見ている。
「なに?」
「いや、そなたを見直したのだ。そなたの言う通り、悩みは自分で解決するものだ。誰かに甘えて助けてもらうことが当たり前になると、自分で考える力が失われるからな。相談するのもいいし、協力を求めるのもいいが、最終的に自分を助けるのは、やはり自分自身の力だ。まだ子供なのにそれが分かっているのはなかなか立派だぞ」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、いちいち子供あつかいするのはやめてよ。えっと、こっちの世界と魔界とじゃ時間の感覚が違うから、あなたも結局は私と同年代になるわけでしょ? 同年代の子に『子供子供』って言われると、あんまりいい気分じゃない」
「ふーむ、気難しいことだ。おおらかな稲葉史郎とは大違いだな」
「あと、ずっと気になってるんだけど、なんで人の名前をいちいちフルネームで呼ぶの? 変だよそれ」
「魔界の文化だ。魔界では、基本的に姓名を分けて呼んだりしないのだ。たとえ親子や夫婦のような、親しい間柄でもな」
「あっ、そうなんだ。そっちの国――というかそっちの世界の文化も知らずに、変だなんて言ってごめんなさい」
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