上 下
2 / 63

第2話

しおりを挟む
「なんだ、稲葉史郎から余のことを聞いておらんのか。あいつめ、家族に伝えておくと言っていたのに。まったく、のんびりしている奴だ」

 こんな子供(私と同年代だけど)にお父さんのことを『あいつ』呼ばわりされて、さすがの私もムッとする。だから敬語をやめて、ちょっと強気に言った。

「ねえ、さっきから思ってたんだけど、そんなに親しくもない大人の人を呼び捨てにして、『あいつ』とか『奴』とか言うのって、あんまり良くないんじゃない?」

「何を言う。稲葉史郎と余は友人で、親しい仲だ。それに、余の方が奴より三倍は年上だぞ」

 この言葉で、私はますますムッとした。からかわれてると思ったからだ。だから、ちょっと攻撃的に言葉を返してしまう。

「ふーん。33歳のお父さんの三倍年上ってことは、あなた、100歳近いことになるよね。どう見ても、私と同じくらいの年齢にしか見えないけど」

「ああ。今年の末でちょうど100歳になる。もっとも、余の世界とこの世界では時間の感覚が違うからな。実質の年齢はそなたと同じくらいだろう」

 よくもまあ、ファンタジーの物語のような作り話をペラペラと口に出せるものだ。この子には、小説家か詐欺師の才能があるかもしれない。そんなふうに、半分呆れて半分感心する私だったが、一瞬でこれ以上反論する気をなくしてしまった。

 どうしてかって?

 彼の言っていることは、きっと本当なんだって思ってしまったから。

 そう思った理由は、二つある。

 一つは、彼の周囲の空気が、グニャグニャと歪んでいるのを見たからだ。夏の暑い日に、景色が歪んで見えることがあるけど、あれを100倍すごくしたような感じで、今、こうして喋っている彼が、普通の人間ではないとわからせる、言葉以上の説得力があった。

 もう一つの理由は、話しているうちに、なんだか彼の言っていることを疑うのがおかしなことのように思えてきたのだ。それは、頭の中のスイッチをじわじわと切り替えられるような変な感覚だったけど、数秒のうちに、今感じていることを変な感覚だと思うことすらおかしなことのように思えてきて、私は黙るしかなかった。

 反論をやめた私を見て、少年は満足げに頷いて立ち上がった。いつの間にか寝袋が消えていて変だと思ったが、これまた数秒のうちに、それが普通のことであるように私は思っていた。

「そういえば、まだ余の名を言っていなかったな。余はルディ・クーランド。現在魔界を統治している魔王ヴァーゲンの息子で、第一の王位継承候補である」

 はあ。そうですか。

 私は疑いなく、彼――ルディの言うことを受け入れていた。





 その後、私はいつも通りに学校に行き、いつも通りに授業を受け、今、いつも通りに帰り道を歩いている。そこで、急に正気に戻った。

(いやいやいやいや、ちょっと待って! 魔王の息子とか、絶対おかしいって!)

 ルディは今でも、うちにいるのだろうか? 別れた記憶すら曖昧だから、彼が今どうしているのか、まったくわからない。普通に考えるなら、ルディは玄関が開くのを待ってたみたいだから、きっとうちに何か用があるんだろうけど……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

太郎ちゃん

ドスケベニート
児童書・童話
きれいな石ころを拾った太郎ちゃん。 それをお母さんに届けるために帰路を急ぐ。 しかし、立ちはだかる困難に苦戦を強いられる太郎ちゃん。 太郎ちゃんは無事お家へ帰ることはできるのか!? 何気ない日常に潜む危険に奮闘する、涙と愛のドタバタコメディー。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

閉じられた図書館

関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

処理中です...