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第92話

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「そ、そうなんですか?」

「わたくし、家柄があまり良くありませんの。礼法にも疎く、この通りののんびり屋ですから、皆様をイライラさせてしまうことも多いみたいで……」

「は、はぁ……」

「マリヤ様も、のんびりした女はお嫌いですか?」

「い、いえ、そんなことないです。むしろ……」

「むしろ?」

「なんとなく、ホッとします。最近、神経が張り詰めている時間が長かったので。なんだか……」

「なんだか?」

「お母さんと話してるみたい……」

 そう口にしてから、滅茶苦茶失礼なことを言ってしまったと青くなる。
 初めて対面する太后様を、『お母さん』呼ばわりしてしまった。
 国が国なら即刻手打ちである。

 しかしリザベルトは機嫌を壊すこともなく、母性的な笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。

「まあ、そんなふうに思っていただけて嬉しいですわ。なんだかわたくしたち、気が合いそう。ねえ、マリヤ様のこと、親愛の情を込めて、マリヤちゃんって呼んでもいいかしら?」

「あ、はい。ご自由にどうぞ。太后様に『様』づけで呼ばれる方が、ちょっと抵抗ありますし……」

「良かった。わたくし、夫の看病につきっきりで、長らく王宮を空けていましたから、以前よりさらに浮いちゃってますの。だから、こんなに早くお友達ができて嬉しいですわ。どうか、これからも仲良くしてくださいね」

「え、ええ。こちらこそよろしくお願いします」

 なるほど。療養中の先王のそばにいたから、これまで一度も王宮で顔を合わせることがなかったのね。……しっかし若々しい人だわ。エリウッドのお母さんなんだから、普通に考えれば、40歳前後のはずよね。

 なのに、どう目を凝らしても、シワひとつない。
 二十代前半でも全然通用する。
 もしかして、異世界人は老化が遅いのかしら?

 まあ、それはそれとして。
 この時から、私と太后リザベルトの付き合いが始まったのだった。





 最初は、週に二~三度ほど、顔を合わせてお茶を飲んだり、庭園を散歩しながらたわいのない話をするだけだった。しかし、その短い交流で、私はたちまち彼女に心を許してしまった。

 温和で親しみやすいリザベルトと過ごす時間は、以前述べた通り、きっともう会うことはできないであろう元の世界の母親の面影を思い出させ、私にとって、心に空いた穴を埋めてもらえるような、安らぎの時間だった。
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