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027 メイドとしての生活

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 翌日から、リリーの使用人としての生活が始まった。朝一で、メイド長に挨拶をさせてもらいマーティン伯爵家が使用しているメイド服を受け取った。
 真新しいメイド服に袖を通して、とても新鮮な気持ちになる。今までは、自分はメイドを使う立場の人間だったのが逆になるのだ。
 でも、大してリリーの中で抵抗感のようなものはない。思えば森にいた四年間は、グレンに仕えているようなものだった。
 自分の中で身に沁みてしまっている。だから、メイドになるということも寧ろ頑張ろうと思うだけだった。

 執事長のブルーノと侍女長で話した結果、やはりダニエル付きのメイドという扱いになったと教えてもらう。
 今日も、まずはダニエルを起こすところから始めましょうと言われた。リリーは、森の家にいた時もダニエルの世話をしていたので、あの時と同じだと思えば大丈夫だろうとホッとする。それなら自分でもできる。

 ダニエルの部屋の場所を教えてもらいさっそく向かう。トントンと部屋をノックするが、返事がない。
 事前にブルーノから返事がない場合は、そのまま中に入って起こして下さいと言われていた。その通りに扉を開けて中に入ると、部屋の中央に大きなベッドがありダニエルがすやすやと眠っている。

 リリーは、ベッドに近寄りダニエルに声を掛けた。

「ダニエル様、朝です。起きて下さい」

 リリーは、最初だからどの程度の起こし方をすればいいのかわからず控えめに声をかける。だが、ダニエルは全く起きる気配がない。
 気持ちよく眠っているところ申し訳ないが、今度は優しくダニエルの肩を叩く。

「ダニエル様、朝です」

 すると、「う……うーん……」とダニエルが身じろぎして薄っすらと目を開けた。

「ダニエル様、起きて下さい」

 リリーが、もう一度声を掛けるとダニエルの目がパチンと開いた。

「リリー?!」

 ダニエルが驚いて、バッと体を起こす。

「おはようございます。ダニエル様」

 リリーは、笑顔でダニエルに朝の挨拶をする。ダニエルは、リリーが起こしに来たと理解するとなぜだか顔を赤くしている。

「ダニエル様? いかがなさいました?」

 リリーは、どうしたのだろうと首を傾げる。ダニエルは、メイド姿のリリーに驚くやら朝から彼女の笑顔に面食らうやら動揺してしまう。
 昨日の夜にブルーノと最後に話した時には、何も言っていなかったのだ。心の準備があるだろうと心の中でブルーノに悪態をつく。

「いや、何でもない。おはよう、リリー。今日からさっそく働いてくれているんだね」

 ダニエルは、精一杯平静を装ってリリーに応える。

「はい。このお屋敷に慣れるまでは、ダニエル様付のメイドから始めましょうと言うことになりました。なので、これからよろしくお願いします。なんなりとお申し付けください」

 リリーは、姿勢を正してペコリと頭を下げて言った。その姿に、ダニエルは頭を抱える。手で顔を覆って悶絶している。

「お申し付け下さいって……。君は、俺の恩人なのに……。こんなつもりじゃなかったのだが……」

 ダニエルは、はぁーと大きく溜息をつく。

「いえっ。お仕事と住む場所を頂けて、充分過ぎるくらいです」

 リリーは、目をキラキラさせて言い切る。リリーには欲がない。だから悪い男に引っ掛かってしまうのだが……。ダニエルは、人のいいリリーを見ているととても心配になる。
 それに、もう会うことはないと思っていたのに自分の所にやって来てくれた。自分にもチャンスが巡ってきたことに喜びを感じるとともに、落ち着きがなくソワソワしていた。
 今は、まだ傷ついているリリーに自分の気持ちを伝えるのは早すぎる。まずは、この屋敷に慣れてあの森でアレンに向かって笑っていたような純粋な笑顔が見たい。

「リリー、何か不便なこととか希望があったら言うんだよ。相談事だっていい。いつでも話を聞くから。覚えておいて」

 ダニエルは、リリーの手を優しく握った。何も無くなってしまったボロボロの手を包み込む。リリーは、自分の主人としてその好意を受け取った。

「ありがとうございます」

 ダニエルの瞳からは、愛しむような思いが溢れている。この好意はあくまでも、自分の主人としてだ。男性からの甘い言葉を、恋愛のそれに結び付けてはいけない。
 もう二度と間違えないように、リリーは使用人としてダニエルの好意を受け取った。

「それでは、まずは顔を洗いますか?」

 リリーは、カーテンを開けて朝日を部屋の中に入れた。そして、この温かい朝日みたいな笑顔を浮かべる。
 そうやって笑顔の下に、誰にも言えない感情を押し隠して使用人としての仕事をスタートした。

 リリーは、ダニエルの朝の支度を手伝うとその後はカティと合流して屋敷の掃除をした。今日は、昼過ぎに旦那様と奥様が帰って来るので玄関を念入りにということだった。
 カティに、掃除の仕方を教わってリリーも丁寧に仕事をする。掃除と言っても、ただ雑巾がけをすればいいと言うものではない。
 床を磨くワックスや、装飾品を拭く用の布など事細かに決まりごとがある。廊下に飾られた置物一つとってみても、リリーが目にしたことがないような高価な品だ。
 マーティン伯爵家が、どの程度の貴族なのか全く知らないままここに来てしまったが、由緒正しい家柄なのではないかと窺える。
 リリーは、掃除をしながら雇って良かったと思われるように頑張ろうと一層張り切った。

 昼休憩を挟んだ後、午後もカティと一緒にメイドの仕事をしていた。午後は、マーティン家の人々が寛ぐ居間の掃除をしていた。
 居間もとても素敵で、大きな窓がありそこから陽の光が差し込んでいる。窓辺にあるハンチングチェアーに座ったら眠ってしまいそう。
 その大きな窓からは、庭にも出られるようになっていて目に優しい緑の景色が眼前に広がっていた。

 リリーは、その大きな窓を一つ一つ水拭きしていた。やがて、屋敷の中にざわめきを感じる。

「奥様たちが戻られたのかもね」

 カティは、手を動かしながら言った。

「使用人は、お迎えに上がらなくていいの?」

 リリーは、使用人一同が玄関に集まって主人たちを出迎えるシチュレーションを思い浮かべて訊ねる。

「そんなことわざわざしないよ。領地に戻られて長期間留守した場合なら、そういうお出迎えもするけど。一日外泊することはよくあるんだ」

 カティは、可笑しそうに笑っていたがちゃんと教えてくれた。リリーの中での高位貴族のイメージだったのだ。
 リリーが好きで読んでいた、ロマンス小説に出てくる貴族たちにそんな描写が多かったから。

「私、本の読みすぎだったかも」

 リリーも笑う。二人で、クスクス笑いながらも手は動かして仕事はしていた。そこに、バーンッと居間の扉が勢いよく開く。

「君が、ダニエルを助けてくれたお嬢さんかい?」

 入って来た紳士は、リリーを見るなりそう声を張って言った。舞台俳優のようなよく通る声だった。
 目はキラキラしていて、興味津々といった気持ちが伝わった。
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