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001 この時を待っていた
しおりを挟むその日、王宮で夜会が行われていた。
公爵令嬢のアンジェラ・エヴァンスは一人、華やかな会場で遠巻きにされながらポツンと佇んでいる。
やっと今日で最後になるのかしら? ここまで長かった……。漸く終わりを迎えられるなんて、嬉しくてしょうがない。
遠巻きにされるような状態でいるのに、アンジェラは込み上げてくる笑いを、扇子を開いて隠していた。
会場内の音楽が止み、ダンスをしていた令嬢令息たちは動きを止める。壇上の方向に一斉に視線が向けられた。
入場の音楽と共に、会場に王族たちが入ってくる。王が、王妃をエスコートしながら壇上の中央で止まった。
アンジェラは、いつ見てもお二人の立ち姿や威厳溢れる佇まいに憧れを感じる。今日も、本当に素敵なお二人。
その後に、王子たちが自分たちの婚約者を伴って入場した。
アンジェラは、その一連の演出をずっと見守っていた。本来ならアンジェラは、王子の一人と一緒に入場するはずの立場だった……。
その王子の傍らには、よく知っている令嬢が寄り添っている。当たり前の表情で、王子と二人見つめ合っては笑顔を零す。
寄り添っているのは、この国の第二王子。金髪でエメラルドのような瞳が美しい。誰が見ても、美男子で令嬢たちの憧れ。
ただ、アンジェラだけは憧れを持ったことも、好意を抱いたことも一度もなかったけれど……。
王が、壇上の中央に立ち皆に挨拶を始める。
「今日は、皆集まってくれて感謝する。一つ、報告がある。私の息子であるアレックスが、ここにいる公爵令嬢のエイミー・エドワーズと婚約を結び直した。急だが、半年後には結婚式を挙げる。そのつもりで皆もよろしく頼む。以上だ。今宵は、楽しんでくれ」
王の話が済むと、貴族たちから拍手と祝の声が上がった。本心では、皆どう言うことか、訳が分からずに頭を捻っていたが……。
第二王子の婚約者と言えば、公爵令嬢のアンジェラ・エヴァンスだったはずだ。それが突然の変更で、皆動揺を隠せない。
しかしながら、アンジェラが第二王子から疎まれているのは公然の事実だった。アンジェラの態度が、アレックス殿下に対してそっけなかったから。いつも冷たい視線を投げかけていた。
あれだけの美貌を兼ね備え人気があるアレックス殿下を前にしても、愛情の欠片も感じなかったから。
第二王子のアレックス殿下とエイミーが、壇上を降りてゆっくりとアンジェラの元に歩いて来た。皆、何が起こるのか固唾を飲んで見守っている。
コツッ コツッ コツッ
アンジェラの耳にエイミーの、足音が響き渡る。
「アンジェラ、一方的な別れになってしまい本当に申し訳ない。だが、君の態度に私も限界だったんだ。エイミーは、そんな私の支えだった。エイミーを、悪く思わないでくれ」
アレックスが、アンジェラの正面に立ちいつもの様に紳士ぶる。
「アレックス様は、悪くないわ。なんてお優しいのかしら」
エイミーが、アレックスに身を寄せて上目づかいに言葉を発する。そんな二人のやり取りを、冷めた目つきでアンジェラは見ていた。エイミーが、そんな表情で殿下を見られるのは一体いつまでかしら? 本当に楽しみだわ。
「アレックス殿下、この度は新たなご婚約おめでとうございます」
アンジェラが、綺麗な微笑を浮かべて祝の言葉を述べる。
「今日くらい、強がらなくてもいいんだ。私は、君の幸せも願っているよ」
アレックスが、アンジェラに憐憫の視線を向けた。
「殿下に心配される謂れは、ありませんわ」
今まで、アレックスに向けたがことない満面の笑みを浮かべて返答をする。その笑顔に、アレックスは驚きを見せる。
「アンジェラ、こんなことになって悪いと思っているのよ。でも、私の方がアレックス殿下を好きだったの。ごめんなさいね」
エイミーが、わざとらしい殊勝な顔でアンジェラを見る。
「あら、全く気にしていないわ。むしろ、ありがとう。エイミーには、感謝しかないわ」
アンジェラが、エイミーにも向けた事がない満面の笑みを向ける。
「では、失礼するわ」
そう、アンジェラが踵を返す。向いた方向に、アンジェラよりも年上で冴えない地味な男が佇んでいた。アンジェラが、その男の元に寄る。
「ねぇ。悪いのだけど、私を馬車までエスコートして下さらない?」
アンジェラは、その男に右手を差し出す。男は、驚きながらも、恐る恐るアンジェラの手を取る。二人は、ぎこちなくも会場を後にした。
その姿を目にした、アレックスとエイミーは笑いを堪える。
「やだっ、アンジェラったら突然どうしたのかしら? あんな、冴えない男性に声を掛けるなんて。悔しかったのは分かるけど、もっと他にもいたでしょうに」
そう言って、二人でアンジェラのことを哀れんだ。
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