運命と運命の人【完結】

なこ

文字の大きさ
上 下
108 / 113
最終章

9

しおりを挟む
辺境の街は、今までにないほどの賑わいぶりだった。

「辺境」というどこか薄暗い印象を持つこの地に、ユアンが嫁いできた。

それだけでも、この地の持つ印象は大分変わる。

二人を祝うため、多くの人々が街を埋め尽くした。

披露目を兼ね、二人を乗せた馬車はゆっくりと街中を進んでゆく。

ユアンを初めて目にする者がほとんどだ。

いつも無表情で厳しい表情をしているカイゼルも、ユアンが隣りにいると穏やかな顔になる。

ユアンがにこやかに手を振るたび、歓声はより大きなものになる。

これからこの地はもっと賑わいを見せていくだろう。

二人への祝福の声は、二人の姿が見えなくなっても、暫くの間街中に響き渡っていた。



辺境へ戻ったばかりの二人を、邸の人々は思いの外静かに出迎えた。

みな声に出して喜びを分かち合いたいところをぐっと堪え、いつも通りに迎え入れた。

ユアンはにこやかしているが、大分疲弊している。

いつものように静かな出迎えは、ユアンをほっとさせた。

きっと執事の計らいだろう。

「おかえりなさいませ。カイゼル様、ユアン様。この度は誠におめでとうございます。部屋は整えてございます。どうか、ゆっくりお休み下さいませ。」

いつもと変わらない執事の様子に、二人はやっとここに帰って来れたのだと、安堵した。

早めの夕食は、贅を凝らしたようなものではなく、ずっと豪勢なものばかりだった二人の胃を落ち着かせてくれるようなものだった。

部屋の中も、心地良く整えられている。

「湯浴みをして、早めに寝るか。」

「……ええ。そうです、ね。」

カイゼルはずっと湯浴みの補助もしていた。

いつものように、ユアンを湯浴みへと促す。

「あの、今日は一人で入ります。」

「何故だ?一人では危ないだろう。」

「今日は……先にカイゼル様から…。」

早く行って下さいと急かされ、カイゼルは納得がいかないまま一人で湯浴みをした。

カイゼルが戻ると、入れ替わるようすぐにユアンは湯浴みへと向かった。

「カイゼル様、少しだけ、待っていて下さい!」

閉まりかけた扉の向こうから、ユアンの声がする。

言われなくとも、カイゼルはユアンが戻ってくるまで待つつもりだ。

寝台には、ユアンが王都へ持って行ったカイゼルの枕が戻されている。

こんなものをどうしてと思っていたが、ユアンと離れていた間、その理由が分かった。

さすがにカイゼルが枕を持って王宮へ入って来たら、兄王には大笑いされただろう。

兄には感謝している。

兄がいなければ、自分は今ここにいることはなかった。

分かれと言われた意味が、今なら分かる。

そして、自分が兄にずっと見守られていたことも、今のカイゼルは、分かっている。

…ユアンはきっと、これを抱いて寝ていたのだろうな。

その姿が目に浮かぶようで、カイゼルはふっと、笑った。

「お待たせしました!」

がちゃりと扉を開いて、ユアンが戻ってきた。

薄く施されていた化粧を落とし、素の顔をしたユアンにはまだどこか、幼さが残る。

カイゼルは化粧を施したユアンよりも、この素の顔の方が好きだ。

洗い立ての髪は艶々とし、今日はいつもより少し光沢のある乳白色の寝具を纏っている。

やはりこの部屋でユアンと共寝するのが一番落ち着くなと、カイゼルは寝台へとユアンを促した。

先に寝台に上がり、ユアンが潜り込むのを待つと、ユアンは神妙な面持ちで寝台へと上がり込んだ。

カイゼルの横に膝をついて、正座している。

「どうした?疲れただろう、早く寝るといい。」

ユアンはぶんぶんと首を横に振ると、左手で髪を掻き上げ、その真っ白なうなじをカイゼルへと差し出す。

「どうぞ、がぶり、と。」

突然の出来事に、カイゼルは面食らった。

神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば…。

カイゼルは声を出して笑った。

「そんな顔をして言うことではないだろう。」

「ですがっ、大変なことになるのですから!覚悟はできております!」

薬を飲まないままなのに、ユアンはもう長いこと発情していない。

二人はずっと共寝をしていたが、カイゼルはユアンを抱くことはしていない。

医者はもう大丈夫だと言っていたが、ユアンを壊してしまいそうで、怖かった。

生きているだけで、充分満足していたのだ。

犯し難いほどに真っ白なユアンのうなじに、手をやる。

カイゼルが撫であげるだけで、ユアンはびくっと身体を震わせる。

「無理はしなくともいいんだ、ユアン…。」

「いいえ!憧れていたのです。愛する方に噛み跡を残されたうなじに…。ずっと。」

ユアンは憧れていた。王配の美しいうなじには、王による噛み跡が未だに残っている。

ずっと、いつか自分も愛する方にと、そう思って憧れていた。

リオのうなじには、ラグアルの噛み跡が鮮明に残されていた。

瞬間、それは鮮明にユアンの目に映った。

羨ましいと、そう思った。

「ですから、どうぞ、がぶり、と。」

「本当に、いいんだな。大変なことになっても知らんぞ。」

「はい!どうぞ、お願いします!」

全くと、カイゼルは思う。

全く、そんな雰囲気などないではないか。

こんなユアンに、自分は惚れてしまったのだ。

カイゼルはゆっくりとユアンへと口付けを落とす。

覚悟のせいか、強張っていた身体は、口付けが深くなるたびに弛緩していく。

ユアンの清廉なうなじを舌でなぞり上げると、その身体は薄桃色に色づき、徐々に香り立つ。

「………あ、なんだ、か……」

身を捩るユアンは、幼さの残るものから、カイゼルを求める妖艶な姿へと、変貌する。

「ユア……、発情しているの、か…」

「身体が、あつ………い…」

カイゼルを誘う香りに、もはや理性のたがは外れた。

「すまな、い、ユアン……もう、耐えられん…」

カイゼルは初めて、愛する人を、ユアンを、理性が飛ぶほど激しく求めた。

カイゼルの激しさに揺さぶられながら、ユアンは求められる多幸感に満たされた。

「…………………っ!」

がぶり、と噛まれ、ユアンは目を瞬かせる。

噛み付くカイゼルに爪を立てる様にしがみつく。

ユアンの理性のたがも外れた。

二人は今までにないほど、激しく求め合った。

カイゼルの言うことは正しかった。

ユアンが覚悟していた通り、それは大変な夜になったのだった。








































しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

運命の番と別れる方法

ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。 けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。 浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。 そんな時にとんでもない事件が起こり・・。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

処理中です...