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第7章
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馬車は賑やかな王都の街中を駆けてゆく。
ユアンは大事そうに、簡素な木箱を抱えたまま離さない。
「一体、兄王から何を受け取ってきたのだ?」
「とても、大事なものです。」
「そのように簡素な木箱がか?」
「ええ、とても大事なものなのです。」
ユアンは、大事なものとしか言わない。
「ずっと抱えている訳にもいくまい。持ってきた荷物と共にしまっておけばいい。」
ユアンはしばらく思案していたが、それはそれは丁寧に自分の荷物の奥底にしまった。
「もうすぐお前の家に着くな。お前の家に行くのも、だいぶ久しい。」
「はい。わたしも久しぶりです。」
「婚姻が延びてしまったことを詫びねばな。」
カイゼルは王から言われた事を気にしているようだったが、ユアンは王の意図することを理解し、先延ばしになったことを気にしてはいなかった。
「大丈夫です。父も母も理解してくれます。ただ少し先延ばしになっただけで、婚姻することに変わりはありませんから。」
王に会うまではあれ程不安そうにしていたユアンの変わりようを、カイゼルは不思議に思った。
ユアンの護衛として同行していたマリは、久しぶりの王都の街並みをずっと眺めている。
「ユアン様は、いつもどんな所に出掛けていたの?」
「うーん、あんまり、出掛けたことないんだ。」
「え、そうなの?なんで?」
ユアンは苦笑いするしかない。
婚約期間中、ラグアルは人が多い場所へユアンが行くことをとても嫌がった。
1人でも、友人と一緒でも。
友人たちが楽しそうに出掛けた話しをしているのを、ユアンはいつも羨ましそうに聞くだけだった。
ユアンが街中に出掛けることができるのは、ラグアルと一緒の時だけで、しかもたいてい、出先は貸し切りにされていた。
「こんなに沢山お店があるのにねえ。マリ行ってみたい所がたくさんあるよ~
ユアン様は行ってみたい所とかない?」
ユアンにも、行ってみたい所はたくさんあった。
「そうだなあ……あっ、あそこ!」
マリと一緒に外に連なる店々を眺めながら、ユアンはその店に気がついた。
「あ~、可愛いお花屋さんだ~」
「うん。すごく評判が良くてね。何かあるとあのお店にお花を頼む人が多いんだって。中も素敵なんだろうなあ。」
「ユアン様は、行ったことないの?」
「ぼくは行ったことがないけど、母上は気に入ってよく利用しているみたいだったよ。」
「ええ~そうなんだあ。いいなあ。ぼくも見てみたいなあ。」
カイゼルなら何と言うのだろうか?
ユアンはふと思い立ち、カイゼルに尋ねた。
「カイゼル様、あのお店に少し立ち寄ってみても、よろしいですか?」
カイゼルは馬車を止めさせ、その店をしばらく眺め、様子を窺った。
店の前には、2人の男が控えている。誰か高貴な者が店の中にいるのかもしれない。
誰かに危害を加えそうな者たちには見えない。
「ああ、構わん。」
ユアンは自分が言い出したことにも関わらず、とても驚いていた。
「本当に、いいんですか?」
「行きたいのだろう?」
「はい!」
なぜかとても、嬉しそうだ。
「ただし、さすがに1人ではだめだ。マリに付いて行かせるぞ。」
「はいっ!」
ユアンはますます嬉しそうだ。
「あっ、でもカイゼル様はいらっしゃらないのですか?」
「わたしが行くと目立つだろう。」
「カイゼル様が花屋に来たら、みんなびっくりするもんね。」
マリの言葉に、カイゼルは少しだけ眉を顰めた。
カイゼルとて、自分が花屋にそぐわないことぐらい理解している。
「では、本当に行って、来ますね?」
「ああ、あまり長居はするなよ。」
「はいっ!マリ、行こう!」
「あ、ユアン様、そんな急がないで!」
余程あの店に行きたかったのだなと、カイゼルは嬉しそうに店に赴くユアンを見守った。
ユアンがあのようにはしゃぐ姿を見せるのは初めてのことだ。カイゼルの顔は知らずに綻んでいた。
カイゼルが見守る先では、ちょうど店の中からふんわりとした女が出てきて、一言二言何か話すと、そのまま2人を中へと招き入れた。
店の前で控える男たちは、ユアンを一目見るなり、驚いた表情をした。初めて目にする驚きようとは違う。
……ユアンを知っているのか?
ユアンの存在は王都でも有名だったが、実際の本人を知る者は少ない。
それほど孕み子として囲われていたのだと、カイゼルは聞き知っている。
なぜか、嫌な予感がする。
中にいるのは一体、誰なんだ?
馬車をおりると、カイゼルは急いで店まで駆けつけた。
さらに驚いたような男たちを尻目に、カイゼルは店の扉を開いた。
______どんっ、とカイゼルへと衝撃が伝わる。
ぶつかった衝撃で倒れそうになった相手を
その腕で抱き留める。
「おいっ、大丈夫か?」
見上げたその人物にカイゼルは驚いた。
見覚えのあるその顔に。
なぜ、ここに…………………
ユアンは大事そうに、簡素な木箱を抱えたまま離さない。
「一体、兄王から何を受け取ってきたのだ?」
「とても、大事なものです。」
「そのように簡素な木箱がか?」
「ええ、とても大事なものなのです。」
ユアンは、大事なものとしか言わない。
「ずっと抱えている訳にもいくまい。持ってきた荷物と共にしまっておけばいい。」
ユアンはしばらく思案していたが、それはそれは丁寧に自分の荷物の奥底にしまった。
「もうすぐお前の家に着くな。お前の家に行くのも、だいぶ久しい。」
「はい。わたしも久しぶりです。」
「婚姻が延びてしまったことを詫びねばな。」
カイゼルは王から言われた事を気にしているようだったが、ユアンは王の意図することを理解し、先延ばしになったことを気にしてはいなかった。
「大丈夫です。父も母も理解してくれます。ただ少し先延ばしになっただけで、婚姻することに変わりはありませんから。」
王に会うまではあれ程不安そうにしていたユアンの変わりようを、カイゼルは不思議に思った。
ユアンの護衛として同行していたマリは、久しぶりの王都の街並みをずっと眺めている。
「ユアン様は、いつもどんな所に出掛けていたの?」
「うーん、あんまり、出掛けたことないんだ。」
「え、そうなの?なんで?」
ユアンは苦笑いするしかない。
婚約期間中、ラグアルは人が多い場所へユアンが行くことをとても嫌がった。
1人でも、友人と一緒でも。
友人たちが楽しそうに出掛けた話しをしているのを、ユアンはいつも羨ましそうに聞くだけだった。
ユアンが街中に出掛けることができるのは、ラグアルと一緒の時だけで、しかもたいてい、出先は貸し切りにされていた。
「こんなに沢山お店があるのにねえ。マリ行ってみたい所がたくさんあるよ~
ユアン様は行ってみたい所とかない?」
ユアンにも、行ってみたい所はたくさんあった。
「そうだなあ……あっ、あそこ!」
マリと一緒に外に連なる店々を眺めながら、ユアンはその店に気がついた。
「あ~、可愛いお花屋さんだ~」
「うん。すごく評判が良くてね。何かあるとあのお店にお花を頼む人が多いんだって。中も素敵なんだろうなあ。」
「ユアン様は、行ったことないの?」
「ぼくは行ったことがないけど、母上は気に入ってよく利用しているみたいだったよ。」
「ええ~そうなんだあ。いいなあ。ぼくも見てみたいなあ。」
カイゼルなら何と言うのだろうか?
ユアンはふと思い立ち、カイゼルに尋ねた。
「カイゼル様、あのお店に少し立ち寄ってみても、よろしいですか?」
カイゼルは馬車を止めさせ、その店をしばらく眺め、様子を窺った。
店の前には、2人の男が控えている。誰か高貴な者が店の中にいるのかもしれない。
誰かに危害を加えそうな者たちには見えない。
「ああ、構わん。」
ユアンは自分が言い出したことにも関わらず、とても驚いていた。
「本当に、いいんですか?」
「行きたいのだろう?」
「はい!」
なぜかとても、嬉しそうだ。
「ただし、さすがに1人ではだめだ。マリに付いて行かせるぞ。」
「はいっ!」
ユアンはますます嬉しそうだ。
「あっ、でもカイゼル様はいらっしゃらないのですか?」
「わたしが行くと目立つだろう。」
「カイゼル様が花屋に来たら、みんなびっくりするもんね。」
マリの言葉に、カイゼルは少しだけ眉を顰めた。
カイゼルとて、自分が花屋にそぐわないことぐらい理解している。
「では、本当に行って、来ますね?」
「ああ、あまり長居はするなよ。」
「はいっ!マリ、行こう!」
「あ、ユアン様、そんな急がないで!」
余程あの店に行きたかったのだなと、カイゼルは嬉しそうに店に赴くユアンを見守った。
ユアンがあのようにはしゃぐ姿を見せるのは初めてのことだ。カイゼルの顔は知らずに綻んでいた。
カイゼルが見守る先では、ちょうど店の中からふんわりとした女が出てきて、一言二言何か話すと、そのまま2人を中へと招き入れた。
店の前で控える男たちは、ユアンを一目見るなり、驚いた表情をした。初めて目にする驚きようとは違う。
……ユアンを知っているのか?
ユアンの存在は王都でも有名だったが、実際の本人を知る者は少ない。
それほど孕み子として囲われていたのだと、カイゼルは聞き知っている。
なぜか、嫌な予感がする。
中にいるのは一体、誰なんだ?
馬車をおりると、カイゼルは急いで店まで駆けつけた。
さらに驚いたような男たちを尻目に、カイゼルは店の扉を開いた。
______どんっ、とカイゼルへと衝撃が伝わる。
ぶつかった衝撃で倒れそうになった相手を
その腕で抱き留める。
「おいっ、大丈夫か?」
見上げたその人物にカイゼルは驚いた。
見覚えのあるその顔に。
なぜ、ここに…………………
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