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第一章 武器屋の経営改善
お茶をいただきます
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「…コホン。もう入ってもいいわよ」
アレアの許しが出たので、改めてそろりそろりと部屋へと足を踏み入れる。
今度はきちんとした部屋着をしっかりと着込んだアレアが、腕を組んで椅子に座っていた。
「リン、あなたわざとでしょう?」
「はて、なんのことでしょうか」
睨みつけるアレアの視線をものともせず、リンはそらとぼけていた。
「アンタ…こうなることをわかっててサコンを通したわね!?」
「淑女はいついかなる時も、完璧であらねばならない。お父様のおっしゃっていることです」
「くぅ~やなやつ!!」
「では、私はお茶を淹れてまいりますので」
悔しがるアレアを尻目に、リンはさっさと部屋を出て行ってしまった。
あのー…この状況で二人っきり残されるのは、相当辛いものがあるんですが…。
「えっと…いきなり入ってごめん!」
とりあえず土下座する。
こういう時は一も二もなく土下座が有効であるはずだ。
土下座は日本古来より伝わる謝罪、もしくは相手への極度の敬意を示す礼の一種で、古くは「魏志倭人伝」にも登場する由緒正しい伝統なのである。
案の定、アレアはそれ以上怒りをぶつけてくることはなかった。
土下座、実に有効である…!
「もういいわよ…油断していたアタシも悪かったわ」
「リンさんと仲が良いんだね」
「そんなわけないでしょ!いつもからかってんのよ、幼い頃からずっとだわ」
そういって膨れるアレアの顔に浮かぶ表情は、言葉とは裏腹にリンへの親愛の情に満ちていた。
信頼関係があることがわかっているからこそ、リンも悪戯を仕掛けるのだろう。
ただの主人と使用人の関係を越えた、確かな絆のようなものが感じられて、俺は素直にいいなぁと思う。
おっと、いかんいかん。
思わぬ椿事に巻き込まれてしまい、すっかりここへ来た本題を忘れてしまうところだった。
「実はさ、明日から新装開店記念割引をやろうと思って」
と言って看板を見せた。
「なになに…在庫一掃?…へぇ…どんどん割り引くの?」
「そうなんだ。興味がある人は毎日来てくれるかなって思ってね。一度店に通う習慣がつけば、常連客になるかもしれないし」
「ふーん。アンタ、見かけより頭良いのね」
感心したようにアレアが頷いた。
「い、いや、まだうまくいくかはわかんないよ」
「こんなこと考えたこともなかったわ。きっとアンタのいた世界では、こういうのが当たり前なのね?」
「そうだなぁ。俺のいた世界では、どんなお店も色んな知恵と工夫を凝らして生き残りを図ってたよ」
いわゆる「マーケティング」、つまり「顧客のニーズを把握し、それに応じた商品やサービスを提供し、その情報を効果的に届ける」という考え方が生まれたのは19世紀だと言われている。
歴史的には生まれて間もない概念だが、俺のいた現代日本では、マーケティング無しの商売などもはや考えられないほどに浸透していた。
それだけ産業が発展し、競争が激化している時代だったということだ。
昔ながらの商店街が寂れ、伝統産業が次々と廃業を余儀なくされているのは、こうした「マーケティング」全盛の波に乗り損ねたから、というのも一因だろう。
「なるほどね……いわばお店同士の戦争ってわけね」
「まぁ、そうだろうな。この世界は、それほどお店が多いわけじゃないから、たぶんそんなに激しくやる必要はないんだけど」
「ほーぉ?このエンドラなんて大したライバルじゃないってこと?」
「いや、そういうわけじゃないけど…前も言ったように、市場が小さい今は競争は逆効果で、むしろ協力したほうがお互いに商売を大きくできるはずで」
「ふふ…冗談よ。わざわざアンタの店でやることを教えに来てくれたんだから、アンタの言うことも狙いもちゃんと理解しているわ」
見たところまだ成人していないようだが、お店や商売の話をするアレアは実に生き生きとしていた。
理解も早いし、頭脳も柔軟だ。
何より輝くその瞳に、叡智と活力の光が宿っていて、ひどく魅力的だった。
いずれはエンドラを継ぎ、若き女主人として辣腕を振るうのだろう。
「ま、そんなわけでアタシも時々覗きに行くわ。面白い商品があったら取り置いておきなさいよね」
「面白い…か。とにかく色々あったから、これはと思うものがあれば取っておくよ」
そんな話をしているうちに、リンが豪華なティーセットを抱えて戻って来た。
都内の超高級外資系ホテルのアフタヌーンティーとかで見る、「これお茶?」ってレベルの色々盛りだくさんなやつだ。
ま、俺はFacebookで見かけるぐらいで、実際には縁がなかった世界だけどね…。
「お二人が盛り上がっていて、何よりです」
そう言って俺の前にお茶と様々な焼き菓子を置いてくれた。
同じものをアレアの前にも置いて、「ではごゆっくり」とさっさと消えてしまう。
お言葉に甘えて、お茶を一口頂いたところで、ふとまだまだセールの宣伝をしなければいけないことを思い出す。
「あ、俺そろそろ帰らないと…」
「そんならお菓子だけでも持っていきなさいよ」
少しだけ拗ねた感じで、アレアが紙に菓子を包んでくれた。
妙に所帯染みたところのある娘だな…ありがたいけど。
俺はポケットにお菓子をいっぱいねじ込み、まるで子供だなと思いながらアレアの部屋を辞した。
アレアの許しが出たので、改めてそろりそろりと部屋へと足を踏み入れる。
今度はきちんとした部屋着をしっかりと着込んだアレアが、腕を組んで椅子に座っていた。
「リン、あなたわざとでしょう?」
「はて、なんのことでしょうか」
睨みつけるアレアの視線をものともせず、リンはそらとぼけていた。
「アンタ…こうなることをわかっててサコンを通したわね!?」
「淑女はいついかなる時も、完璧であらねばならない。お父様のおっしゃっていることです」
「くぅ~やなやつ!!」
「では、私はお茶を淹れてまいりますので」
悔しがるアレアを尻目に、リンはさっさと部屋を出て行ってしまった。
あのー…この状況で二人っきり残されるのは、相当辛いものがあるんですが…。
「えっと…いきなり入ってごめん!」
とりあえず土下座する。
こういう時は一も二もなく土下座が有効であるはずだ。
土下座は日本古来より伝わる謝罪、もしくは相手への極度の敬意を示す礼の一種で、古くは「魏志倭人伝」にも登場する由緒正しい伝統なのである。
案の定、アレアはそれ以上怒りをぶつけてくることはなかった。
土下座、実に有効である…!
「もういいわよ…油断していたアタシも悪かったわ」
「リンさんと仲が良いんだね」
「そんなわけないでしょ!いつもからかってんのよ、幼い頃からずっとだわ」
そういって膨れるアレアの顔に浮かぶ表情は、言葉とは裏腹にリンへの親愛の情に満ちていた。
信頼関係があることがわかっているからこそ、リンも悪戯を仕掛けるのだろう。
ただの主人と使用人の関係を越えた、確かな絆のようなものが感じられて、俺は素直にいいなぁと思う。
おっと、いかんいかん。
思わぬ椿事に巻き込まれてしまい、すっかりここへ来た本題を忘れてしまうところだった。
「実はさ、明日から新装開店記念割引をやろうと思って」
と言って看板を見せた。
「なになに…在庫一掃?…へぇ…どんどん割り引くの?」
「そうなんだ。興味がある人は毎日来てくれるかなって思ってね。一度店に通う習慣がつけば、常連客になるかもしれないし」
「ふーん。アンタ、見かけより頭良いのね」
感心したようにアレアが頷いた。
「い、いや、まだうまくいくかはわかんないよ」
「こんなこと考えたこともなかったわ。きっとアンタのいた世界では、こういうのが当たり前なのね?」
「そうだなぁ。俺のいた世界では、どんなお店も色んな知恵と工夫を凝らして生き残りを図ってたよ」
いわゆる「マーケティング」、つまり「顧客のニーズを把握し、それに応じた商品やサービスを提供し、その情報を効果的に届ける」という考え方が生まれたのは19世紀だと言われている。
歴史的には生まれて間もない概念だが、俺のいた現代日本では、マーケティング無しの商売などもはや考えられないほどに浸透していた。
それだけ産業が発展し、競争が激化している時代だったということだ。
昔ながらの商店街が寂れ、伝統産業が次々と廃業を余儀なくされているのは、こうした「マーケティング」全盛の波に乗り損ねたから、というのも一因だろう。
「なるほどね……いわばお店同士の戦争ってわけね」
「まぁ、そうだろうな。この世界は、それほどお店が多いわけじゃないから、たぶんそんなに激しくやる必要はないんだけど」
「ほーぉ?このエンドラなんて大したライバルじゃないってこと?」
「いや、そういうわけじゃないけど…前も言ったように、市場が小さい今は競争は逆効果で、むしろ協力したほうがお互いに商売を大きくできるはずで」
「ふふ…冗談よ。わざわざアンタの店でやることを教えに来てくれたんだから、アンタの言うことも狙いもちゃんと理解しているわ」
見たところまだ成人していないようだが、お店や商売の話をするアレアは実に生き生きとしていた。
理解も早いし、頭脳も柔軟だ。
何より輝くその瞳に、叡智と活力の光が宿っていて、ひどく魅力的だった。
いずれはエンドラを継ぎ、若き女主人として辣腕を振るうのだろう。
「ま、そんなわけでアタシも時々覗きに行くわ。面白い商品があったら取り置いておきなさいよね」
「面白い…か。とにかく色々あったから、これはと思うものがあれば取っておくよ」
そんな話をしているうちに、リンが豪華なティーセットを抱えて戻って来た。
都内の超高級外資系ホテルのアフタヌーンティーとかで見る、「これお茶?」ってレベルの色々盛りだくさんなやつだ。
ま、俺はFacebookで見かけるぐらいで、実際には縁がなかった世界だけどね…。
「お二人が盛り上がっていて、何よりです」
そう言って俺の前にお茶と様々な焼き菓子を置いてくれた。
同じものをアレアの前にも置いて、「ではごゆっくり」とさっさと消えてしまう。
お言葉に甘えて、お茶を一口頂いたところで、ふとまだまだセールの宣伝をしなければいけないことを思い出す。
「あ、俺そろそろ帰らないと…」
「そんならお菓子だけでも持っていきなさいよ」
少しだけ拗ねた感じで、アレアが紙に菓子を包んでくれた。
妙に所帯染みたところのある娘だな…ありがたいけど。
俺はポケットにお菓子をいっぱいねじ込み、まるで子供だなと思いながらアレアの部屋を辞した。
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