20 / 45
第二章 禁足地に隠された真実
オマケの時間が終わる。ただそれだけのこと
しおりを挟む見知らぬ天井、見知らぬ壁、見知らぬ床。
全てが木で出来ているらしい、部屋ひとつ。
小屋と呼ぶのがしっくりくる小さな建物。
窓から差し込む陽の光。その高さ。
だいたいお昼くらいだろうか。
そういえばお腹が減った……。
意識を取り戻したアリアはうすく目を開けると、まずは周囲を確認した。
手と足は……動かせない。
縄のようなもので縛られている。
近くにいるのは深い緑色の髪をした若い男と、青い髪をした壮年の男のふたりだけ。
「おや。目を覚ましたようですよ」
壮年の男が、アリアの元へと近づいてくる。
香水――渋いレザーの匂い――が鼻をくすぐる。
(コイツ、貴族か……)
宮廷召喚士長のロゴールもそうだが、貴族は歳を取るとやたら香水をつけたがる。
あまり香水の匂いが得意でないアリアは、思わず顔をしかめた。
「任せる」
「かしこまりました」
椅子で優雅に足を組む緑髪の男が、コーヒーカップを口に運びながら壮年の男に指示を出す。
(緑髪の若い方が主人、壮年の方が召使い)
貴族社会ではいくらでも見る光景だ。
壮年の男はアリアを見下ろし、腰に差した剣の柄に手をかける。
喋らなければ殺す、というわかりやすい脅し。
「貴様、なぜあの場所にいた?」
「……どういう意味?」
「言葉通りの意味だ。あの場所が禁足地だということくらいは知っているだろう」
それはこちらのセリフだ。
なぜ禁足地に忍び込んでボクをさらったのか。と、問い詰めたい気持ちは山々だがいまの立場を考えるとそうもいかない。
さて、アリアはどう答えるべきか。
当然だが『守護者』については、何も語ることはできない。
「なんのことだか、分からない」
アリアは最も無難なだと思える答えを選択した。
分からないものは分からない。それ以上は詮索の仕様が無いだろう。
「なんだと? この国では子どもでも知っていると聞いたぞ」
「ボクは冒険者だ。この国の人間じゃない。 ここにはただ……。そう、迷い込んだだけだ」
アリアの言葉を聞いた瞬間、壮年の男の顔から表情が消えた。
あきらかにアリアから興味を失った。
狙い通りの反応に、アリアは心の中でガッツポーズを決める。
しかし、これは失敗だった。
「コイツはダメです。始末して構いませんね?」
「好きにしろ」
壮年の男が腰の剣をスラリと抜く。
アリアは鈍く光る刃を見て、自らの失敗に気がついた。
彼らは貴族だ。
平民や冒険者の命を自分と同列には扱わない。
今のアリアは王族だった頃とは違う、ただの冒険者。そこにはなんの後ろ盾もない。
無価値だと判断されれば、すぐに命を摘み取られる弱い立場なのだ。
アリアが考えるべきは、秘密を話さないよう取り繕うことではなく、時間稼ぎだった。
救けがくるか、自力で逃げ出す機会を見つけるまでの時間。
しかし今さら後悔したところで取返しはつかない。
相手はふたり。魔力切れで強制リターンとなったザントマンは、回復までにまだ時間が必要だ。
攻撃手段のないドライアドでは勝ち目はない。
アリアは静かに覚悟を決めた。
パーラに救われた命も、どうやらそれもここまでのようだ。
本来であれば、あの森で終わっていた命だ。
言うなれば、いま生きているのはオマケのようなもの。
オマケの時間が終わる。ただそれだけの――。
『お前がそれを望むのなら、そうすればいい』
アリアの頭に響いたのはラキスの声。
ラキスと初めて会った夜の、彼の一言。
(ボクの望み……。ボクの望みは――)
もっと世界を見たい、世界を知りたい。
冒険をしてみたい。
この数日をラキスと過ごしたことで、いつしかアリアには望みが生まれていた。
パーラに救われたから生きるのではない。
アリアが生きたいと望むから生きる。生きようとあがく。
壮年の男の剣は、その頭上へと掲げられている。
もういつ振り下ろされてもおかしくはない。
アリアは記憶にある限り、人生で一番大きな声を出した。
「サモン!!」
呼び声に応え、木の精霊ドライアドが姿を現す。
「ドライアド、あいつらを捕まえろ!」
ドライアドのスキルは植物を操作する。
それは既に命を失った植物であっても。
この小屋は天井も、壁も、床も、全てが木で出来ている。
それは全てがドライアドの支配下ということ。
「くっ! 貴様、召喚士か!?」
床の木から伸びたツタが男の足を捕らえ、天井から伸びたツタは男の剣に巻き付く。
その間に、ドライアドがアリアを解放した。
「ぬんっ、ぬおおおぉぉぉぉ」
男の叫び声と共に、ブチブチブチッとなにかが千切れる音が聞こえた。
いま千切れる『なにか』などツタ以外にない。
男は膂力でツタを引きちぎり、力任せにその剣をアリアに振り下ろす。
「このっ、馬鹿力め。……ドライアド!!」
ドライアドは男とアリアの間に割り込むと、壁から伸ばした木で剣を受け止めた。
男は剣を手元へ戻すと、少しだけ距離を取る。
ここが木で囲まれた部屋である限り、アリアに決定打を与えることは困難。
そこからは膠着状態。
ここがふたりだけの戦場であれば、そうなっていたかもしれない。
しかし、この部屋にはもうひとり敵がいる。
「なにを遊んでいる? ハイラ」
「はっ! 申し訳ございません」
緑髪の男は立ちあがると「サモン」とつぶやく。
同時に、ドライアドとアリアを護っていた木の防護壁が燃え上がった。
喚び出された小さな赤い竜が、その口から炎を吐いたのだ。
「あづっ!!」
はじけた火の粉がアリアを襲う。
さっきまで防護壁だったはずなのに、一瞬でアリアを囲む炎の壁に変わってしまった。
アリアは転がるよう部屋の隅へとに移動した。
炎はどんどん広がっていく。
言うまでもないが、木の精霊であるドライアドは火に弱い。
それもとてつもなく弱い。
いかにブレス耐性を獲得しようと、着火したあとの炎はもうブレスとは無関係。
流石にドライアドはリターンさせるべきか。
しかし、そうなるとアリアの手札はユニコーンしか残らない。
逃げ道が見えているのなら良いが今はダメだ。
戦闘能力が低いユニコーンは、屋内では唯一の取り柄である足を生かせない。
アリアは必死で頭を回転させて次の手を考える。
一方、緑髪の男は横に小型の赤いドラゴンを従え、悠然と立っていた。
ハイラと呼ばれた壮年の男が、緑髪の男の前に立ち、アリアに剣を向ける。
「まだやる気か!? この小屋が焼ければ、お前たちだって火傷じゃすまないぞ」
アリアの言葉に、緑髪の男が眉根を寄せて舌打ちをする。
「貴様に心配される筋合いなどない……サモン」
もう一頭。
喚び出されたのは小型の白いドラゴン。
白いドラゴンの息吹は白濁したドーム状の幕を形成し、男達を包み込む。
予備知識が無くても分かる。
あれは防御壁だ。
おそらく炎はあの幕の中には届かない。
「貴様のせいで少々予定が狂った」
緑髪の男が腹立たしげにつぶやく。
「本当はもう少し調査をしてから、焼き捨てる予定だったのだが……」
小屋を包む炎はどんどん大きくなっていく。
立っているだけで炙り焼きになりそうだ。
「まあいい。せっかくだから貴様の墓標にしてやろう。……やれ。レッドドラゴン」
小型の赤い竜は飛び上がり、燃え盛る火炎を吐こうと息を吸いこむ。
その瞬間。
赤い竜のさらに向こう側で、入り口の扉がスゥっと音も立てずに開くのが見えた。
「勝手に殺されては困る。 それの身体は売約済みだ」
「ラキス!!」
力任せに扉を壊すのではなく、威風堂々、入り口の扉を開けての登場。
「無事か?」
「うん!」
それだけの会話。
しかしそれが心地良い。
「貴様……何者だ!? 扉には鍵をかけていたはず。なにをした!?」
ラキスへの剣を向けたハイラが叫ぶ。
もちろんラキスは答えない。
戦場でわざわざ敵に手の内を明かす理由がない。
きっとゴブリンの密偵だろう。
以前ラキスから聞いた話だと、このゴブリンは上級開錠技術を持っている。
「そ、そうだ! 見張り! 見張りはどうした⁉」
ラキスは今度もなにも答えない。
その代わり、完全に伸びているふたりの男を部屋へと放り込んだ。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる