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第二章 禁足地に隠された真実

オマケの時間が終わる。ただそれだけのこと

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 見知らぬ天井、見知らぬ壁、見知らぬ床。

 全てが木で出来ているらしい、部屋ひとつ。
 小屋と呼ぶのがしっくりくる小さな建物。

 窓から差し込む陽の光。その高さ。
 だいたいお昼くらいだろうか。

 そういえばお腹が減った……。

 意識を取り戻したアリアはうすく目を開けると、まずは周囲を確認した。

 手と足は……動かせない。
 縄のようなもので縛られている。

 近くにいるのは深い緑色の髪をした若い男と、青い髪をした壮年の男のふたりだけ。

「おや。目を覚ましたようですよ」

 壮年の男が、アリアの元へと近づいてくる。
 香水――渋いレザーの匂い――が鼻をくすぐる。

(コイツ、貴族か……)

 宮廷召喚士長のロゴールもそうだが、貴族は歳を取るとやたら香水をつけたがる。
 あまり香水の匂いが得意でないアリアは、思わず顔をしかめた。

「任せる」
「かしこまりました」

 椅子で優雅に足を組む緑髪の男が、コーヒーカップを口に運びながら壮年の男に指示を出す。

(緑髪の若い方が主人、壮年の方が召使い)

 貴族社会ではいくらでも見る光景だ。

 壮年の男はアリアを見下ろし、腰に差した剣の柄に手をかける。
 喋らなければ殺す、というわかりやすい脅し。

「貴様、なぜあの場所にいた?」
「……どういう意味?」
「言葉通りの意味だ。あの場所が禁足地だということくらいは知っているだろう」

 それはこちらのセリフだ。
 なぜ禁足地に忍び込んでボクをさらったのか。と、問い詰めたい気持ちは山々だがいまの立場を考えるとそうもいかない。

 さて、アリアはどう答えるべきか。
 当然だが『守護者』については、何も語ることはできない。

「なんのことだか、分からない」

 アリアは最も無難なだと思える答えを選択した。
 分からないものは分からない。それ以上は詮索の仕様が無いだろう。

「なんだと? この国では子どもでも知っていると聞いたぞ」
「ボクは冒険者だ。この国の人間じゃない。 ここにはただ……。そう、迷い込んだだけだ」

 アリアの言葉を聞いた瞬間、壮年の男の顔から表情が消えた。

 あきらかにアリアから興味を失った。
 狙い通りの反応に、アリアは心の中でガッツポーズを決める。

 しかし、これは失敗だった。

「コイツはダメです。始末して構いませんね?」
「好きにしろ」

 壮年の男が腰の剣をスラリと抜く。
 アリアは鈍く光る刃を見て、自らの失敗に気がついた。

 彼らは貴族だ。
 平民や冒険者の命を自分と同列には扱わない。

 今のアリアは王族だった頃とは違う、ただの冒険者。そこにはなんの後ろ盾もない。
 無価値だと判断されれば、すぐに命を摘み取られる弱い立場なのだ。

 アリアが考えるべきは、秘密を話さないよう取り繕うことではなく、時間稼ぎだった。
 救けがくるか、自力で逃げ出す機会を見つけるまでの時間。
 しかし今さら後悔したところで取返しはつかない。

 相手はふたり。魔力切れで強制リターンとなったザントマンは、回復までにまだ時間が必要だ。
 攻撃手段のないドライアドでは勝ち目はない。

 アリアは静かに覚悟を決めた。
 パーラに救われた命も、どうやらそれもここまでのようだ。

 本来であれば、あの森で終わっていた命だ。
 言うなれば、いま生きているのはオマケのようなもの。

 オマケの時間が終わる。ただそれだけの――。

『お前がそれを望むのなら、そうすればいい』

 アリアの頭に響いたのはラキスの声。
 ラキスと初めて会った夜の、彼の一言。

(ボクの望み……。ボクの望みは――)

 もっと世界を見たい、世界を知りたい。
 冒険をしてみたい。

 この数日をラキスと過ごしたことで、いつしかアリアには望みが生まれていた。

 パーラに救われたから生きるのではない。
 アリアが生きたいと望むから生きる。生きようとあがく。

 壮年の男の剣は、その頭上へと掲げられている。
 もういつ振り下ろされてもおかしくはない。

 アリアは記憶にある限り、人生で一番大きな声を出した。

「サモン!!」

 呼び声に応え、木の精霊ドライアドが姿を現す。

「ドライアド、あいつらを捕まえろ!」

 ドライアドのスキルは植物を操作する。
 それは既に命を失った植物であっても。

 この小屋は天井も、壁も、床も、全てが木で出来ている。
 それは全てがドライアドの支配下ということ。

「くっ! 貴様、召喚士か!?」

 床の木から伸びたツタが男の足を捕らえ、天井から伸びたツタは男の剣に巻き付く。
 その間に、ドライアドがアリアを解放した。

「ぬんっ、ぬおおおぉぉぉぉ」

 男の叫び声と共に、ブチブチブチッとなにかが千切れる音が聞こえた。

 いま千切れる『なにか』などツタ以外にない。
 男は膂力りょりょくでツタを引きちぎり、力任せにその剣をアリアに振り下ろす。

「このっ、馬鹿力め。……ドライアド!!」

 ドライアドは男とアリアの間に割り込むと、壁から伸ばした木で剣を受け止めた。

 男は剣を手元へ戻すと、少しだけ距離を取る。
 ここが木で囲まれた部屋である限り、アリアに決定打を与えることは困難。

 そこからは膠着状態。
 ここがふたりだけの戦場であれば、そうなっていたかもしれない。

 しかし、この部屋にはもうひとり敵がいる。

「なにを遊んでいる? ハイラ」
「はっ! 申し訳ございません」

 緑髪の男は立ちあがると「サモン」とつぶやく。
 同時に、ドライアドとアリアを護っていた木の防護壁が燃え上がった。

 喚び出された小さな赤い竜が、その口から炎を吐いたのだ。

「あづっ!!」

 はじけた火の粉がアリアを襲う。
 さっきまで防護壁だったはずなのに、一瞬でアリアを囲む炎の壁に変わってしまった。
 アリアは転がるよう部屋の隅へとに移動した。

 炎はどんどん広がっていく。
 言うまでもないが、木の精霊であるドライアドは火に弱い。

 それもとてつもなく弱い。

 いかにブレス耐性を獲得しようと、着火したあとの炎はもうブレスとは無関係。

 流石にドライアドはリターンさせるべきか。
 しかし、そうなるとアリアの手札はユニコーンしか残らない。

 逃げ道が見えているのなら良いが今はダメだ。
 戦闘能力が低いユニコーンは、屋内では唯一の取り柄である足を生かせない。

 アリアは必死で頭を回転させて次の手を考える。
 一方、緑髪の男は横に小型の赤いドラゴンを従え、悠然ゆうぜんと立っていた。


 ハイラと呼ばれた壮年の男が、緑髪の男の前に立ち、アリアに剣を向ける。

「まだやる気か!? この小屋が焼ければ、お前たちだって火傷じゃすまないぞ」

 アリアの言葉に、緑髪の男が眉根を寄せて舌打ちをする。

「貴様に心配される筋合いなどない……サモン」

 もう一頭。
 喚び出されたのは小型の白いドラゴン。
 白いドラゴンの息吹は白濁したドーム状の幕を形成し、男達を包み込む。

 予備知識が無くても分かる。
 あれは防御壁だ。
 おそらく炎はあの幕の中には届かない。

「貴様のせいで少々予定が狂った」

 緑髪の男が腹立たしげにつぶやく。

「本当はもう少し調査をしてから、焼き捨てる予定だったのだが……」

 小屋を包む炎はどんどん大きくなっていく。
 立っているだけで炙り焼きになりそうだ。

「まあいい。せっかくだから貴様の墓標にしてやろう。……やれ。レッドドラゴン」

 小型の赤い竜は飛び上がり、燃え盛る火炎を吐こうと息を吸いこむ。

 その瞬間。
 赤い竜のさらに向こう側で、入り口の扉がスゥっと音も立てずに開くのが見えた。

「勝手に殺されては困る。 それの身体は売約済みだ」
「ラキス!!」

 力任せに扉を壊すのではなく、威風堂々、入り口の扉を開けての登場。

「無事か?」
「うん!」

 それだけの会話。
 しかしそれが心地良い。

「貴様……何者だ!? 扉には鍵をかけていたはず。なにをした!?」

 ラキスへの剣を向けたハイラが叫ぶ。

 もちろんラキスは答えない。
 戦場でわざわざ敵に手の内を明かす理由がない。

 きっとゴブリンの密偵スパイだろう。
 以前ラキスから聞いた話だと、このゴブリンは上級開錠技術を持っている。

「そ、そうだ! 見張り! 見張りはどうした⁉」

 ラキスは今度もなにも答えない。
 その代わり、完全に伸びているふたりの男を部屋へと放り込んだ。
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