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9. 本当に?

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       ◇

「この世界にエルテンシアとして転生した君が、よもやあんな男と婚約しているなんてびっくりしたよ」
 
 眉をひそめる様子さえ絵になる人だなと思いながら、ふと今言われたことを反芻した。

 ――転生、エルテンシアとして転生? 転生?!

 あまりにあまりすぎて、脳が声を音として認識はしたが、言葉としてその意味をとるのに時間がかかった。

 転生モノもそれは嗜んでいる。本読みとして、それなりに。

「嘘……」

 ――これ、夢よね? 夢じゃないの?

 いい加減目が覚めてもいいと思うのに覚めてないけれど。夢じゃない? 

 あれ? もしかして、今まで聞いていた甘々な言葉や態度全部私宛?!

 悪役令嬢宛だと思っていたから、まだ息がつけたのに、中身の私宛とか無理だわ。
 体の力が抜けて、ソファーの上でへたり込みそうになる。

 残機ゼロだよ。そもそも元からないよ。残機どころか戦う機体がない。
 いや、まぁ戦いじゃないのだけれど。



 隣に座る魔法使いは、気づくともっと近づいていた。自然に距離をつめてくるね。
 うっとりとした表情で私を見つめてくる。破壊力抜群だね。

「僕の愛しい君は、エルテンシアとしてこの世界に生まれて、覚醒したのが婚約破棄の話の頃かな」

 そっと頭を撫でられる。接近に体温にドキドキする。
 落ち着かせてくれようとしているのだろうけれど、ドキドキするよ。

「覚醒してまだ混乱しているのだね。大丈夫だよ。遅れてしまったけれど、僕がついているから安心して。本当僕ともあろう者が、君に懸想する者は排除しても、政略はあり得たというのに、片手おちだったよ。悪かったね。美しい花に虫が寄り付かないように念入りに虫除けはかけていたのだけれど、この可能性はあったのに」
 そうでなければ、君を奪う話になっていたからねと笑う。

 情報が多い。情報が処理しきれない。

 そして気づくと近い。近すぎる。腕が私の体にまわされた。
 軽く抱きしめて体を離して、顔を覗き込まれる。
 思考停止。息絶えそう。こんなことされたことないし、なんかどう思っていいのか、どうしていいのかわからない。

 私は赤くなったまま、どうしていいかわからず、ちらりと視線を向けると彼は破顔した。

 顔がいい。顔がいいわ。アップにもたえるわ。

 なんだろうね。その微笑み。向けられたら多幸感感じるってわからないわ。美貌のなせる技か。存在で多幸感与えるって凄いな。美形怖い。

 しかもこれ私宛なのよね? 騙されてないかな?


 しかし、こんな彼とうちのヒーローか。太刀打ち出来ないな。負けるわ。瞬殺だわ。
 うちの子達はあれでも、やっぱり可愛いうちの子だから彼にさくっとされないでよかった。塵も残らず存在から抹消されそうだし。

「一時期でも君が他の誰かと婚約結んでいたということが気に入らないから、世界ごと潰すかと思ったけれど、思い直して婚約したこと自体を消したよ」

 彼なら出来るかな。なんでもあり系だしな。遠隔でもしそうかな。するかもな。

 でもこれ私が創作した世界かなだし、消されたくはないかな。本当に転生なら、何故ここにした? だが。

「君の作ったものと同じ世界だしね。潰しはしないよ。ただ、婚約だけはやはり許せないから消すね」

 婚約破棄しますな話書いていたけど、婚約破棄がなくなるのか。話が瓦解するけれどね。悪役令嬢なしか。まぁヒーローとヒロインのハッピーエンドならいいかな? って、今なんて言った?
「私が作ったものって、知っているの?!」
「愛しい君のことならなんだって、全部知っていたいからね」
 
 怖い怖いわ。この魔法使い怖い。どこまで知っているの?! 知る気ならどこまでも知れそう。

「もう僕は君を片時も離さないよ。愛しい君」
 そう言って、私を抱き寄せた。爽やかな香りに感じる体温。腕の感触。動悸がする。

 硬直するよね。どうしても。でも、嫌じゃない気がするのね。怖いわ。ちょろすぎだわ、私。
 でも、何か抗える気がしないというのか、なんか嫌でもないみたいで。
 これは実は状態異常か? 魅了とか?
 わからない、わからないよ。嫌いじゃないけど、でも怖い。なんだか凄くドキドキするし、わからない感覚がやっぱり怖い。

 そして、なんだか今の監禁宣言に聞こえるのだけれど、これって私の気のせいだよね?






          end




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