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8. 私宛じゃない

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  ◇

「さあ、この世界でも君は僕のものだよ。そして僕も君のもの。僕と君との魂の婚姻は、かたくかたく結ばれているからね。大丈夫だよ。君がどんなふうに生まれ変わっても探し出して、君を捕まえるよ。君は僕の半身。僕は君だけをいつまでも愛しているからね」

 大仰な言い回しも、美声で熱く語られると破壊力強いな。しかも自分に向けてか。甘いのだよね。声に甘さがたっぷり含まれていて、洒落にならない。


 私は首を横に振った。銀色の髪が揺れる。

 ああ、そうだ。これは中の私宛じゃない。悪役令嬢宛だ。この言葉達は。
 聞いていて、気が遠くなりそうになっているのは私だけど。私じゃない私のじゃない。頭の中で必死に唱える。

「どうしたの?」

 滴るような甘さを含む声。熱を帯びた視線。ひたむきに見つめてくる紫色の瞳。

 こちらの方へ伸ばされる大きな掌。ついびくっと体をふるわせてしまうと、彼はその手を頬にそっと触れるか触れないかくらいの位置で止めた。
「怖くないから」
 優しく甘く囁く。苦笑しているみたいだ。ふと見上げると紫色の瞳が甘く優しく細められて――。

 ある意味怖いです。

 流石攻略対象者。戦闘力高い。中にいる経験値マイナスの私まで赤くなってしまうよ。何垂れ流しているのかな? ふっきれてしまわないように、私の中のセンサーが感知を必死に拒絶しているようだが、それ以上に甘い何かが掛け流しレベルだ。

 ――隊長、もう無理です。攻撃に耐えきれません。
 ――堪えろ、どうにか耐えるんだ。
 ――隊長! もう隊員は我々のみです。
 ――わかっている。攻撃に備えろ。まだまだ来るぞ。

 内心の寸劇が展開されている。意味はない。ないが、追い詰められ感は半端なく、今の状況と変わりない。


 ――お前とも長い付き合いだったが、潮時だな。俺が血路を開く。お前は基地へ帰還、現状報告しに行け。
 ――そんな、隊長をおいてはいけません!
 ――ここは俺がどうにかする。お前は行け。これは隊長命令だ。さぁそこから行け! いいか、死ぬんじゃないぞ。
 ――嫌です! 隊長、隊長っー!


 負け戦じゃないか。隊長が特攻かけて血路を開いて隊員押し出したけど、これ無理そうだし、部下も帰れそうな感じかしないけれど……。
 詰んでいるよ。詰んでいる。私のセンサーもショート寸前。強制終了しそうだ。詰んでいる。


 そして今隣に優雅に座っている魔法使いは、ふと長い指先で、銀の髪をそっととると口付けて目を合わせてくる。撃沈するよ。無理。


 ――我が夢よ、私の夢の演出部門よ。

 いや、まぁゲームの彼のキャラは確かにストーキングレベル高かったから設定通りかな? なのかな? ちょっとよくわからないけれど。
 そして、私の入っている悪役令嬢に何してくれているの?
 これ何? 何かよくわからないのだけれど?

 これ私の願望なのかな? ストーカーされたい願望なのかな? そしてこのベタ甘な雰囲気何かな。願望なの?

 流されそう。雰囲気にどこどこ流されそう。

 怖い怖い。私並いるちょロインよりちょろい自信あるのだけれど? 好きだ好きだと言われていたら、暗示にかかりそうなくらいだめだよ。好きだよね? 君は僕のこと大好きだものねとか言い続けられたら、ああそうかもと思いそうで怖い。
 自己が脆弱なのよね。洒落ならないくらい。

 恋のひとつやふたつしておけばよかったかな。恋、ああ思い込みかとか思っている私には難しかった。好きとか好意とかはわからなくはないよ? でも、恋愛とかになるとさっぱりで。

 だから、耐性ゼロだからね。布の服くらいの防具もないよ。いや、まぁ今もドレス着ているけれどね。この首飾り防具にならないかな?
 悪役令嬢。そう、悪役令嬢にだから私じゃない私じゃないよね? 

 私じゃない私相手か。でも中の人私なだけにね。

 いやいや、夢だし夢。だから、好きにしてもいいのかも? いや、好きにってどうするのが好きにになるのかな? 自分なんかが三次元っぽいところでこの位置にいるのはいたたまれない。いいのか私で感強いしね。
 私の思考は千々に乱れている。混乱するわ。こんなの。

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