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◆
ふうと息をついて気を取り直すと、
「すごい魔法使いとか魔術師って評判のファラドが、実はこんなだなんて……ぼくがそれを知ってるからばれないように、外に連れて行ってくれないんだね?」
眉をひそめてファラドをみる。
そんな様子もかわいらしいと言わんばかりに、にこにこしながら、
「エウル君は本当に冗談が好きですね。そのようなもののつもりはないのですけれどねぇ……そんな出来ることが魔法や魔術だけなんて、寂しすぎます。どうせなら色々なことがたくさん出来たほうが楽しいではないですか」
わけのわからない御託が始まってしまった。
そういう問題なのだろうか?
そういう方面の話をあまりしてくれないファラドに業を煮やしても、いつだってはぐらかされてしまう。
それとも、本当は本当にただの大ボケなのかもしれないけれど。
ぼくは、そんな様子にも一生懸命食い下がる。
「名目助手は嫌だもの。名前だけって嫌だよ。余計に嫌だ」
「私にしてみれば、立派にエウル君は助手以上の働きをしてくれていると思ってますよ」
「だから、仕事を手伝いたいんだって」
「立派に仕事をしているでしょう?」
「ファラドの仕事を、だよ」
「十分してます」
何もしてないのに、いつだってそういうんだ。
「じゃあ、魔法や魔術を教えて?」
「駄目です」
やっぱりきっぱりと断られる。
「どうして?」
「………必要ないでしょう?」
瞳の奥を探るように見てくるファラド。何を思っているのだろう。
「知りたいんだ」
知っていればもっと何かが出来て、一緒にいて負担にならないより良い関係を築いていける気がするからそう言っているのだけれど。
魔法とかを知ることの何がそんなにぼくに不必要だと思うのだろうか。
「……………エウル君。そんなものは知らなくても、生きて行けますよ」
そりゃそうだろう。
ないまま、知らないままに生きている人達が大半なのだから。
「ぼくは、ファラドを手伝いたいのに………何も出来ないより、出来たほうがいいじゃないか。ぼくには手伝える素質がない?」
精霊とか妖精とか何も確かに見えないし、いる気配とか多分わからないし、だからファラドみたいには出来ないだろうけれど、それでも何か補助とかなんだろう、何か出来ることがと思うんだ。
「……それは私が出来るからいいのです。素質とか素質、そうですねぇ。エウル君は私の出来ないことがたくさん、それこそ山のように出来るじゃありませんか?」
少し口篭った後、ファラドはそんなことを言い出す。
ぼくはファラドに向き直り、
「何も出来てないじゃないか」
と視線を合わす。
彼は微笑みながら、
「何を謙遜しているのでしょうか? 掃除炊事洗濯諸々。才能なのでしょうね。そりゃあもう、いつだって関心しているのですよ。私には決して出来ません」
うんうんとひとり頷いている。
そんなことをぼくは言ってないのだけど。
「ぼくのいってるのは、そんなことじゃない。うーん、書物とか読めば体系とか何かわかるのかな」
「旺盛な勉学心ですね。感心します。妙な力なんてものはない方がと思いますのにね。でもそんな向上心があるからこそ、ついているエウル君の生活能力なのかもですね」
なんでもちゃんと出来て本当すごいですよねと、しきりに頷いている。
いつだって、そんなふうにだんだん話をそらされていく。
「なんだか、バカにされてるような気がする。ぼくだって、ぼくだって……」
「エウル君。私があなたをバカにするはずがないでしょう? 私はいつだって、君に感服しているのですから。むしろ尊敬に値すると思っています」
「ファラドは、みんな、みんななんでもごまかしてしまうんだっ! いい。ぼく………ファラドなんて、ファラドなんて……………」
「大好き、ですか?」
ぷいとそっぽをむいて
「嫌いだよっ!」
と強めに言う。
「そうですか? そう主張しなくてもわかっています。わかっていますから………私のこと大好きなんでしょ?」
満面の笑みでぼくを見ながら、そうですよねと確信を込めた様子に反射的に
「違うっ!」
と声をあげる。
相対するファラドはそんなぼくの顔を見ながら、優しく微笑んでいて。
こんなのばっかり。
やっかいだけれど憎めない。
見てなきゃなにするかわからない。そんな思いしながらはなれているよりそばでみているほうがいい。
「ずっと子供のまま、いてくださいね」
「そんなのできるわけないでしょ? 駄々をこねないでよ」
「大きい子に頭をなでなでなんてしたら、怒りそうですもの。大きくならないで欲しいです」
「お得意の魔法でもかけたら?」
「いやです」
「じゃあ、仕方ないじゃない」
むちゃなことをむちゃと知っていながら言ってるんだ。そういう人だけれど。
ぼくは、はやく大人になりたい。
そうすればファラドだって、今は言わないことでも言ってくれるようになるかもしれないから。
言いたくないことを無理にこじ開けるようにして、聞きたい訳じゃないけれど何かしたいんだ。もっといろんなことを。
──出来ることをしたい。役に立ちたい。
ぼくはここに連れてきてもらって、よかったって思っている。それでなければ今のぼくはいないだろう。
ファラドがいたから、ここにこうして今のぼくがいるんだって胸はっていいたいのに、そんな気持ちもどんな気持ちもきっと知らないんだ。
こんな人だけれど。
それでもぼくは、この人といる。やっかいだけれど、大変な時もあるけれど──
「エウル君。お茶は?」
思い出したように聞いてくるファラド。完全にはぐらかされっぱなしだ。
「わかったよ。パンも持って来るからちゃんと食べてね。少し待っていて」
ぼくは溜息をつくと、お茶をいれにいく。
台所で湯を沸かし、作り置いたパンにチーズを乗せて軽く焼きながら、あたためたポットに茶葉と湯をいれて、茶器もあたためておいて、お皿にパンを置き、盆の上にのせる。
「ファラド、出来たよ」
ファラドのそばに歩いて行くと、頭が微妙に揺れている。
その辺の机に一式おいて溜息をついた。
初めからやり直し──
すぐに眠ってしまうんだから。
ぼくは、選択を誤っているのかもしれないと思う。
でもやっぱりその間違ったほうを選んで選び続けてしまうんだろう。
今のぼくはそれを選ぶ。
途方もなく馬鹿かもしれないと思うけれどね。
end
ふうと息をついて気を取り直すと、
「すごい魔法使いとか魔術師って評判のファラドが、実はこんなだなんて……ぼくがそれを知ってるからばれないように、外に連れて行ってくれないんだね?」
眉をひそめてファラドをみる。
そんな様子もかわいらしいと言わんばかりに、にこにこしながら、
「エウル君は本当に冗談が好きですね。そのようなもののつもりはないのですけれどねぇ……そんな出来ることが魔法や魔術だけなんて、寂しすぎます。どうせなら色々なことがたくさん出来たほうが楽しいではないですか」
わけのわからない御託が始まってしまった。
そういう問題なのだろうか?
そういう方面の話をあまりしてくれないファラドに業を煮やしても、いつだってはぐらかされてしまう。
それとも、本当は本当にただの大ボケなのかもしれないけれど。
ぼくは、そんな様子にも一生懸命食い下がる。
「名目助手は嫌だもの。名前だけって嫌だよ。余計に嫌だ」
「私にしてみれば、立派にエウル君は助手以上の働きをしてくれていると思ってますよ」
「だから、仕事を手伝いたいんだって」
「立派に仕事をしているでしょう?」
「ファラドの仕事を、だよ」
「十分してます」
何もしてないのに、いつだってそういうんだ。
「じゃあ、魔法や魔術を教えて?」
「駄目です」
やっぱりきっぱりと断られる。
「どうして?」
「………必要ないでしょう?」
瞳の奥を探るように見てくるファラド。何を思っているのだろう。
「知りたいんだ」
知っていればもっと何かが出来て、一緒にいて負担にならないより良い関係を築いていける気がするからそう言っているのだけれど。
魔法とかを知ることの何がそんなにぼくに不必要だと思うのだろうか。
「……………エウル君。そんなものは知らなくても、生きて行けますよ」
そりゃそうだろう。
ないまま、知らないままに生きている人達が大半なのだから。
「ぼくは、ファラドを手伝いたいのに………何も出来ないより、出来たほうがいいじゃないか。ぼくには手伝える素質がない?」
精霊とか妖精とか何も確かに見えないし、いる気配とか多分わからないし、だからファラドみたいには出来ないだろうけれど、それでも何か補助とかなんだろう、何か出来ることがと思うんだ。
「……それは私が出来るからいいのです。素質とか素質、そうですねぇ。エウル君は私の出来ないことがたくさん、それこそ山のように出来るじゃありませんか?」
少し口篭った後、ファラドはそんなことを言い出す。
ぼくはファラドに向き直り、
「何も出来てないじゃないか」
と視線を合わす。
彼は微笑みながら、
「何を謙遜しているのでしょうか? 掃除炊事洗濯諸々。才能なのでしょうね。そりゃあもう、いつだって関心しているのですよ。私には決して出来ません」
うんうんとひとり頷いている。
そんなことをぼくは言ってないのだけど。
「ぼくのいってるのは、そんなことじゃない。うーん、書物とか読めば体系とか何かわかるのかな」
「旺盛な勉学心ですね。感心します。妙な力なんてものはない方がと思いますのにね。でもそんな向上心があるからこそ、ついているエウル君の生活能力なのかもですね」
なんでもちゃんと出来て本当すごいですよねと、しきりに頷いている。
いつだって、そんなふうにだんだん話をそらされていく。
「なんだか、バカにされてるような気がする。ぼくだって、ぼくだって……」
「エウル君。私があなたをバカにするはずがないでしょう? 私はいつだって、君に感服しているのですから。むしろ尊敬に値すると思っています」
「ファラドは、みんな、みんななんでもごまかしてしまうんだっ! いい。ぼく………ファラドなんて、ファラドなんて……………」
「大好き、ですか?」
ぷいとそっぽをむいて
「嫌いだよっ!」
と強めに言う。
「そうですか? そう主張しなくてもわかっています。わかっていますから………私のこと大好きなんでしょ?」
満面の笑みでぼくを見ながら、そうですよねと確信を込めた様子に反射的に
「違うっ!」
と声をあげる。
相対するファラドはそんなぼくの顔を見ながら、優しく微笑んでいて。
こんなのばっかり。
やっかいだけれど憎めない。
見てなきゃなにするかわからない。そんな思いしながらはなれているよりそばでみているほうがいい。
「ずっと子供のまま、いてくださいね」
「そんなのできるわけないでしょ? 駄々をこねないでよ」
「大きい子に頭をなでなでなんてしたら、怒りそうですもの。大きくならないで欲しいです」
「お得意の魔法でもかけたら?」
「いやです」
「じゃあ、仕方ないじゃない」
むちゃなことをむちゃと知っていながら言ってるんだ。そういう人だけれど。
ぼくは、はやく大人になりたい。
そうすればファラドだって、今は言わないことでも言ってくれるようになるかもしれないから。
言いたくないことを無理にこじ開けるようにして、聞きたい訳じゃないけれど何かしたいんだ。もっといろんなことを。
──出来ることをしたい。役に立ちたい。
ぼくはここに連れてきてもらって、よかったって思っている。それでなければ今のぼくはいないだろう。
ファラドがいたから、ここにこうして今のぼくがいるんだって胸はっていいたいのに、そんな気持ちもどんな気持ちもきっと知らないんだ。
こんな人だけれど。
それでもぼくは、この人といる。やっかいだけれど、大変な時もあるけれど──
「エウル君。お茶は?」
思い出したように聞いてくるファラド。完全にはぐらかされっぱなしだ。
「わかったよ。パンも持って来るからちゃんと食べてね。少し待っていて」
ぼくは溜息をつくと、お茶をいれにいく。
台所で湯を沸かし、作り置いたパンにチーズを乗せて軽く焼きながら、あたためたポットに茶葉と湯をいれて、茶器もあたためておいて、お皿にパンを置き、盆の上にのせる。
「ファラド、出来たよ」
ファラドのそばに歩いて行くと、頭が微妙に揺れている。
その辺の机に一式おいて溜息をついた。
初めからやり直し──
すぐに眠ってしまうんだから。
ぼくは、選択を誤っているのかもしれないと思う。
でもやっぱりその間違ったほうを選んで選び続けてしまうんだろう。
今のぼくはそれを選ぶ。
途方もなく馬鹿かもしれないと思うけれどね。
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