陽だまりの傍らに

古部 鈴

文字の大きさ
上 下
6 / 6

しおりを挟む
    ◆
 ふうと息をついて気を取り直すと、
「すごい魔法使いとか魔術師って評判のファラドが、実はこんなだなんて……ぼくがそれを知ってるからばれないように、外に連れて行ってくれないんだね?」
 眉をひそめてファラドをみる。

 そんな様子もかわいらしいと言わんばかりに、にこにこしながら、
「エウル君は本当に冗談が好きですね。そのようなもののつもりはないのですけれどねぇ……そんな出来ることが魔法や魔術だけなんて、寂しすぎます。どうせなら色々なことがたくさん出来たほうが楽しいではないですか」

 わけのわからない御託が始まってしまった。


 そういう問題なのだろうか?

 そういう方面の話をあまりしてくれないファラドに業を煮やしても、いつだってはぐらかされてしまう。

 それとも、本当は本当にただの大ボケなのかもしれないけれど。


 ぼくは、そんな様子にも一生懸命食い下がる。
「名目助手は嫌だもの。名前だけって嫌だよ。余計に嫌だ」
「私にしてみれば、立派にエウル君は助手以上の働きをしてくれていると思ってますよ」
「だから、仕事を手伝いたいんだって」
「立派に仕事をしているでしょう?」
「ファラドの仕事を、だよ」
「十分してます」
 何もしてないのに、いつだってそういうんだ。

「じゃあ、魔法や魔術を教えて?」
「駄目です」
 やっぱりきっぱりと断られる。

「どうして?」
「………必要ないでしょう?」
 瞳の奥を探るように見てくるファラド。何を思っているのだろう。


「知りたいんだ」
 知っていればもっと何かが出来て、一緒にいて負担にならないより良い関係を築いていける気がするからそう言っているのだけれど。

 魔法とかを知ることの何がそんなにぼくに不必要だと思うのだろうか。

「……………エウル君。そんなものは知らなくても、生きて行けますよ」
 そりゃそうだろう。
 ないまま、知らないままに生きている人達が大半なのだから。

「ぼくは、ファラドを手伝いたいのに………何も出来ないより、出来たほうがいいじゃないか。ぼくには手伝える素質がない?」

 精霊とか妖精とか何も確かに見えないし、いる気配とか多分わからないし、だからファラドみたいには出来ないだろうけれど、それでも何か補助とかなんだろう、何か出来ることがと思うんだ。


「……それは私が出来るからいいのです。素質とか素質、そうですねぇ。エウル君は私の出来ないことがたくさん、それこそ山のように出来るじゃありませんか?」
 少し口篭った後、ファラドはそんなことを言い出す。

 ぼくはファラドに向き直り、
「何も出来てないじゃないか」
 と視線を合わす。

 彼は微笑みながら、
「何を謙遜しているのでしょうか? 掃除炊事洗濯諸々。才能なのでしょうね。そりゃあもう、いつだって関心しているのですよ。私には決して出来ません」
 うんうんとひとり頷いている。

 そんなことをぼくは言ってないのだけど。

「ぼくのいってるのは、そんなことじゃない。うーん、書物とか読めば体系とか何かわかるのかな」
「旺盛な勉学心ですね。感心します。妙な力なんてものはない方がと思いますのにね。でもそんな向上心があるからこそ、ついているエウル君の生活能力なのかもですね」

 なんでもちゃんと出来て本当すごいですよねと、しきりに頷いている。


 いつだって、そんなふうにだんだん話をそらされていく。




「なんだか、バカにされてるような気がする。ぼくだって、ぼくだって……」
「エウル君。私があなたをバカにするはずがないでしょう? 私はいつだって、君に感服しているのですから。むしろ尊敬に値すると思っています」
「ファラドは、みんな、みんななんでもごまかしてしまうんだっ! いい。ぼく………ファラドなんて、ファラドなんて……………」
「大好き、ですか?」
 ぷいとそっぽをむいて
「嫌いだよっ!」
 と強めに言う。


「そうですか? そう主張しなくてもわかっています。わかっていますから………私のこと大好きなんでしょ?」
 満面の笑みでぼくを見ながら、そうですよねと確信を込めた様子に反射的に
「違うっ!」
 と声をあげる。

 相対するファラドはそんなぼくの顔を見ながら、優しく微笑んでいて。
 こんなのばっかり。


 やっかいだけれど憎めない。
 見てなきゃなにするかわからない。そんな思いしながらはなれているよりそばでみているほうがいい。

「ずっと子供のまま、いてくださいね」
「そんなのできるわけないでしょ? 駄々をこねないでよ」
「大きい子に頭をなでなでなんてしたら、怒りそうですもの。大きくならないで欲しいです」
「お得意の魔法でもかけたら?」
「いやです」
「じゃあ、仕方ないじゃない」
 むちゃなことをむちゃと知っていながら言ってるんだ。そういう人だけれど。

 ぼくは、はやく大人になりたい。

 そうすればファラドだって、今は言わないことでも言ってくれるようになるかもしれないから。

 言いたくないことを無理にこじ開けるようにして、聞きたい訳じゃないけれど何かしたいんだ。もっといろんなことを。

 ──出来ることをしたい。役に立ちたい。


 ぼくはここに連れてきてもらって、よかったって思っている。それでなければ今のぼくはいないだろう。  

 ファラドがいたから、ここにこうして今のぼくがいるんだって胸はっていいたいのに、そんな気持ちもどんな気持ちもきっと知らないんだ。

 こんな人だけれど。


 それでもぼくは、この人といる。やっかいだけれど、大変な時もあるけれど──

「エウル君。お茶は?」
 思い出したように聞いてくるファラド。完全にはぐらかされっぱなしだ。

「わかったよ。パンも持って来るからちゃんと食べてね。少し待っていて」
 ぼくは溜息をつくと、お茶をいれにいく。

 台所で湯を沸かし、作り置いたパンにチーズを乗せて軽く焼きながら、あたためたポットに茶葉と湯をいれて、茶器もあたためておいて、お皿にパンを置き、盆の上にのせる。


「ファラド、出来たよ」
 ファラドのそばに歩いて行くと、頭が微妙に揺れている。
 その辺の机に一式おいて溜息をついた。

 初めからやり直し──
 すぐに眠ってしまうんだから。


 ぼくは、選択を誤っているのかもしれないと思う。

 でもやっぱりその間違ったほうを選んで選び続けてしまうんだろう。

 今のぼくはそれを選ぶ。

 途方もなく馬鹿かもしれないと思うけれどね。




  
       end
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...