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五
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ファラドの仕事は、いまいちよくわからない。たまに外出して何かして帰ってくる。
よくわからないのは、ぼくを連れて行ってくれたためしはないからだ。
どんなことをしているのか、聞いてみても、ごまかされてしまう。
そんな自分が情けないけど、ファラドの口がうまいと言うのか──巧妙というのかなんだかわからないけれど、気がつくと丸め込まれていて、やっぱりいつでもお留守番なのである。
助手にするには、そりゃ若すぎるかもしれないけれど、何かの役にたっていたいと思うのは、当たり前だと思う。
事実上の助けにはならないだろうけど、出来る程度ならしたいのに、宥め賺されてここで待機ばかりで。
──本当に、やはり何か悪いことでもしているのだろうかと勘ぐってしまう。
人間って、いろんな面があるものだといっても、こんなばらばらでおかしいものなのだろうか?
考えられない。だから違うんだと思う。
でもわからないぞ。まだまだファラドには何か隠されているようなそんな気がする。
ぼくの知らない何か。魔法とかあれこれ以外にもなんとなく。
じぃっとファラドを見る。見ていたら隠されたものまで見えたらいいのに。見えたら見えたで大変かもしれないけれど。
「エウル君。落ち着いてもいいのですよ」
ファラドはゆったりと語りかけてくる。
「本当にいい陽の加減ですね」
と、目を細めて窓の外を見遣る。
「眩しすぎるけどね。太陽の光が、本当に好きなんだね」
溜息まじりにぼくは言った。
初めの頃は確か月ばかり眺めていたと思う。
今思い出してみると、もっと無口で冷えたイメージの人だったかもしれない。前からやはり眠ったままの人だったけれど。
ただぼくが近くに来たら目を覚まして、確認されていたような覚えがあった気がする。どうだっただろうか。幼かったせいか、なんなのか、なんとなくその辺りの記憶はぼんやりしている。
──よくわからない。どうだっただろうか?
気がつけばいつの間にか今のファラドになっていた気がするけれど、もしかして自分で連れてきながら人見知りでもされていたのかな。
朧げな記憶の中、月はファラドに確かに似合っていた。
青みがかった黒い髪。白い綺麗な貌。月明かりの中、不思議な生き物のようで、触れていいのかさえわからなかったような気がする。青灰色の眼差しは、起きている時、ただ月を見つめていたように思う。
そんなお人が、気づけば今度は太陽──なんだかやっぱり両極端だ。
「本当に好きですよ。まるでエウル君みたいだから」
ぶっと吹き出しているぼくに、楽しげに目を細める。
「あたたかで、なんだか体の芯まで気持ちがよくなります。私のためにいつもここを居心地をよくしてくれるエウル君みたいだなってそう思うのが、何かおかしいですか?」
ふいうちに真顔でそんなこと言われてしまうと、隠せないくらい顔が赤くなる。
「うわぁ。真っ赤ですねえ」
手のひらで隠そうとしているぼくに顔を寄せて微笑みかける。
「ファラドのためじゃない。自分が嫌だからだよ」
真っ赤でうろたえているぼくを正面から見つめファラドは笑っている。
「淡い茶色の髪も光をほわっと優しく灯していて、きらきらした緑の瞳もこぼれそうに大きくて、頬どころか顔も耳まで真っ赤にして、本当かわいいですねぇ。エウル君は………」
ふんわりと優しく頭に置かれる手の感触。
この手はファラドのもので──大丈夫なもので安心していいんだと、それを好ましく思っていいんだと──
それとともになんとも言えないどうとも言えない気持ちが心を揺さぶられる。
どうしていいのかわからない。てれくさいような嬉しいような、触れていて欲しいような、早く離して欲しいような……
「やめてよ」
目を離して、視線をはずしてあわさないように俯くぼく。
ファラドは、今度はひんやりした掌をそっとぺたりとぼくの頬にあてた。
「やっぱり陽だまりのあたたかさですね」
と微笑む。
「そりゃ、子供の方がぬくいんだよ」
体温の高さはそういうものだろう。
ファラドは精巧な作り物のように、気がつけば見入ってしまうくらい本当にとても綺麗だけれど、生きていてちゃんと体温もあって。あたたかい。
ぼくよりは冷たいみたいだけれど──あたたかい。
面と向かって、ファラドが綺麗だなんて本人に伝えたりなんかはしない。思ってはいるけれど。
ファラドだから触れられて心地よく思うとか、絶対に伝えたりなんかしない。
「きっと君のだから、そう感じるんだと思うのですが………」
だんだん熱を吸収して温もっていくファラドの手。ぼくの熱が、ファラドに移っていく。あたためるように、一緒にあたたまるみたいに。
ふっと、ぼくの気持ちが触れている先からもれていないかちょっと心配になる。そんなのありはしないだろうけれど、ファラドだから、わからないかも──
「ひきませんねぇ」
と、もう片方の掌もおしあてている。
「ファラドっ!」
「あったかい……」
嬉しそうに顔を触っているファラドは子供がおもちゃ遊びをしているのと変わらないようなそんな感じがする。
ぼくはおもちゃじゃないけれど、どう思っているのやら。
「近くに陽だまりがあるっていいものですね」
にっこりと微笑む。
青灰色の瞳が細められる。頬をゆるめ、ぼくをただ見つめてくる。
毎回この微笑みにだまくらかされているようなそんな気分になるのは、ぼくの気の迷いなのだろうか。
「………………ぼくでいいよ。好きに勝手に遊んでればいいよ、もう本当に」
それ以外言えない。
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