陽だまりの傍らに

古部 鈴

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    ◆

 そんなファラドに、
「先に、着替えなよ」
 ずいっと服を突き付ける。

「エウル君は、本当にしっかりしてますね」
 ファラドはにっこり笑ってそれを受け取る。受け取りはしたけれど──受け取ったからって、素直に着替えてくれたことなんて一度もない。

 今まで、本当に一回もない。



「そんなの、模様でいいじゃありませんか?」

 ファラドはそういうお人だ。

 けれど、ぼくは嫌なんだ。
 だから、こうしてしつこくしているわけなんだけれど。

 ファラドは立ち上がると、服を戻すつもりなのか、歩きだそうとしてつまずいた。


「危ないっ!」
 ぼくがとっさに差し出した手をファラドはよけて床に転んだ。そりゃあ無理ないことなんだけれど、なんだろうけれど、ぼくはなんだか無性に腹が立った。


 子供の自分に。

 助けることもまともに出来やしないと思われても仕方ないのかもしれない、この小さなたよりない自分の体に。


 ファラドは体勢を整えてぼくをみて、よいしょっと体を起こした。

「気が抜けてましたね。危うくエウル君をつぶしてしまうところでした」
 と首を少し傾げて目線を合わせて笑う。
「………………………」
 必要のなかった自分の小さな手をひっこめ、俯きぎゅっと握りしめる。



「かわいいエウル君がぺしゃんこになったら、悲しいですからね」 
「魔法で、どうにか………ファラドっ! 魔法を使えばよかったんじゃないかっ」

 つい忘れていたけど、そんなの簡単に出来てしまう人だった。
 別に素直に転がる必要なんてなくて、本当はぼくが心配する必要もない人だった。

 でも、目の前でそんなのあったら全部忘れてしまっても仕方がないじゃないか。


「そうですね。痛い目をしないで済みますからね。でも大丈夫。そんなことで壊れませんから」
 そう言いながら、箪笥に向かい開けようとしているけれど、うまくあかない。

「おかしいですねぇ。開きません」
「服がなおされずに、着て欲しいっていってるのかもしれないよ」
「そうでしょうか?」
 ふうむと考えながら、元の位置に座ろうとして、今度は机を転がしかけてしまう。

 そのつもりはないのだろうけれど、どれだけものを少なくしても、何かするお人だ。

 あまりにあまりすぎて、わざとしているんじゃあ? って思うときもあるぐらいだ。わざとする意味もさっぱりわからないから、違うのかもしれないけれど。


「よいしょっと」
 と、椅子に座ると、ファラドは思いついたように口の中で何か言っている。

 耳を澄ますが聞き取れない。ファラドの嫌がらせだ。

 気づくと手にもっていた服が消えている。

 ──魔法なのかな。そうなのだろうけれど……。

「はい。終わりです。初めからこうすればよかったですね」
 はい、おしまいおしまいと笑う。



「違うでしょっ! なにするのさっ!」
「エウル君。まだまだ君は幼いし、そんなに急いで成長しようとしなくても、まだまだ子供でいいのですよ。賢しくあろうとしなくても、十分あなたは賢いですから、もっとゆっくりと、余裕をもって生きていてください。そうしないと早く老け込みますよ」

 ぼくは聞こえるようにと、大仰にため息をついた。 
「安楽椅子で、ゆったり静かに過ごしましょう………ね?」
 と、隣にある小さめの椅子のへりに手をかけた。


「ファラド、安楽椅子なんて名前のものシャレにも冗談にもならないよ」
「シャレや冗談ではありませんよ」

 何かそういう妙なことにならこだわる彼──なんだか残念そうに、椅子の縁を撫でている。そんなのにだまくらかされて、めげている場合ではない。

「気に入ってくれるんじゃないかって、だからここにありますのに……エウル君にさしあげようとつくりましたのに、私と一緒に一度も座ってくれもしないのですね………」


 そんなことを言う彼の表情は冗談とも本気ともつかない。もしかすると真剣にそう思っているのかもしれない。
 あり得なくもない。

 ちょっと頭のネジが飛んでしまっているかのような、演技とは思えないすごいことをしてくれる彼だから。

 そう思うとぼくは余計に頭が痛くなった。
 そしてファラドは視線を並べられた椅子の方にやって、溜息をついている。

 ぼくは手を止めてそれをじっくりと見た。


 あたたかな陽差しの中──

 大きな窓から外が一望出来るそんな場所におかれた椅子は、いつでもひとつ空席である。

 同じように窓の外を向いている木の椅子──出来上がって一度も誰にも座られたことのないことになっているものがある。

 それがぼくの椅子なのだ。

 それの座り心地が妙にいいのがてれくさい。
 座っているのを見て、きっと嬉しそうに陽だまりの中、微笑むだろうファラドを想像したらもっとなんだかな気持ちになる。

 見たいような気もするけれど、やはりなんだかてれくさい。


 ぼくは、ぼくの椅子とかぼくの部屋とかなんとかが欲しいって思うほど子供じゃない。ないんだけれど──なんだかほっとしてしまうのは何故なんだろう。

 自分の居場所っていうのか。そこにいてもいい場所というのか、望まれているのかなと思えるというのか。


 ゆるやかなカーブ。茶色い布張り。座り心地のよさそうな、実際いい椅子。

 自分が彼が見てる時には座るつもりがないから、きっとずっと彼のいる間は空席なまま。
 でも、もしここに他の誰かが来たら、別の人に薦めるのだろうか?

 ぼく用のぼくの椅子──

 見ている時に座る訳でもないのに、そんな気はないのに、ぼくのものと言ってくれて、ぼくののような気がするから、なんだか釈然としないのだろうか? なんて考えてしまって、ぶんぶん頭を振る。

「どうしたのですか? そんなに嫌ですか? エウル君に一緒に座ってもらおうと思って、せっかくおそろいにしましたのに……」


 そう、大きさは少し違うけど、同じ形の椅子が、並べられている。
「エウル君の成長にあわせて、椅子も大きさが変わるように作っていますから」
 無駄に、魔法の椅子らしい。魔法の安楽椅子。余計になんだか恥ずかしい。





 座っているところを想像すると、結構間抜けだと、ぼくは思う。

「ふたりで椅子を並べて、この陽の中、ひなたぼっこなんて……」
 椅子の縁に手をおく。

 ──いい手触り。

 しかし、ふたりでこの陽だまりの中、ひなたぼっこ。やはり、照れくさい。

 ぼくのためにつくられたもの。嬉しいような、でもなんだかやっぱり恥ずかしくなる。

「いい考えと、思いませんか?」
 にっこりと微笑む様子に、気がつくとそのまま頷いてしまいそうになっていた自分に気がつく。

 だめだだめだとぼくは首を横に振った。




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