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二
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◆
緑の森の奥、ちょっとした広場に、無造作におかれた少し古ぼけた二階建ての屋敷が魔法使いファラドの住処だ。
いつだったかの報酬で貰ったので適当に置きましたとか言っていた。
そういうでたらめさが、彼らしいといえば彼らしい。
二人暮らしにしては、家自体は広い。
部屋は幾らかあるけれど、ファラドが使っている部屋はこの窓開きっぱなしの部屋と、続きにあるらしいぼくには物理的に入ることが出来ない部屋、それくらいじゃないかな。
物理的にというか魔法みたいだけれど、ぼくは入れないからわからない。そこは物置扱いらしい。
ぼくが入れないから掃除とかもされていないと思うけれど、大丈夫なのだろうか? と危ぶんでいる場所だ。
まぁ大抵、家にいる時はこの今いる場所にファラドはいる。というか眠っている。
とても気持ち良さそうに。
とにかくこのぼくはファラドの養い子。どれだけ言ってみても弟子とかにはしてもらえない。
でも、もし──と、ぼくは思う。
ぼくにも魔法が使えるようになれたら、ファラドと同じものを見ることが出来るようになるだろうか? って。
そんな果てしない夢を見てしまうけれど、当のファラドは、どこまでも子供扱いだ。
これっぽっちも何も教えてはくれない。
──ぼくは思う。
こうして吹いている風が、ファラドにはどんなふうに見えているんだろう?
やはりそういうものにも精霊って存在しているのだろうか? 妖精とか、存在しているのではないのかな。この風にはいないのかな?
それは一体どんなふうに見えるのだろう? ぼくにはそういうものは見えない。
たまに、空に向かって何かを呟くファラドを見ると、ぼくにも同じように同じものが見れたらいいのにって思ってしまう。
なんだって小さい時から学んだ方がいいもののような気がするけれど、全く魔法とか何ひとつ、望んでも教えてくれない。学ぼうとしても許してもらえない。
火遊びみたいなことをするとでも思っているんだろうか? そんなにぼくは、分別がないわけではないのに、ファラドは一体ぼくのことなんだと思っているんだろう?
──同じものが見えれば、何か違うだろうか?
違うようにならないだろうか?
そんなふうに思ってしまうのが止められないのに。
きっとこんなこと思っているなんて、ファラドは思いもしないだろう。
わかりたいのにわからない人──
ぼくは溜息をつく。
ぜんぜん掴めないのは彼が一日のほとんどを眠り病みたいに眠り続けているせいだろうと思う。眠ってばかりいる相手の何がわかるだろう?
一緒に暮らしていて、何も知りませんっていうのもなんだか違う気がするし、なんだかこんな状態だと、置物と変わらなくて、なんだかぼくの仕事は眠り番のようで嫌なのに。
本当は寝ててくれた方が、めんどうがなくて、ぼくにはいいかもしれないけれど、存在感のある、形は綺麗な置物状態のファラドが嬉しいわけではない。
ぼくには、彼は眠るのが好きなんだってあたりまえのことぐらいしかわからない。
そりゃあ、起きているなと思って見ていたら、部屋を歩いているだけみたいなのに、周りの花瓶なんかと一緒に倒れてしまっていたりなんてことも、ほんの序の口ってことも知っている。
珍しく起きていても、ふと声が聞こえなくなったと思うと、眠ってしまっている。
そういうことならよくよく知っている。
でもそれだけが、ファラドじゃないだろうと思うし、中身っていうのか、なんかもっとこう、考えていること、思いや見ていることやなんか、そういう違うところが知りたいんだ。
──姿を見たら、中身がすっきり見えればいいのに。
わからないところがわかって、そうすればこんなに気にならなくてもいいかもしれないのに。
でも余計に分からなくなる可能性もあるし、見えれば見えたでやっぱり気になるだろう。やっかいなお人だ。
当のファラドは眠りの中の住人のまま、なかなか帰ってこないのに。
気持ち良さそうで、くつろぎ切っているように眠っているファラド。
どんな夢を見ているのだろう。
心地よさそうにしているのをみると、なんだか釈然としない反面、そこはかとなく嬉しくなってしまうから、ぼくはきっとどこかおかしいのかもしれない。
本当は本人にきちんとして欲しいけれど、でもそんなの、ぼくの勝手なんだろう。
どうしてようが、どう生きようがそれは本人の勝手だから。
でもならぼくも勝手にするし、勝手に思ったっていいんだ。
いいに違いない。
そうじゃなきゃやってれない。だからいいんだ。そう思うことにしてしまっている。
そりゃあ、ちゃんとしてくれるなら、くれるに越したことないと思うけれど、でもなんだかファラドじゃないみたいに思えるかもしれない。
そんなこと思うと、ぼくはファラドのやっかいな所が気に入ってるのかもしれないとも思う。そんなのないと思いたいけれど。
──気持ちって両方に揺れる。
だから、ぼくは眠っているファラドを見ると、なんだか無性に起こしてやりたい衝動にかられたりもする。でも、寝かしておいてあげたい気にもなって。
──ぼくの中の天秤はやっぱりどちらにも揺れる。
◆
眠っているファラドを、よく見ると髪に惑わされていたが、しっかり手に握り締めた茶器があって――嫌な予感どおり。ぼくがそのまま下をみると、白っぽい服に、不規則な模様が出来ていた。
――やっぱりだ。この人はっ!
お茶がまだ入っているということも忘れて、眠ってしまうものだから堪らない。
床にも何にも、自分の服が濡れていても、滴っていても気がつきもしない。
染みになっても、それをぼくが気づいて指摘したら面白い模様が出来ましたねと、笑っているようなお人だ。
「ファラドっ! 起きてよっ! こぼれてるだろっ!」
ぼくはしっかり握り締めている、白く細いでも自分より大きな手の指を一本一本丁寧にはがそうとしながら、声をかける。
「いつもいつも手間ばっかりかけてっ。もう知らないからね」
洗濯しても取れない時のほうが多いのは、ぼくが気がついていても、起きてくれなくて着替えてくれないからだ。本当どうにもなりゃしない。
「ファラドっ!」
本当に、ぐうたらだ。
ぼくは木目の美しい箪笥の方へ足をむけて、その少し開けにくいひきだしの中からファラドの服を取り出した。気になるんだから仕方がない。
――でも、本当になんでこんな人なんだろう?
ぼくは溜息をついた。
緑の森の奥、ちょっとした広場に、無造作におかれた少し古ぼけた二階建ての屋敷が魔法使いファラドの住処だ。
いつだったかの報酬で貰ったので適当に置きましたとか言っていた。
そういうでたらめさが、彼らしいといえば彼らしい。
二人暮らしにしては、家自体は広い。
部屋は幾らかあるけれど、ファラドが使っている部屋はこの窓開きっぱなしの部屋と、続きにあるらしいぼくには物理的に入ることが出来ない部屋、それくらいじゃないかな。
物理的にというか魔法みたいだけれど、ぼくは入れないからわからない。そこは物置扱いらしい。
ぼくが入れないから掃除とかもされていないと思うけれど、大丈夫なのだろうか? と危ぶんでいる場所だ。
まぁ大抵、家にいる時はこの今いる場所にファラドはいる。というか眠っている。
とても気持ち良さそうに。
とにかくこのぼくはファラドの養い子。どれだけ言ってみても弟子とかにはしてもらえない。
でも、もし──と、ぼくは思う。
ぼくにも魔法が使えるようになれたら、ファラドと同じものを見ることが出来るようになるだろうか? って。
そんな果てしない夢を見てしまうけれど、当のファラドは、どこまでも子供扱いだ。
これっぽっちも何も教えてはくれない。
──ぼくは思う。
こうして吹いている風が、ファラドにはどんなふうに見えているんだろう?
やはりそういうものにも精霊って存在しているのだろうか? 妖精とか、存在しているのではないのかな。この風にはいないのかな?
それは一体どんなふうに見えるのだろう? ぼくにはそういうものは見えない。
たまに、空に向かって何かを呟くファラドを見ると、ぼくにも同じように同じものが見れたらいいのにって思ってしまう。
なんだって小さい時から学んだ方がいいもののような気がするけれど、全く魔法とか何ひとつ、望んでも教えてくれない。学ぼうとしても許してもらえない。
火遊びみたいなことをするとでも思っているんだろうか? そんなにぼくは、分別がないわけではないのに、ファラドは一体ぼくのことなんだと思っているんだろう?
──同じものが見えれば、何か違うだろうか?
違うようにならないだろうか?
そんなふうに思ってしまうのが止められないのに。
きっとこんなこと思っているなんて、ファラドは思いもしないだろう。
わかりたいのにわからない人──
ぼくは溜息をつく。
ぜんぜん掴めないのは彼が一日のほとんどを眠り病みたいに眠り続けているせいだろうと思う。眠ってばかりいる相手の何がわかるだろう?
一緒に暮らしていて、何も知りませんっていうのもなんだか違う気がするし、なんだかこんな状態だと、置物と変わらなくて、なんだかぼくの仕事は眠り番のようで嫌なのに。
本当は寝ててくれた方が、めんどうがなくて、ぼくにはいいかもしれないけれど、存在感のある、形は綺麗な置物状態のファラドが嬉しいわけではない。
ぼくには、彼は眠るのが好きなんだってあたりまえのことぐらいしかわからない。
そりゃあ、起きているなと思って見ていたら、部屋を歩いているだけみたいなのに、周りの花瓶なんかと一緒に倒れてしまっていたりなんてことも、ほんの序の口ってことも知っている。
珍しく起きていても、ふと声が聞こえなくなったと思うと、眠ってしまっている。
そういうことならよくよく知っている。
でもそれだけが、ファラドじゃないだろうと思うし、中身っていうのか、なんかもっとこう、考えていること、思いや見ていることやなんか、そういう違うところが知りたいんだ。
──姿を見たら、中身がすっきり見えればいいのに。
わからないところがわかって、そうすればこんなに気にならなくてもいいかもしれないのに。
でも余計に分からなくなる可能性もあるし、見えれば見えたでやっぱり気になるだろう。やっかいなお人だ。
当のファラドは眠りの中の住人のまま、なかなか帰ってこないのに。
気持ち良さそうで、くつろぎ切っているように眠っているファラド。
どんな夢を見ているのだろう。
心地よさそうにしているのをみると、なんだか釈然としない反面、そこはかとなく嬉しくなってしまうから、ぼくはきっとどこかおかしいのかもしれない。
本当は本人にきちんとして欲しいけれど、でもそんなの、ぼくの勝手なんだろう。
どうしてようが、どう生きようがそれは本人の勝手だから。
でもならぼくも勝手にするし、勝手に思ったっていいんだ。
いいに違いない。
そうじゃなきゃやってれない。だからいいんだ。そう思うことにしてしまっている。
そりゃあ、ちゃんとしてくれるなら、くれるに越したことないと思うけれど、でもなんだかファラドじゃないみたいに思えるかもしれない。
そんなこと思うと、ぼくはファラドのやっかいな所が気に入ってるのかもしれないとも思う。そんなのないと思いたいけれど。
──気持ちって両方に揺れる。
だから、ぼくは眠っているファラドを見ると、なんだか無性に起こしてやりたい衝動にかられたりもする。でも、寝かしておいてあげたい気にもなって。
──ぼくの中の天秤はやっぱりどちらにも揺れる。
◆
眠っているファラドを、よく見ると髪に惑わされていたが、しっかり手に握り締めた茶器があって――嫌な予感どおり。ぼくがそのまま下をみると、白っぽい服に、不規則な模様が出来ていた。
――やっぱりだ。この人はっ!
お茶がまだ入っているということも忘れて、眠ってしまうものだから堪らない。
床にも何にも、自分の服が濡れていても、滴っていても気がつきもしない。
染みになっても、それをぼくが気づいて指摘したら面白い模様が出来ましたねと、笑っているようなお人だ。
「ファラドっ! 起きてよっ! こぼれてるだろっ!」
ぼくはしっかり握り締めている、白く細いでも自分より大きな手の指を一本一本丁寧にはがそうとしながら、声をかける。
「いつもいつも手間ばっかりかけてっ。もう知らないからね」
洗濯しても取れない時のほうが多いのは、ぼくが気がついていても、起きてくれなくて着替えてくれないからだ。本当どうにもなりゃしない。
「ファラドっ!」
本当に、ぐうたらだ。
ぼくは木目の美しい箪笥の方へ足をむけて、その少し開けにくいひきだしの中からファラドの服を取り出した。気になるんだから仕方がない。
――でも、本当になんでこんな人なんだろう?
ぼくは溜息をついた。
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