陽だまりの傍らに

古部 鈴

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     ◆


 ──今日も小さな訪問者達はたくさんいそうだ。

 扉越しに、鳥の囀りと羽ばたく音が耳に聞こえてくる。

 頭が痛い思いに駆られながらも、ぼくは二階のある部屋の扉を数回叩いた。

 だが、返答はいつも通りにない。

 ぼくは、やるせない思いに駆られながら、扉に手をかけ、力を込めて思い切りよく開き、足を踏み入れた。



 大きく開いた窓から、差し込む昼の陽の光が目に眩しい。

 使われていない乳白色カーテン。部屋の内装も白っぽいから、余計にそう見えるのかもしれない。

 眩しさに手をかざし、目をすがめて前を見ると、ぼくの出現に驚いたのだろう鳥達の影が、大きな窓の外へ、光を受けて輝く柔らかな新緑の樹々を越え、澄み渡る青空へ向けて、飛翔する。

 その訪問者達の去り行く軌跡をぼくは見送り、ひとつ大きく溜息をついた。


 ──やってられない。

 大きな窓はいつでも開きっぱなし。その辺にパンとかの食べ忘れが置きっぱなし。啄み放題。
 それはもう、鳥達に入ってこいっていってるって思われても仕方がないだろう。


 今はいなかったみたいだけれど、もう慣れたヤツなんかは、ぼくが入って来ても逃げもしない。

 扉を開けたぼくを確認して、綺麗な声で囀ったり、そのへんに置きっ放しのパンとかを啄んでいたりする。

 そんな姿をかわいらしいと、つい頬をゆるめてしまう反面、後始末が大変だ。

 鳥達がちらばらせてくれた食べ物とか、もう固まってしまった糞とか、抜けた羽毛とかやらが、そこかしこに引っ付いている状態を、そのままにしておくのは、やっぱり人の住まいと思うとダメに思える。

 ここは人の住処であり、部屋の中だ。



 ぼくはカーテンに手を伸ばして、少し窓を覆い、ざっと、目につく範囲を片付けはじめた。


 そして、ふぅと大きく息をつく。

 自然と視線が向いた方向には、椅子が並んである。

 ぼくは部屋にふたつあるうちのひとつ、背もたれがゆるやかに傾斜した、脚の底が弓なりで上下に揺らすことが出来るようになっている木の椅子に、目をやった。  

 そこには風に青みがかった長い黒髪を遊ばせ、我関せずとばかりに、ゆったりと深く腰掛けている、ぼくの養い主、ファラドがいる。


 窓から穏やかな風が吹き込み、カーテンが揺れる。

 それは、ファラドの長い髪をさらさらと揺らしてぼくを撫でて去って行く。

 手を伸ばしても擦り抜けてゆく風は、当たり前だけど掴もうとしても掴めない。
 触れようとしても、さらりとかわされているようにも思える。
 風としての存在はあるというのに。
 あるのにないみたいに──

 


 ぼくは彼の方へ近づき、溜息をひとつ、大きくついた。

 ちらりと、ファラドの横顔をみる。形良い瞼に縁取られる睫毛。通った鼻筋。白磁のように滑らかな肌。
 見惚れてしまうくらいに顔立ちは綺麗なのだけれど……。

 ぼくは肩をすくめた。

 鳥達が部屋に入ってきて囀っていても、聞こえていない。ぼくが入って来たことにも気が付かない。物音を立てて片付けをしていても、反応はない。

 そう、彼は眠っているのだ。
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