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ありえないです

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      ◆

「来たのか、ネストレア」
 少し不服そうに、白い制服姿の麗しいネストレア様にお声をかける殿下。
 
 来たのかが、邪魔するなに聴こえる気がすることは気のせいでしょうか?

 そのことに、ネストレア様も気づいたのか、一瞬微かに眉を顰めたように見えました。

「わたくしがお聞きしていることは、そちらの令嬢についてです」

 ぱちりと扇を胸元で閉じて、殿下におっしゃいます。

 格好がいいです。

 美しくも凛々しく、麗しい。何故、こんな方が婚約者ですのに、何故殿下は目移りされるのか。理解が出来ません。

「アレリーヌ、アレリーヌ・フィナン男爵令嬢だ、どうだ? 愛らしく美しいだろう。私の運命だ」

 何をおっしゃるのでしょうか? 

 ご自分の婚約者の前ですのに。

 私は内心頭を抱えました。駄目です。このお方、駄目駄目です。

「殿下、軽々しく運命などというお言葉を使われることは、どうかと。殿下、殿下はこの国の第三王子なのです」

 婚約者に面と向かって、しかも王子殿下が、別の女性を運命と言われる。
 表情は崩してはいらっしゃいませんが、扇を持つ白く細い指に、幾ばくかの力が込められている様が、見えてしまいます。

 最早内心お悔やみしか申し上げる事が出来ません。

「今から殿下にお伝えしたいことがあるの。よろしいかしら?」
「承りました。私はこれにて失礼させていただきます」
 おふたりに礼をし、ゆっくりとおそばから離れていきます。

 わからないように気持ち、ネストレア様に目礼をと思ってましたら、気付かれてしまい、ほんの少し苦笑され、目線で早く行くように促されました。


 逃がしてくださるありがたいお方。困っていることに気づいてくださったのでしょうか。
 
 あの殿下にはもったいないです。かなりもったいないです。
 


 小説では悪役令嬢とのことでしたが、その中身も、おっしゃることは至極当然で、ヒロインが王子様にお声をかけられたとはいえ、馴れ馴れしくお話をしていれば、もちろん苦言は当然かと思います。
 しかも婚約者がいる相手とわかっていて、近づくなんてあり得ません。

 ひどいことをなど書かれてましたが、無邪気に殿下と上位の公爵令嬢との間に、亀裂をうもうとするヒロインの方がひどいと私は思います。

 悪意がないから許されるという訳でもありません。

 学院がどれだけ平等を謳っていたとしましても、学院内はであり、一歩出てしまえば階級社会、恐ろしいことになります。
 出なくても、察した方々の動きも恐ろしいですし。

 天上人、本人も、周りも恐ろしいです。

 周りの思い込みも、その噂も、悪意の種も意識無意識に芽生える前に、駆除が一番です。

 芽吹き、花開いている段階までいくと、事は大事ですし。

 危うきには近づかず。

 私は近づかずを徹底していましても、不意打ちにきらきらした方々が巻き込みにきます。巻き込み事故はどうかお許し願いたいですが──

 私は心の中では何を考えていても、気取られたりしないならいいかと自分に許しています。
 そうでなければ、ひたすら避けているにもかかわらず嫉妬されたりする我が身が、なんとも言えないですから。



 なるべくゆっくりと、制服のスカートの裾を揺らさない程度で、それでいて気持ちは早く早くと殿下達から離れていきます。

 待てとか聞こえる気もしますが、聞こえません。

 もう遠くて何も聞こえないです。殿下と思いながら、なるべく早く離れていきます。




 緑が見たかったのか、癒しが欲しかったのか、つい無意識に遠く離れた庭園へと足を進めていくと、
「……アレリーヌ嬢、だ、大丈夫か?」
 私の名を呼ぶ素敵なお声が聞こえました。
 
 ふっと目の前に現れたラフィラス様に、私の心は浮き足立ちました。
 私のことを気にかけてくださっているのでしょうか?

 
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