なんでこんなことに

古部 鈴

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五. かなわない

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    ◇
 どう考えても俺を愚弄しているとしか思えない奴の元に、囚われの身だ。

 奴に子猫と呼ばれる屈辱。呼ばれても仕方ないのではないかと思われるほどの無力さ。

 自分の中の何かががりがりと削られていく音が聞こえてくるようだ。この小さな体と僅かばかりの魔力では、話にもならない。



 どこかに何か綻びはないかと奴の結界を気づけば眺めている。
 ないだろうものと直感で理解していても探してしまうことをやめられない。

 精密に構築された堅固な結界は、とても破れそうにもない。力技は勿論、構成の隙を見つけることなど出来そうにもない。
 見事すぎて忌々しい。こんな結界を蚊帳だと言い張る奴もどうかと思う。
 

 先日は言うに事欠いて、あなたの縄張りは庭園のここまでですといけしゃあしゃあと宣った。

 誰が子猫だと言えば、子犬がよかったですか? 迷ったのですけど、とか世迷いごとを宣う。

「子猫」
 奴の隙をつこうと部屋に忍び込むと、奴の手が伸びて俺を捕まえた。

 白い寝着姿だろう奴にあっさり捕まった。寂しがりやさんですねと抱き込まれ、寝台に連れ込まれる。

 暗がりの中、魔力で作られただろうほのかな灯りが付近を漂い照らす。

 勿論隙はない。 

 奴は寝台の上から逃げようとする俺を軽く抱き寄せ、共に横たわった。
「何をする!」
「夜も更けています。眠りましょう、子猫」
 俺はふかふかした寝台の上で幼子のように寝かしつけられようとしている。
「放せ!」
 体をねじるが、傍目から見れば、ただ子供がむずかっているようにしかみえないだろう。忌々しい。どうにもならない。

 子供の体に精神が引きずられているのか、ただ無闇に力を使い疲れているのか、あたたかい上掛けを体に被せられて、奴に抱き締められ、ふっと意識が離れていきそうになる。

 屈辱だ。

 動きに合わせ、光を弾くような白銀の長い髪がさらさらと流れる。幻惑されそうだ。
 俺はぐっと目に力を込め、奴を見た。

 端麗な貌に差す影。俺を見る青紫の双眸に宿る光が不思議と柔らかく見えるのは光線の加減か、気の迷いだろうか。

 衣擦れの音とあたたかい感触、気に食わないが悪くもない爽やかで柔らかな匂い。

 背中を軽く叩かれる感触。

 次第に閉じていく瞼を無理やり開こうとして、力を込める。ぼんやり見つめた奴の姿は薄明かりのせいか妙に儚げに見える気がして──目に見える微笑みがなんだか不安定に見えて。
 ふと手を伸ばそうとするとその手を捕まえられて、握りしめられる。

 ──何なのだろうか?

 とても大事なもののように、触れられているかのような感触がする。

 気の迷いだろう──けれど……

 体に触れるあたたかな感触。刈り取られそうな意識。

 こんな無防備な状態を晒す訳にはいかない。晒したくはない。なのに──


 朦朧とする。瞼が重い。とろとろと意識が落ちていきそうになる。

 底へ底へと落ちていくように。底が見えない暗い底へ。

 ──争いきれない……だが…………

 そこを意地でもそんな自分を許さないと身を起こそうと内心足掻く。


 動けない。

 奴だろう、優しい手つきで髪を撫で梳かれる感触。そばで口ずさまれる美しい旋律。

 流れるような抑揚の、心地よく耳に響く、どこか懐古的で甘く囁くような歌声──

 いつか聞いたことがあるような気もするが、わからない。
 何かわからないかと耳を澄ませていると、ふと途切れそうな意識の淵、ぼんやりと何かが見える気がした。

 ──何か大切なもののような気がして、必死で手を伸ばそうとする。

 誰かなのか。白くぼやけていて顔も姿もよくわからない。掴めそうで、掴めない。

 何なのか、夢か現か………失った記憶なのか…… 忘れてしまった想いか……
 
 届かない手。何を掴もうとしているのかすらわからないまま……
 薄れてゆくそれに、手を伸ばそうとする。

 だが、そっと軽く、歌に合わせるかのように体を撫でるように背をたたく手の優しい感触が、俺の意識を刈り取る。
「……おやすみなさい」

 ふっと光が消える。


 次第に体から力が抜けて……意識がより手の届かない遠くへ、加速度を増して落ちていく…………





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