知らない不思議な感覚

古部 鈴

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大事なもの

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     ◇

 魔物様は、ルーファルと名乗った。魔物様と呼ばれるより、名で呼ばれたいそうだ。

 そういうものなのだろうか? 名のなかった私にはよくわからない。

 私には、彼からシユラと名をもらった。気に入らないなら自分で付け直せと言われたけれど、せっかくルーファル様につけてもらった名だ。気に入らないはずがない。

「いただいた名前、気に入りました。ありがとうございます」
 そう言うとルーファル様は鼻を鳴らした。
「気に入ったならいい」

 相変わらずのフード姿。中はどうなっているのかわからない。気にならない訳ではないが、本人がフードを取らないならそれはそういうものだと思うことにしていた。

 
 ──今は、贄であった時とは全く違う時を過ごしている。

 美味しいもの。清潔な環境。今までとは違う綺麗な衣服とかもルーファル様は用意してくれた。

 色々な知らなかったこと──最近は鏡というものの前に立たされた。
 初めてそれをみた時、自分とは別の生き物がそこに映っているみたいに見えてびっくりした。隣にはルーファル様が一緒に映っているから、やはり自分なのだろうかと、鏡に手を伸ばすと、鏡の中の私も私に手を伸ばしてきた。

「これが私ですか?」
「そうだ」
 白銀の髪は長いから自分でも知っていたが、白い肌に大きな紅の瞳の人物が、びっくりしているような表情で鏡の中に映っていた。
 全体的に眼以外は白っぽい。今日は白っぽい衣服を着ていたからよりそう見えるのかもしれない。

 ゆっくりと鏡の中のルーファル様の手が動いて、私の頭に置かれた。フードを目深に被っていてもちゃんと目測を誤らない。

 実はこっそり私はシーツをルーファル様のように頭から被ってみたこともある。
 どんな感じだろうと試してみたけれど、全然何も見えなくて首を傾げたくらいだ。同じように歩いてみようとしたら、よく見えなさすぎて転びそうになった。
 どうやって歩いていたりみているのだろう?



「シユラ」
 ルーファル様の心地よい声に名を呼ばれる感覚。
 ルーファル様のふんわりと撫でてくれる手の感触。
 私の好きなものになった。好きなものってあるだけで、なんだか胸の奥があたたかくなるようななんとも言えない気持ちになる。

 特にゆっくり頭を撫でてくれることは、たまにしてくれるようになった好きなことだ。

 初めはよくわからなかったが、してくれるうちになんだか嬉しい気持ちと心地よさでつい目を閉じてしまう。

 これも感じたことのなかったものだ。


 今は鏡の前。ちらりと見てみると、ルーファル様の大きな掌が私を撫でる様子が鏡に映って、少し面はゆい。

 でもこみあげてくる何か。嬉しくて、どんな表情で受け入れるものなのかわからない。

 増えていく好きなこと──
 増えていくルーファル様との時間。心地よくて、嬉しくて、それでいて照れくさいけれど、大事なものだ。


               
      end
 



 
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