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被害者
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◆
あの時ふっと現れた自称魔法使い。
オレはそいつに訳のわからない方法で、ほぼ根こそぎ魔力を奪われてしまった。
妖魔の君として、並みいる妖魔を力で従えていたこのオレが、この様とは。
妖魔としてのオレの誇りは、もうずたずただ。
「オレ、妖魔失格だよな。ああ失格だろう。失格だ。もうダメなのかも。駄目だよな、駄目駄目だ……」
と、ため息混じりに独言を漏らした。
大きな木の陰で、オレは膝を抱えてペタンと地面に座り込み、項垂れ思索にふける。
――まさか、こんなことになるなんてな。
想像すらつかなかった。するはずもない。妖魔として生じたオレがあり得るなんて思いもしなかった未来だ。
一体こんな場所に、籠の鳥となり果てて、どれだけの時が経ったのだろうか?
ただただ茫然と抜け殻のようになっていた時期も長い。
いや、今も抜け殻のままだろうか?
ある日、ふらりと現れたヤツをオレは探知し、馬鹿なヤツだと、からかい半分に目の前に降り立った。
そいつは、銀髪青紫の瞳の作り物めいた端正な顔立ちで、背はそこそこ、特に強そうな体躯にも見えなかった。
ただ、妙な違和感を感じ、首をひねったが、所詮ただの玩具である人間だろう。特に問題はない。過去のオレはそう軽く見ていた。
なんとなくおかしな雰囲気はしても、まさかそいつが力を極限まで抑えていたなんて気づかなかった。
ただうかつにも迷い込んできたのだろうそいつをせせら笑い、どう遊んでやるか考えていたくらいだ。
まさか、そんなヤツがオレの魔力を奪い去るなんて想像もしなかった。それもほぼ空に近い状態までだ。
本当に訳がわからないデタラメさでだ。
力勝負をしたわけですらなく、それでも強引に魔力を奪われた。消滅を危惧したが、ぎりぎり僅かな魔力のみ残され、体はそれのせいかかなり縮んだ。
縮んだ体。衝撃を隠せなかった。
さらに屈辱的なことに、ひょいとそのままヤツに抱き上げられて連れ去られ、こんなところに閉じ込められて、今に至る。
――最早帰る場所も失ってしまった。
もう帰れない。もう戻れない。こんなふうになってしまった自分には帰る力もない。
こんな力ない存在が、自分だなんて……
ただの恥さらし。
いい笑い者だ。
――奪い返さなければ帰れない。
だがもし奪い返せても、汚名はそそげない。
一度でも、力を奪われてしまったのだ。
そのことは変えられない。
オレがいなくなったことで妖魔達が争い、既に誰かが妖魔の君として、そこにおさまっただろう。もうそれを奪還する力はない。
帰ることすら出来ないのだから……。
ぐっと拳を握りしめる。
何の魔力もそこには籠らない。ただのなまっちろい小さな拳だ。
それを見つめながらオレは顔が歪むことが止められなかった。
力がない、その事実を何をしていてもしようとしていても、常に突きつけられる屈辱。当たり前に出来ていたことが当たり前に出来ない。
自尊心は粉々に成り果てて久しい。
いまや存在する力とほんの少しの力が残っているだけなのだ。
――なんて無力なんだ……。
妖として生じた時から纏っていた魔力がない。とても心許無い。喪失感。頂点から転げ落ち、いまや底辺以下となりさがった小さな力ないこの体。
「失格かもな……ああ、失格だ…………」
うつろに空を見上げるが、のどかに青空が広がるばかりでより憂鬱になった。
今囚われているこの空間は、ヤツの固有結界か何かだろう。おそらく界をまたがなければ帰れないと思う。その程度はない力でもわかった。
外界と変わらない世界。いかほどの広さか、今も広がっているのか、わからない。そしてこの空間に作り物めいた違和感はない。
しかもここには笑えないことに、同じような境遇の者が集められている。
そう、ヤツは力を奪った者などをここに連れてきて後は好きに暮らせと放っていく。ヤツはそれが親切のつもりらしい。
大抵、ここに連れてこられたばかりの被害者は茫然自失としている。
当たり前にあったものがなくなる、そんなことに理解がついてこないのだ。世話に慣れたものが取り仕切っていたり、聞き取りをしたり住まいを与えたりしているようだ。
その対応は慣れたもののようで、放っておいて欲しいなら、存在することが出来る範囲はそのままにもしていてくれる。
外界では敵対しているはずの連中や、その他諸々の力や何かを奪われ連れてこられたもの同士(被害者は多いのだ)、意気投合してしまうことも多いようだ。この現実はなんともいえないものがある。
オレは興味もないから、どれくらいここに住人がいるのかもよくわからない。
様々な種別を越えた存在達がここにはいる。被害者として。
ヤツはそれだけしでかしているということだろう。確信犯じゃないか。
はぁと大きく溜息をついた。
気づけば影は移動して、ひだまりの中だ。
今の力ない体に、眩しい日光――それがこの身にあたたかく心地よく、そう感じるような気がすることが、なんとも不思議な気分である。
そして外界と同じく暮す小動物。かしましくも儚い生命たちが、愛らしく見えるような気がしてきて。それが、我ながら奇怪でろくでもなく思える。
くだきつぶして愉快痛快と笑っていたもの。
それ達が今はそうでもなくて、だんだん好ましくいとおしく思えてくるようななんて、最早妖魔としてのアイデンティティーすら見失いそうだ。
もうとうの昔に見失っているかもしれない。
「あーあ、なんて遠いところまで、きちまったんだろう? サイテーだ」
懐をそっと両の手で軽くさすりながら、呟いた。
◇
森にざわめきがはしる。
力の気配が濃厚になってきた。
知り過ぎるほど知っている邪悪の権化。
道々にいる者たちの様々な恨みや怒りや悲しみの視線を声を、まるで見も聞こえもしないかのように、涼しい顔をしてそこにいるひとりひとりに気まぐれに声をかけ、厚顔無恥にも挨拶していく、自称魔法使いの登場である。
「こんにちは、妖魔の君。あらあら、元気がありませんね」
長い銀の髪を風に流して、ムカムカするほど力のある存在として、そこにいる魔法使い。
確かに力があるだろーよ。オレの力を吸いとったんだぜ。ないはずがない。
オレはすっくと立ち上がり、ぐっと拳を握り締め、大声でわめいた。
「キサマっ! オレさまの力、返しやがれっ!」
「元気になってよかったです。心配していましたよ」
いけしゃあしゃあと、心配なんて言葉を使う極悪党。
ヤツがほざくには、呪文を唱えた時に自然とオレの魔力が自分の中に入って来ましたとか言っていた。
なんていう言い草だろうか。他の被害者達も似たり寄ったりな話をしているのを漏れ聞いている。
意味がわからない。
何の呪文だ? 力を奪うような呪文なのか? と聞けば、手のひらに水を溜める程度の簡単らしい呪文を唱えてみていたと言う。
苦手なので人のいないところで練習していただけだと。
身振り手振りで、いや思うだけで魔法が使えるので、困りはしないが、たまに練習に唱えては失敗していますとか。オレはここにいる者達は、たまたま呪文を唱えていたヤツの近くにいて失敗の犠牲になったらしい。
特に誰かに聞こうとしなくとも、嘆いている者達がそこかしこで垂れ流しているのだ。聞く気がなくとも皆似たり寄ったりな話をしていることは聞こえてくる。
「おや?」
ヤツはオレに近づいてくる。
嫌な予感がして、身を引こうとしたオレを、魔法使いは、身振りでひとつで動けなくして、懐をひょいと覗きこんできた。
「ぴぃ」
小さく鳴いて、驚いたのか茶色い雛鳥が飛び出てくる。まだ羽も揃っていないそんな雛だ。無論飛ぶこともまだ出来ない。
地面に巣から落ちたのか拾った時は小さくて腹の足しにもならないし、踏みつけるかと思ったがオレの顔をつぶらな目が見てぴぃと鳴いた。
逃げ惑うこともなくオレを見つめて、擦り寄ろうとする小さな生き物。つい保存食だと自分に言い訳しながら懐に入れてしまって、気づくと餌を探してやったり世話をして今に至っていた。
そんな小さな生き物――オレの懐からそのまま落ちて行こうとする鳥を、ヤツはうっすら笑ってみている。
オレは慌てた。飛べるならいざ知らず、まだコイツは飛べない。まだとてとて歩くのがやっとくらいなのだ。
「おいっ! コイツを殺す気か?」
手も足も動かないオレは顔を蒼白にさせた――が、ヤツがひょいと手をあげると、ふんわりと茶色の雛は浮かび上がり、動けないオレの手の中に落ちた。
ひくっと顔を引きつらせているオレに、ヤツは微笑みを浮かべた。
「雛鳥ですか。かわいいですね。すっかり懐いていますね。あなたを怖がりもしません」
雛は何事もなかったように、オレを見上げてぴぃと鳴く。
そのうえ、手の中で羽繕いなんてものをいっちょまえにして、こわがるなんて微塵もなさそうな様子である。
「そうだよ、オレ、妖魔なんだよな? こんなヤツ、そうだよオレさま、妖魔じゃねーか? なんで、オレが、このオレさまが」
ふと我に返る――が、雛をみているうちに、やっぱりまた。それなりの愛着を覚えてきているから不思議である。
信じきっているような丸いつぶらな瞳。触れるとあたたかでほわっとしていて柔らかい小さな生き物。
顔がほころんできそうな顔をひきしめる。手をひねりつぶすためではなく、たたき壊すためでもなく撫でてやるために持ち上げようとして、体の自由がきかなくなっていたことに気づいてある意味ほっとしていると、青紫の視線が注がれていることに気がついた。
「なんだよっ!」
「私はあなたのこと、気に入っているのですよ。らしさのなくなって壊れ果てた妖魔は初めてです」
「壊れてねーぞっ! 壊れてなんか、オレは、キサマを喜ばせたりなんかしねーんだっ!」
「ぴぃ」
手の上でオレを見つめて鳴く雛鳥。
「かわいいですね」
そんなオレと雛鳥を笑って見つめている。微笑ましそうに。より腹が立って仕方ない。
「妖魔の君が元気そうでよかったです。うまくやっているようで安心しました」
「キサマに言われる筋合いはない!」
「ですが、私がやらかして連れてきてますから、気にはしています」
「なら、力を返して元の場所に戻してくれ」
「力は戻りません。試しに呪文唱えてみましょうか?」
オレの顔は蒼白になった。
「無闇にキサマは呪文を唱えるな」
ヤツの呪文はどんなことが起こるかわからないびっくり箱だ。危険すぎる。
「呪文でこうなりましたし、呪文ならもしかするといつかはどうにかなるかもしれません」
気軽にそう言うと、何にしようかなと考えだした。
オレは慌てて制止する。
「唱えるな! 唱えないでくれ」
「やってみないとわかりませんし」
「オレで試そうとするな!」
「返してほしいというので、お望みでしたら、ちょうど練習にいいかなと思いまして」
そういうヤツである。オレはがっくりと肩を落とした。
「うまくいく気が全くしないわ!」
オレの言葉にヤツは笑っている。
憎々しくて仕方がなかった。
end
あの時ふっと現れた自称魔法使い。
オレはそいつに訳のわからない方法で、ほぼ根こそぎ魔力を奪われてしまった。
妖魔の君として、並みいる妖魔を力で従えていたこのオレが、この様とは。
妖魔としてのオレの誇りは、もうずたずただ。
「オレ、妖魔失格だよな。ああ失格だろう。失格だ。もうダメなのかも。駄目だよな、駄目駄目だ……」
と、ため息混じりに独言を漏らした。
大きな木の陰で、オレは膝を抱えてペタンと地面に座り込み、項垂れ思索にふける。
――まさか、こんなことになるなんてな。
想像すらつかなかった。するはずもない。妖魔として生じたオレがあり得るなんて思いもしなかった未来だ。
一体こんな場所に、籠の鳥となり果てて、どれだけの時が経ったのだろうか?
ただただ茫然と抜け殻のようになっていた時期も長い。
いや、今も抜け殻のままだろうか?
ある日、ふらりと現れたヤツをオレは探知し、馬鹿なヤツだと、からかい半分に目の前に降り立った。
そいつは、銀髪青紫の瞳の作り物めいた端正な顔立ちで、背はそこそこ、特に強そうな体躯にも見えなかった。
ただ、妙な違和感を感じ、首をひねったが、所詮ただの玩具である人間だろう。特に問題はない。過去のオレはそう軽く見ていた。
なんとなくおかしな雰囲気はしても、まさかそいつが力を極限まで抑えていたなんて気づかなかった。
ただうかつにも迷い込んできたのだろうそいつをせせら笑い、どう遊んでやるか考えていたくらいだ。
まさか、そんなヤツがオレの魔力を奪い去るなんて想像もしなかった。それもほぼ空に近い状態までだ。
本当に訳がわからないデタラメさでだ。
力勝負をしたわけですらなく、それでも強引に魔力を奪われた。消滅を危惧したが、ぎりぎり僅かな魔力のみ残され、体はそれのせいかかなり縮んだ。
縮んだ体。衝撃を隠せなかった。
さらに屈辱的なことに、ひょいとそのままヤツに抱き上げられて連れ去られ、こんなところに閉じ込められて、今に至る。
――最早帰る場所も失ってしまった。
もう帰れない。もう戻れない。こんなふうになってしまった自分には帰る力もない。
こんな力ない存在が、自分だなんて……
ただの恥さらし。
いい笑い者だ。
――奪い返さなければ帰れない。
だがもし奪い返せても、汚名はそそげない。
一度でも、力を奪われてしまったのだ。
そのことは変えられない。
オレがいなくなったことで妖魔達が争い、既に誰かが妖魔の君として、そこにおさまっただろう。もうそれを奪還する力はない。
帰ることすら出来ないのだから……。
ぐっと拳を握りしめる。
何の魔力もそこには籠らない。ただのなまっちろい小さな拳だ。
それを見つめながらオレは顔が歪むことが止められなかった。
力がない、その事実を何をしていてもしようとしていても、常に突きつけられる屈辱。当たり前に出来ていたことが当たり前に出来ない。
自尊心は粉々に成り果てて久しい。
いまや存在する力とほんの少しの力が残っているだけなのだ。
――なんて無力なんだ……。
妖として生じた時から纏っていた魔力がない。とても心許無い。喪失感。頂点から転げ落ち、いまや底辺以下となりさがった小さな力ないこの体。
「失格かもな……ああ、失格だ…………」
うつろに空を見上げるが、のどかに青空が広がるばかりでより憂鬱になった。
今囚われているこの空間は、ヤツの固有結界か何かだろう。おそらく界をまたがなければ帰れないと思う。その程度はない力でもわかった。
外界と変わらない世界。いかほどの広さか、今も広がっているのか、わからない。そしてこの空間に作り物めいた違和感はない。
しかもここには笑えないことに、同じような境遇の者が集められている。
そう、ヤツは力を奪った者などをここに連れてきて後は好きに暮らせと放っていく。ヤツはそれが親切のつもりらしい。
大抵、ここに連れてこられたばかりの被害者は茫然自失としている。
当たり前にあったものがなくなる、そんなことに理解がついてこないのだ。世話に慣れたものが取り仕切っていたり、聞き取りをしたり住まいを与えたりしているようだ。
その対応は慣れたもののようで、放っておいて欲しいなら、存在することが出来る範囲はそのままにもしていてくれる。
外界では敵対しているはずの連中や、その他諸々の力や何かを奪われ連れてこられたもの同士(被害者は多いのだ)、意気投合してしまうことも多いようだ。この現実はなんともいえないものがある。
オレは興味もないから、どれくらいここに住人がいるのかもよくわからない。
様々な種別を越えた存在達がここにはいる。被害者として。
ヤツはそれだけしでかしているということだろう。確信犯じゃないか。
はぁと大きく溜息をついた。
気づけば影は移動して、ひだまりの中だ。
今の力ない体に、眩しい日光――それがこの身にあたたかく心地よく、そう感じるような気がすることが、なんとも不思議な気分である。
そして外界と同じく暮す小動物。かしましくも儚い生命たちが、愛らしく見えるような気がしてきて。それが、我ながら奇怪でろくでもなく思える。
くだきつぶして愉快痛快と笑っていたもの。
それ達が今はそうでもなくて、だんだん好ましくいとおしく思えてくるようななんて、最早妖魔としてのアイデンティティーすら見失いそうだ。
もうとうの昔に見失っているかもしれない。
「あーあ、なんて遠いところまで、きちまったんだろう? サイテーだ」
懐をそっと両の手で軽くさすりながら、呟いた。
◇
森にざわめきがはしる。
力の気配が濃厚になってきた。
知り過ぎるほど知っている邪悪の権化。
道々にいる者たちの様々な恨みや怒りや悲しみの視線を声を、まるで見も聞こえもしないかのように、涼しい顔をしてそこにいるひとりひとりに気まぐれに声をかけ、厚顔無恥にも挨拶していく、自称魔法使いの登場である。
「こんにちは、妖魔の君。あらあら、元気がありませんね」
長い銀の髪を風に流して、ムカムカするほど力のある存在として、そこにいる魔法使い。
確かに力があるだろーよ。オレの力を吸いとったんだぜ。ないはずがない。
オレはすっくと立ち上がり、ぐっと拳を握り締め、大声でわめいた。
「キサマっ! オレさまの力、返しやがれっ!」
「元気になってよかったです。心配していましたよ」
いけしゃあしゃあと、心配なんて言葉を使う極悪党。
ヤツがほざくには、呪文を唱えた時に自然とオレの魔力が自分の中に入って来ましたとか言っていた。
なんていう言い草だろうか。他の被害者達も似たり寄ったりな話をしているのを漏れ聞いている。
意味がわからない。
何の呪文だ? 力を奪うような呪文なのか? と聞けば、手のひらに水を溜める程度の簡単らしい呪文を唱えてみていたと言う。
苦手なので人のいないところで練習していただけだと。
身振り手振りで、いや思うだけで魔法が使えるので、困りはしないが、たまに練習に唱えては失敗していますとか。オレはここにいる者達は、たまたま呪文を唱えていたヤツの近くにいて失敗の犠牲になったらしい。
特に誰かに聞こうとしなくとも、嘆いている者達がそこかしこで垂れ流しているのだ。聞く気がなくとも皆似たり寄ったりな話をしていることは聞こえてくる。
「おや?」
ヤツはオレに近づいてくる。
嫌な予感がして、身を引こうとしたオレを、魔法使いは、身振りでひとつで動けなくして、懐をひょいと覗きこんできた。
「ぴぃ」
小さく鳴いて、驚いたのか茶色い雛鳥が飛び出てくる。まだ羽も揃っていないそんな雛だ。無論飛ぶこともまだ出来ない。
地面に巣から落ちたのか拾った時は小さくて腹の足しにもならないし、踏みつけるかと思ったがオレの顔をつぶらな目が見てぴぃと鳴いた。
逃げ惑うこともなくオレを見つめて、擦り寄ろうとする小さな生き物。つい保存食だと自分に言い訳しながら懐に入れてしまって、気づくと餌を探してやったり世話をして今に至っていた。
そんな小さな生き物――オレの懐からそのまま落ちて行こうとする鳥を、ヤツはうっすら笑ってみている。
オレは慌てた。飛べるならいざ知らず、まだコイツは飛べない。まだとてとて歩くのがやっとくらいなのだ。
「おいっ! コイツを殺す気か?」
手も足も動かないオレは顔を蒼白にさせた――が、ヤツがひょいと手をあげると、ふんわりと茶色の雛は浮かび上がり、動けないオレの手の中に落ちた。
ひくっと顔を引きつらせているオレに、ヤツは微笑みを浮かべた。
「雛鳥ですか。かわいいですね。すっかり懐いていますね。あなたを怖がりもしません」
雛は何事もなかったように、オレを見上げてぴぃと鳴く。
そのうえ、手の中で羽繕いなんてものをいっちょまえにして、こわがるなんて微塵もなさそうな様子である。
「そうだよ、オレ、妖魔なんだよな? こんなヤツ、そうだよオレさま、妖魔じゃねーか? なんで、オレが、このオレさまが」
ふと我に返る――が、雛をみているうちに、やっぱりまた。それなりの愛着を覚えてきているから不思議である。
信じきっているような丸いつぶらな瞳。触れるとあたたかでほわっとしていて柔らかい小さな生き物。
顔がほころんできそうな顔をひきしめる。手をひねりつぶすためではなく、たたき壊すためでもなく撫でてやるために持ち上げようとして、体の自由がきかなくなっていたことに気づいてある意味ほっとしていると、青紫の視線が注がれていることに気がついた。
「なんだよっ!」
「私はあなたのこと、気に入っているのですよ。らしさのなくなって壊れ果てた妖魔は初めてです」
「壊れてねーぞっ! 壊れてなんか、オレは、キサマを喜ばせたりなんかしねーんだっ!」
「ぴぃ」
手の上でオレを見つめて鳴く雛鳥。
「かわいいですね」
そんなオレと雛鳥を笑って見つめている。微笑ましそうに。より腹が立って仕方ない。
「妖魔の君が元気そうでよかったです。うまくやっているようで安心しました」
「キサマに言われる筋合いはない!」
「ですが、私がやらかして連れてきてますから、気にはしています」
「なら、力を返して元の場所に戻してくれ」
「力は戻りません。試しに呪文唱えてみましょうか?」
オレの顔は蒼白になった。
「無闇にキサマは呪文を唱えるな」
ヤツの呪文はどんなことが起こるかわからないびっくり箱だ。危険すぎる。
「呪文でこうなりましたし、呪文ならもしかするといつかはどうにかなるかもしれません」
気軽にそう言うと、何にしようかなと考えだした。
オレは慌てて制止する。
「唱えるな! 唱えないでくれ」
「やってみないとわかりませんし」
「オレで試そうとするな!」
「返してほしいというので、お望みでしたら、ちょうど練習にいいかなと思いまして」
そういうヤツである。オレはがっくりと肩を落とした。
「うまくいく気が全くしないわ!」
オレの言葉にヤツは笑っている。
憎々しくて仕方がなかった。
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