上 下
31 / 34

エピローグ6・アルフレッドとナタリー

しおりを挟む
思えば、ナタリーとの出会いは友人からの紹介で、運命的なものでもなんでもなかった。
同学年で、そこそこ爵位が高く、今後も付き合いがあるであろう間柄だったため、内心嫌々ながら引き受けた見合い話である。ナタリーの事前情報は何も無かったし、そもそも、そんなもの知ろうともしなかった。

しかし、その友人の顔を立てるつもりで何度か会う内に、少しずつ惹かれていったのだ。人為的で、ありがちな、物語なんて始まり様のない出会い方だろう。

けれど、彼女と自分の仲は運命だと信じていた。
今まで出会ってきた女性とは違う、素朴な笑顔も、会話の中で質問責めにしてこない穏やかさも、キツい香水ではない、甘い花のような香りも。全てが好ましく、また目新しく感じた。彼女となら穏やかで暖かな家庭を築けると思ったし、上手く折り合いをつけられると思った。

何より、彼女が好きだった。

恋というほど苛烈なものでは無いが、少しずつ積み重なっていく優しい愛情を持つことができていた。
今ならその中に多少の焦りもあったと自覚できるが、あの時はそういった焦りさえもアクセルにしかならず、共に暮らしたいと言う彼女に反対する意志は全くなかった。

自分の未来のために、最初の違和感を見逃したことが決定打だったのだろう。

小鳥の置物。あれは兄妹にとって思い出の品で、ソフィアがそれを後生大事にしていたことは勿論知っている。ソフィアの部屋を掃除しようとして間違えて壊してしまったと聞いた時は、流石に何かヒヤリとしたものが走ったが、涙ながらに謝るナタリーを突き放すことはできなかった。

_____気がつけば、それ以来ソフィアとナタリーの確執は深まる一方だった。
「お前なんて家族ではない」と言ったソフィアを目にして、ナタリーの方についた自分は正真正銘のバカだった。長年生活を共にしてした妹の性格なんて分かりきっていたのに、どうしてか、ナタリーの言葉ばかりに耳を傾けてしまった。いや、どうしてかなんて分かりきっている。ナタリーのことが好きで、手放したく無かったからだ。それに、一度ナタリーの味方についた手前、引き返すことも出来なくなっていた。

愚かなことに、ナタリーのことを、信じ切っていた。
だからこそ、あの食事会の中で、驚愕し、後悔し、自己嫌悪に呑まれた。窓から刺す陽光を見事に反射したカナリアの刺繍は、トラウマの様に脳に焼き付いている。
絶句した。最初から最後まで、全てが嘘であってほしいとさえ思った。けれど、ソフィアの無実を知って、どことなく安堵している兄としての自分もいた。同じくナタリーの行いを知って、愛する彼女への裏切りに絶望する自分と、浅ましい彼女を嫌悪する自分がいた。ナタリーのことを信じていたくせに、真実を知った途端にスッと潮が引いていくような冷たさが心に満ちた。あんなにも、恋に溺れて妹を苦しめていたのに。
自分で自分の矛盾を分かっていながら、それが全て本心なのだから手に負えない。

_____きっと、これがナタリーとの関係に答えを見つけるチャンスなのだろう。

正直、会って顔を見てどう言ったふうに自分が揺らぐのか、予想できなかった。

涙ながらに懇願され、謝られて、それでも揺らがずに、今まで愛した女性を切り捨てることが出来るだろうか。


例えそれが、悪魔だったとしても。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

親友の妊娠によって婚約破棄されました。

五月ふう
恋愛
「ここ開けてよ!レイ!!」 部屋の前から、 リークの声が聞こえる。 「いやだ!!  私と婚約してる間に、エレナと子供 を作ったんでしょ?!」 あぁ、 こんな感傷的になりたくないのに。 「違う!  俺はエレナと何もしてない!」 「嘘つき!!  わたし、  ちゃんと聞いたんだから!!」 知りたくなんて、無かった。 エレナの妊娠にも  自分の気持ちにも。   気づいたら傷つくだけだって、 分かっていたから。

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

公爵令嬢の私を捨てておきながら父の元で働きたいとは何事でしょう?

白山さくら
恋愛
「アイリーン、君は1人で生きていけるだろう?僕はステファニーを守る騎士になることにした」浮気相手の発言を真に受けた愚かな婚約者…

王妃ですが、明らかに側妃よりも愛されていないので、国を出させて貰います

ラフレシア
恋愛
 王妃なのに、側妃よりも愛されない私の話……

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...