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薬師バスカス
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ルカスの提案で薬師を訪ねることになった。
故郷を立つ際に、王都デンベアに寄るなら訪ねる様に言われたと言う。つまりはルカスの一族の者が此処で薬師を営んでいるのだ。
賑やかな露店が埋め尽くす広場を抜けて、武具や防具屋などの専門店街の一画に薬師バスカスの店が有った。
昼時でもあるが、その一画は人影も無い。ルカスは薬師の店の扉を開けて中の様子を覗く。誰もいない。店番もいないので、そっと店内を見渡す。
店内は棚が一つと机に椅子、きれいさっぱりに片付いている。机上には盆の上に茶の湯が二つ。
ルカスはすぅーと音もなく滑り込むと、セカとメリエダンを手招きする。しんがりのメリエダンが扉を閉める。
「おや、お客さんかい?」
店の奥から若い男の声が聞こえる。しかし、暖簾を潜り現れたのは女の子だった。
「いらっしゃいな。店長。三人連れのお客さんよ」
流行りのショートボブの髪型で、眼鏡を掛けた女の子の店員は、前掛けが煎りたての薬か何かで汚れた格好だ。
次に現れたのが店長らしき若い男で、メリエダンと同じほどの高身長で長い髪を後ろに結い、薄い青地のほっかむりをしている。
「ん?その袖口の模様は。あんた島の人かい?」
ルカスを見て訪ねてきた。
頷いてルカスは答えた。
「薄紫のハエビスカズラの咲く年に生まれました」
それは意味など無く(そんな花は無い)島の人間同士が同胞である事を確かめ合う為の符丁だ。
「よく来た。ルカスだな。俺は薬師のバスカスだ。便りは来ている。奥に入ろう」
打って変わって商売人の笑顔が消えて、バスカスは真顔になった。
「ミエッタ。今日は店を閉める。カーテンを下ろせ」ミエッタと呼ばれた眼鏡の女の子は頷いて店を閉め始めた。
バスカスを追って奥に入ると調合部屋から倉庫を抜けて裏口から路地に出た。
「開けたままで付いてきてくれ」
早足で路地を左右にくねる。狭い路地は普段から使われているのか、陽当たりは悪かろうに苔など生えていない。しかし湿った土の特有の匂いが立ち込めていた。風通しが悪く汗ばむ。
バスカスは背後を振り向く事も無く、どんどん進む。やがて行き止まりとなった。突き当たった袋小路には仕掛け扉があった。僅かな突起を押すと壁が移動して通路が見えた。後ろからミエッタが追いつく。
五人は壁の中に消えた。
セカは背後で走り去る靴音を聞いた気がした。何者かが追ってきているのか。
ルカスが言った。
「ここは?」
バスカスは頷いた。
「安全なアジトだ。すでに準備は出来ている」
奥の間を見せる。武器、防具、食糧、薬、水筒などが積まれている。
「簡素だがベッドと風呂もあるぞ。暫くは此処で情報を集めよう」
「危険な状況と言うことか?」メリエダンは聞く。
「つい昨日だ。ドルフゴフ王国から宰相が来賓した。一週間前から見慣れぬ兵士や賊の輩が急に増えたんだ。もし、何処かでドンぱちしているなら、間違いなく君らがターゲットだろう」
バスカスはセカを見た。
「シンモアの娘か?」
セカは真っ直ぐにバスカスの目線を受ける。
「はい、セカと言います」
バスカスは頷いた。
「よく来た、こんなところで済まないが、歓迎する。不自由があれば言ってくれ」
メリエダンは困った顔をした。
「予想外だな。まさか本人が、王都までやってくるとは?つまりは宰相ウルガンプが、君らの敵なんだろう?」
バスカスは答える。
「十年前の災厄は魔獣エルドトスによるものだが、魔獣は宰相ウルガンプと契約していたらしい」
メリエダンは自分以外の人間の四人を見回す。
「じゃあ、今回は上手くやろう。ウルガンプの意表を突いて、祠の奥まで行ってセカの右手の封印を解く。私はそのために来た。エルフを代表して」
セカはメリエダンの言葉に頷いた。
「そのためにも、まずはお風呂に入りたいわ。まだ、死霊の吐息の冷たさが染み付いてるのよ」
一行は一息ついた。アジトは窓もなく、蝋燭の灯りと質素なテーブルと椅子しかない。だが、風呂がある。本も何冊か棚にある。小一時間したところで、バスカスとミエッタが戻ってきた。小脇に弁当を挟んでいる。夕飯の小鹿の肉弁当は久し振りのご馳走となった。
夕飯の後、バスカスはテーブルいっぱいに羊皮紙を広げた。王都の地図だ。中央部に王が住まう城。城を囲む城壁に東西南北の四門。四門から放射状に伸びる道。その道を環状に繋ぐ道。
貴族の館、騎士の兵舎、大広間に専門外に教会、商館などなど。空白は無く埋まる街並み。さらに周りを城壁が囲み農地を守る。まったくこの王都は大都会だ。
「早速だが、地理を覚えて貰わねばならない。でないと此処から出す訳にはいかない。迷子になってウルガンプの手下に捕まって終わりだ」
バスカスは真顔でそう言う。
「ウルガンプの泊まる館の場所、ここ数日の動きも知りたい」ルカスは言う。
「何のためだ」バスカスが問う。
メリエダンは珍しくにやりと笑う。
「ルカス。相手の顔を拝む為だろう?」
「どちらかというと部下の顔を覚えておく為だ」
セカはルカスの冷静な表情に一瞬だけ悪戯っぽく口許が上がるのを見た。
「私も見ておきたいわ」
相槌を打った。
メリエダンはバスカスに話す。
「マサの祠に行かねばならない。地図とガイドがいる。必要なら助っ人の戦士もいるだろう」
バスカスは思案した。
「マサの祠か‥それは厄介だな。麓から〝闇が棲む洞窟”を抜けていく為にはベテランのガイドと戦士が数人必要だろう。ギルドで雇うと言っても信頼できるかどうか」
「心当たりがあります。〝闇が棲む洞窟“をよく知る人に」
皆がびっくりして声の主を振り返る。ミエッタだった。
故郷を立つ際に、王都デンベアに寄るなら訪ねる様に言われたと言う。つまりはルカスの一族の者が此処で薬師を営んでいるのだ。
賑やかな露店が埋め尽くす広場を抜けて、武具や防具屋などの専門店街の一画に薬師バスカスの店が有った。
昼時でもあるが、その一画は人影も無い。ルカスは薬師の店の扉を開けて中の様子を覗く。誰もいない。店番もいないので、そっと店内を見渡す。
店内は棚が一つと机に椅子、きれいさっぱりに片付いている。机上には盆の上に茶の湯が二つ。
ルカスはすぅーと音もなく滑り込むと、セカとメリエダンを手招きする。しんがりのメリエダンが扉を閉める。
「おや、お客さんかい?」
店の奥から若い男の声が聞こえる。しかし、暖簾を潜り現れたのは女の子だった。
「いらっしゃいな。店長。三人連れのお客さんよ」
流行りのショートボブの髪型で、眼鏡を掛けた女の子の店員は、前掛けが煎りたての薬か何かで汚れた格好だ。
次に現れたのが店長らしき若い男で、メリエダンと同じほどの高身長で長い髪を後ろに結い、薄い青地のほっかむりをしている。
「ん?その袖口の模様は。あんた島の人かい?」
ルカスを見て訪ねてきた。
頷いてルカスは答えた。
「薄紫のハエビスカズラの咲く年に生まれました」
それは意味など無く(そんな花は無い)島の人間同士が同胞である事を確かめ合う為の符丁だ。
「よく来た。ルカスだな。俺は薬師のバスカスだ。便りは来ている。奥に入ろう」
打って変わって商売人の笑顔が消えて、バスカスは真顔になった。
「ミエッタ。今日は店を閉める。カーテンを下ろせ」ミエッタと呼ばれた眼鏡の女の子は頷いて店を閉め始めた。
バスカスを追って奥に入ると調合部屋から倉庫を抜けて裏口から路地に出た。
「開けたままで付いてきてくれ」
早足で路地を左右にくねる。狭い路地は普段から使われているのか、陽当たりは悪かろうに苔など生えていない。しかし湿った土の特有の匂いが立ち込めていた。風通しが悪く汗ばむ。
バスカスは背後を振り向く事も無く、どんどん進む。やがて行き止まりとなった。突き当たった袋小路には仕掛け扉があった。僅かな突起を押すと壁が移動して通路が見えた。後ろからミエッタが追いつく。
五人は壁の中に消えた。
セカは背後で走り去る靴音を聞いた気がした。何者かが追ってきているのか。
ルカスが言った。
「ここは?」
バスカスは頷いた。
「安全なアジトだ。すでに準備は出来ている」
奥の間を見せる。武器、防具、食糧、薬、水筒などが積まれている。
「簡素だがベッドと風呂もあるぞ。暫くは此処で情報を集めよう」
「危険な状況と言うことか?」メリエダンは聞く。
「つい昨日だ。ドルフゴフ王国から宰相が来賓した。一週間前から見慣れぬ兵士や賊の輩が急に増えたんだ。もし、何処かでドンぱちしているなら、間違いなく君らがターゲットだろう」
バスカスはセカを見た。
「シンモアの娘か?」
セカは真っ直ぐにバスカスの目線を受ける。
「はい、セカと言います」
バスカスは頷いた。
「よく来た、こんなところで済まないが、歓迎する。不自由があれば言ってくれ」
メリエダンは困った顔をした。
「予想外だな。まさか本人が、王都までやってくるとは?つまりは宰相ウルガンプが、君らの敵なんだろう?」
バスカスは答える。
「十年前の災厄は魔獣エルドトスによるものだが、魔獣は宰相ウルガンプと契約していたらしい」
メリエダンは自分以外の人間の四人を見回す。
「じゃあ、今回は上手くやろう。ウルガンプの意表を突いて、祠の奥まで行ってセカの右手の封印を解く。私はそのために来た。エルフを代表して」
セカはメリエダンの言葉に頷いた。
「そのためにも、まずはお風呂に入りたいわ。まだ、死霊の吐息の冷たさが染み付いてるのよ」
一行は一息ついた。アジトは窓もなく、蝋燭の灯りと質素なテーブルと椅子しかない。だが、風呂がある。本も何冊か棚にある。小一時間したところで、バスカスとミエッタが戻ってきた。小脇に弁当を挟んでいる。夕飯の小鹿の肉弁当は久し振りのご馳走となった。
夕飯の後、バスカスはテーブルいっぱいに羊皮紙を広げた。王都の地図だ。中央部に王が住まう城。城を囲む城壁に東西南北の四門。四門から放射状に伸びる道。その道を環状に繋ぐ道。
貴族の館、騎士の兵舎、大広間に専門外に教会、商館などなど。空白は無く埋まる街並み。さらに周りを城壁が囲み農地を守る。まったくこの王都は大都会だ。
「早速だが、地理を覚えて貰わねばならない。でないと此処から出す訳にはいかない。迷子になってウルガンプの手下に捕まって終わりだ」
バスカスは真顔でそう言う。
「ウルガンプの泊まる館の場所、ここ数日の動きも知りたい」ルカスは言う。
「何のためだ」バスカスが問う。
メリエダンは珍しくにやりと笑う。
「ルカス。相手の顔を拝む為だろう?」
「どちらかというと部下の顔を覚えておく為だ」
セカはルカスの冷静な表情に一瞬だけ悪戯っぽく口許が上がるのを見た。
「私も見ておきたいわ」
相槌を打った。
メリエダンはバスカスに話す。
「マサの祠に行かねばならない。地図とガイドがいる。必要なら助っ人の戦士もいるだろう」
バスカスは思案した。
「マサの祠か‥それは厄介だな。麓から〝闇が棲む洞窟”を抜けていく為にはベテランのガイドと戦士が数人必要だろう。ギルドで雇うと言っても信頼できるかどうか」
「心当たりがあります。〝闇が棲む洞窟“をよく知る人に」
皆がびっくりして声の主を振り返る。ミエッタだった。
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