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商人とエルフ
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港では帝国の商船からの荷下ろしで賑わっていた。
積荷の多くはフラペテ商会の倉庫で一旦止められ、王国の税関役がソロバンを弾くまで、商人の手には渡らない。その間、名の知れた商人でもこの街に足止めされる。
ガンダルは、数年前に南方生産の象牙や鹿の角で一財産を築いた商人だ。フラペテの港近くに本店を構える。二階はガンダル本人の事務所だ。
雨のなか朝早くからこの事務所の扉を叩く者がいた。
「貴公がガンダル殿か?」
黒布ターバンを深く被る背の高い男性が、事務所に入るなり、しなやかな動きで椅子に腰掛ける。
虎の毛皮のソファーに座る、髭の男が答える。
「私がガンダルです。お客様の名はなんと呼べば良いでしょうかな?」
「メリエダンと言う」
ターバンの黒布から顔を覗かせる。
窓際には二人。入り口に二人。ソファーの左右に二人。明らさまに武器を所持する物腰の護衛が立つ。いったい何を恐れているのだ。
「早速だが、これを見て欲しい」
メリエダンは赤い宝石で飾られるネックレスを差し出す。
「ほお。これは素晴らしい。それにしてもお急ぎなのですね。この様な逸品を鑑定するには時間が少々かかりますよ」
ガンダルは、値踏みするような目線で黒布ターバンの中を覗き込む。
メリエダンもガンダルの視線を受け止める。暫く間が開いたのは、お互いがお互いの表情を読み合い、考えをまとめる為だ。
メリエダンは意を決すると、ターバンをゆっくりと外した。尖った耳と切れ目を見て、護衛の者は唸る。懐のナイフの柄に手を掛けて合図を待つ。
「まあ、まて」
ガンダルはひと息置いてから、
「エルフの里、サーバリアントの方ですか?」
「いかにも」
メリエダンは抑揚なく短く答えた。
「だとすると、このガンダルがサーバリアントと繋がりが有ると知って、おいで下さったのですか?」
「賢者ナルダインからそう聞いている」
ますますメリエダンの表情は固まり、目線はガンダルから逸らさず、口だけか動く。
「ナルダイン様の名前を出されるとは‥分かりました。貴方様はシンモアの娘と同行されているお方なのですね」
ガンダルは身を乗り出して同意を求めた。
「私は、ナルダイン様から言伝されています。もしもシンモアの娘とその一行がこのフラペテの街においでになったら、厚くもてなすようにと」
‥
護衛の者はナイフの柄をにぎったまま、メリエダンを凝視している。
メリエダンは座ったまま、赤い宝石のネックレスを指差した。
「本当ならそうしたかも知れない。大商人ガンダル殿と情報交換をする予定でいた‥」
メリエダンは突然に目を見開いた。その瞳は赤く染まっていた。
「お前は、ガンダルでは無いな」
‥
「何故バレた?このネックレスか?」
髭の男はますます身を乗り出した。乗り出し過ぎて首が伸びて来た。
ネックレスを持つ手の爪がひん曲がり、異形の腕が青く腫れ上がり、先程までバンダルだった者は、もはや人間ではない別の生き物となっていた。
「そのネックレスは符丁だ」
メリエダンは素早く窓際に飛び、両脚に沿わせて隠し持った護衛の胸を針状の剣で突き刺した。
フルーレを改良したその剣は、よりしなやかで鋭い切っ先を持つ。
「遅れを取るな。取り逃すな!」
罵声が響き渡る。
メリエダンはガラス窓に風魔法を当てた。共振を起こし割れた破片が宙を舞う。あっという間に窓から飛び降りる。
ガンダルだった魔物が、残った護衛に叫ぶ。
「ぼーとするな、飛び降りて追うんだ」
護衛達は続けて全員が飛び降りる。ガンダルが最後に飛び降りようとしたが、背後から襟を掴まれ事務所に引き戻された。
飛び降りた筈のメリエダンが、壁に打ち付けたガンダルの顔の魔物の胸に剣を突き刺す。
〈きさま、謀ったな〉
「風魔法で錯覚を起こしただけだ。それより吐け。裏切り者は誰だ?」
〈なんだと?〉
「ガンダルとエルフの関係を知っている者は少ない。それにゴブリンもタイミングが良過ぎる」
〈教えるわけないだろう、それに今頃は占い師の所へ行った娘も、死んでる頃だろう〉
はっとなり、メリエダンは驚いたが直ぐに冷静に戻った。赤く染まっていた瞳は戻った。
「そうか、だがルカスとセカは生きているぞ。風の囁きがそう伝えてくる」
魔物はそれを聞き顔が歪む。失敗を悟ったからだ。
このエルフも人間の戦士も並外れている。
魔物は急にシンモアの娘の事はどうでも良くなった。護衛も逃げ出したに違いないし、自分も赤い宝石のネックレスを持ってトンズラしたいと。
しかし、おそらく、魔物が商人ガンダルをそうしたように、メリエダンは魔物の首をはねて息の根を止めた。
積荷の多くはフラペテ商会の倉庫で一旦止められ、王国の税関役がソロバンを弾くまで、商人の手には渡らない。その間、名の知れた商人でもこの街に足止めされる。
ガンダルは、数年前に南方生産の象牙や鹿の角で一財産を築いた商人だ。フラペテの港近くに本店を構える。二階はガンダル本人の事務所だ。
雨のなか朝早くからこの事務所の扉を叩く者がいた。
「貴公がガンダル殿か?」
黒布ターバンを深く被る背の高い男性が、事務所に入るなり、しなやかな動きで椅子に腰掛ける。
虎の毛皮のソファーに座る、髭の男が答える。
「私がガンダルです。お客様の名はなんと呼べば良いでしょうかな?」
「メリエダンと言う」
ターバンの黒布から顔を覗かせる。
窓際には二人。入り口に二人。ソファーの左右に二人。明らさまに武器を所持する物腰の護衛が立つ。いったい何を恐れているのだ。
「早速だが、これを見て欲しい」
メリエダンは赤い宝石で飾られるネックレスを差し出す。
「ほお。これは素晴らしい。それにしてもお急ぎなのですね。この様な逸品を鑑定するには時間が少々かかりますよ」
ガンダルは、値踏みするような目線で黒布ターバンの中を覗き込む。
メリエダンもガンダルの視線を受け止める。暫く間が開いたのは、お互いがお互いの表情を読み合い、考えをまとめる為だ。
メリエダンは意を決すると、ターバンをゆっくりと外した。尖った耳と切れ目を見て、護衛の者は唸る。懐のナイフの柄に手を掛けて合図を待つ。
「まあ、まて」
ガンダルはひと息置いてから、
「エルフの里、サーバリアントの方ですか?」
「いかにも」
メリエダンは抑揚なく短く答えた。
「だとすると、このガンダルがサーバリアントと繋がりが有ると知って、おいで下さったのですか?」
「賢者ナルダインからそう聞いている」
ますますメリエダンの表情は固まり、目線はガンダルから逸らさず、口だけか動く。
「ナルダイン様の名前を出されるとは‥分かりました。貴方様はシンモアの娘と同行されているお方なのですね」
ガンダルは身を乗り出して同意を求めた。
「私は、ナルダイン様から言伝されています。もしもシンモアの娘とその一行がこのフラペテの街においでになったら、厚くもてなすようにと」
‥
護衛の者はナイフの柄をにぎったまま、メリエダンを凝視している。
メリエダンは座ったまま、赤い宝石のネックレスを指差した。
「本当ならそうしたかも知れない。大商人ガンダル殿と情報交換をする予定でいた‥」
メリエダンは突然に目を見開いた。その瞳は赤く染まっていた。
「お前は、ガンダルでは無いな」
‥
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髭の男はますます身を乗り出した。乗り出し過ぎて首が伸びて来た。
ネックレスを持つ手の爪がひん曲がり、異形の腕が青く腫れ上がり、先程までバンダルだった者は、もはや人間ではない別の生き物となっていた。
「そのネックレスは符丁だ」
メリエダンは素早く窓際に飛び、両脚に沿わせて隠し持った護衛の胸を針状の剣で突き刺した。
フルーレを改良したその剣は、よりしなやかで鋭い切っ先を持つ。
「遅れを取るな。取り逃すな!」
罵声が響き渡る。
メリエダンはガラス窓に風魔法を当てた。共振を起こし割れた破片が宙を舞う。あっという間に窓から飛び降りる。
ガンダルだった魔物が、残った護衛に叫ぶ。
「ぼーとするな、飛び降りて追うんだ」
護衛達は続けて全員が飛び降りる。ガンダルが最後に飛び降りようとしたが、背後から襟を掴まれ事務所に引き戻された。
飛び降りた筈のメリエダンが、壁に打ち付けたガンダルの顔の魔物の胸に剣を突き刺す。
〈きさま、謀ったな〉
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魔物は急にシンモアの娘の事はどうでも良くなった。護衛も逃げ出したに違いないし、自分も赤い宝石のネックレスを持ってトンズラしたいと。
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